ロスト・ワールド

さのさかさ

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5話 カーラ

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 怒りよりも呆れが強く込み上げ、ルスは開いた口が塞がらなかった。ニックらしいと言えばそうなのだが、こんな時まで、そんならしさを出さなくてもいいだろうと心の中で嘆く。
「ごめん……」
 ニック自身も今回ばかりは申し訳ないと思っているのだろう。冷や汗がニックのこめかみ辺りから噴き出しているのをルスは見逃さなかった。
「いいよ、怒ったって指輪は抜けないし」
 嫌味で言ったわけではなかったが、ニックの表情はどんどん、どんよりとしていく。
「兄さん本当に大丈夫だよ。どっちが持っていたっていいじゃない。僕らは双子、二人で一人みたいなものなんだから」
 泣いている子供をあやす様に優しく慎重に言う。
「これじゃ、どっちが兄か分かんねえな」
「僕らは双子だよ。兄とか弟なんてただの呼称にすぎない。本質的な所では僕らは兄にも弟にもなれるんだ」
 ニックはふふっと笑って、小さく聞こえづらい声で短く「ありがとう」と言った。
「今日はもう遅いし寝ようか」
 大きな欠伸をしながらルスは体を伸ばす。
ニックが指輪を持つことに不満が無かったわけではなかったが、いざそうなってみると案外ショックは少なく、あっさりとした気分だった。
「そうだな、寝よう。おやすみルス」
「おやすみなさい。兄さん」


 静まり返った二人の部屋に微かに聞こえる物音。
 耳を澄まさなければ聞こえない程のそんな小さな物音に気付いたのは意外にも兄のニックの方だった。
 ニックは気持ち良さそうに眠るルスを起こさないように、ベッドからするりと体を出すとドアの方にゆっくりと近づいて耳をぴたりとくっつけた。
 ニックは微かに聞こえる物音に耳を欹てる
 潰れてしまいそうなくらいドアに押し付けた耳に届いたのは男の声と母カーラの声だった。しかし、それも微かに聞こえると言うだけで、それ以上の話し声や内容までは小さすぎてよく聞こえない。
 何を話しているんだろう。気持ちが前に前にと焦って、今にもドアを突き破ってしまいそうになる。父が自殺した日以来、男の人が家に来たことなんて一度もなかったのに。変な想像が頭の中で浮かんでは、それをすぐに掻き消す。
 とにかく、もっと近づいてみないと。ニックは一つ深呼吸をして、音が出ないようにゆっくりとドアを開けた。
 慎重に静かに息を殺して、一歩一歩リビングにゆっくりと近づいていく。自分の心臓の音が驚くほど大きく聞こえ、ニックは思わず両手を胸に当てる。
 静かに。静かに。静かに。
 小さな子どもに言い聞かせるように胸の中で反芻させる。
 それからまた時間をかけて、ニックは一歩一歩着実に歩を進める。リビングの扉の前に着く頃には全身から汗が吹き出し、息が上がってしまっていた。気づかれないように上がった息を整え、そっと耳を扉にくっつける。
 
 男の声が聞こえた。

「ちゃんと二人には渡したのか?」
 聞き覚えの無い声。低くて冷たくて感情がない声だった。
「ちゃんと渡したわ。貴方こそ彼らの親を見つけられたのかしら?」
 母さん?
 普段のカーラとは似ても似つかない、無機質な声だった。
「それは……」
 男の声に一瞬、動揺があらわれる。
「何年待たせるのよ。アランがいなくなって、負担は全部私にきてるの!」
 いったい何の話をしているんだ?情報が多すぎて頭が上手く回らない。
 こんな時にルスが居れば……。
 こめかみから汗が吹き出し頬を伝って顎の先に溜まっていく。汗が床に落ちる音さえも今はさせてはいけないような気がして、乱暴にそれを手で拭った。
「大きな声を出すな。二人は眠っているんだろ」
「これぐらいじゃ、あの子たちは起きないわよ。何も知らないくせに口を出さないで。私はあの子たちの母親を、もう十年も演じてきているんだから!」
 
 思わず声が出そうになり、ニックは反射的に両手で口を塞ぐ。心臓が飛び跳ね、ものすごい速さで脈打っていく。
 今なんて言った?
 頭の中でさっきの母の言葉を繰り返す。
「あの子たちの母親を、もう十年も演じてきているんだから」
 演じてきた?母親を?
 背中に悪寒が走り、全身の毛が逆立っていく。
 母さんは本当の母さんじゃない?
 想像もしなかった事実に全身の力が抜け、ニックは背後に迫る人影に気付かなかった。

「ねえ、そこで何をしているの?」




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