8 / 15
7話 逃走
しおりを挟む
男の低い声が地響きのように廊下や壁を震わせる。
「なんで!なんで処刑されなきゃいけないんだよ!」
ルスが叫ぶ。ニックにとってこんなに感情的になるルスの姿を見るのは久しぶりの事だった。
「そう言う定めだからだよ」
男の言葉が刃物のようにニックの体に突き刺さる。心臓の辺りが苦しくなって全身がブルブルと震えはじめる。
俺が処刑される?
そう言う定め?
現実を受け止めきれず、ニックは目をぎゅっと瞑り逃げ出したい思いでいっぱいになった。
「なら、逃げようよ」
えっ……。
心の声に答えるようにルスが小声で言った。ニックが顔を上げるとルスがこちらに向かって微笑んでいた。
「兄さん。二人で逃げよう」
ルスが手を差し出す。真っ暗な廊下にいるはずなのに、なぜかルスが輝いて見える気がした。
そして、ニックはルスの手をぎゅっと掴んで勢いよく立ち上がった。
「ニック!あなたもいたの……」
物陰から出てきたニックを見てカーラが叫ぶ。悲しんでいるような声は演じているのか本心なのか今ではよく分からない。彼女は本当の母さんではないのだ。
物陰から出たことで初めて男の姿がニックの視界に入る。
全身を真黒なコートで包み、頭にはフードを深くかぶっている。身長は少なくとも2メールはあるようだ。
ニックには不思議とそれが人間ではないように思えた。
見ていてこんなにも心が不安になる人間がいるはずがない。
直感でそう悟る。
あいつは『化物』だ。
●
「逃げるって言ったってどこに?」
玄関の前には母さんと男がいる。彼らを突っ切っていくのは現実的とは言えない。例え上手くかわせたとしても、どちらかは確実につかまってしまうだろう。
ニックが頭を抱えているとルスが叫んだ。
「僕らの部屋に行こう!」
と同時にニックの手を引っ張り、自分たちの部屋に向かって走り出す。
「俺らの部屋に行ってどうするんだよ」
「窓を突き破るんだ。そこから森の奥に逃げよう!」
そう言われた瞬間、ニックは不意に母の言葉を思い出した。
「森の奥へは行ってはダメ」
母さんは本当の母さんじゃない。なのに、約束を破ってしまう罪悪感みたいなものが胸を締め付ける。「ルス森の奥へ行くのはやめよう。母さんが前に言ってただろ」そんな言葉が喉元まで上がってきては消える。こんな状況に陥っても母さんは俺らの母さんなのだと思い知らされて悔しかった。
部屋について直ぐに二人は本棚を扉の前に移動させ母たちの侵入を防いだ。これじゃあの大男でも直ぐには入ってこられないだろう。
すると扉の向こうでカーラが大声をあげた。
「ニック、ルス、出てきなさい!」
そんな母の言葉に二人が耳を傾ける筈もなく、ルスは椅子を窓に向かって思いっきり投げつけた。
ガシャーン。
爆音とともに、ガラスが空中に飛び散る。
そして破片はキラキラと月の光を反射させ床に落ちていく……と思っていた。
しかし、二人の常識に反してガラスの破片は一向に床には落ちてこず、あろうことか空中を竜巻のように回転しながら浮遊しているではないか。
呆気にとられた二人はただ口を開けて見つめることしかできなかった。
「どうなってるんだよ……」
「僕にも分からない……」
考えたってどうにもならないことが起こっている。その事だけを理解し、空中で回転を続けるガラスをじっと見つめ続ける。
シャラシャラと言う音が不気味に部屋を埋め、いつこの竜巻がこっちに迫ってきても可笑しくない。そんな危機感を常に抱きながらなす術なく立ち尽くすことは二人に大きな恐怖を与えた。
それに加えて扉を開けられるのも時間の問題なのだ。
二人には時間がない。どちらかが直ぐにでも判断を下さなければ最悪の事態になってしまう。
「俺が突っ込む」
「えっ?」
「だから、俺があのガラスに突っ込む」
ぎゅっとこぶしを握り締めニックが真っすぐにガラスの竜巻を見つめる。
「むちゃだよ。それに兄さんが突っ込んだからと言って竜巻がなくなるとは限らない」
「でも何にもしないで捕まるのはもっと嫌だ!」
確かに何もしないで捕まるのは嫌だ。それはルスにとっても同じ気持ちだった。でも兄を危険な目に合わせたくはない。できることなら二人無傷で逃げ延びたかった。
「兄さん、僕に良い考えがある」
「なんで!なんで処刑されなきゃいけないんだよ!」
ルスが叫ぶ。ニックにとってこんなに感情的になるルスの姿を見るのは久しぶりの事だった。
「そう言う定めだからだよ」
男の言葉が刃物のようにニックの体に突き刺さる。心臓の辺りが苦しくなって全身がブルブルと震えはじめる。
俺が処刑される?
そう言う定め?
現実を受け止めきれず、ニックは目をぎゅっと瞑り逃げ出したい思いでいっぱいになった。
「なら、逃げようよ」
えっ……。
心の声に答えるようにルスが小声で言った。ニックが顔を上げるとルスがこちらに向かって微笑んでいた。
「兄さん。二人で逃げよう」
ルスが手を差し出す。真っ暗な廊下にいるはずなのに、なぜかルスが輝いて見える気がした。
そして、ニックはルスの手をぎゅっと掴んで勢いよく立ち上がった。
「ニック!あなたもいたの……」
物陰から出てきたニックを見てカーラが叫ぶ。悲しんでいるような声は演じているのか本心なのか今ではよく分からない。彼女は本当の母さんではないのだ。
物陰から出たことで初めて男の姿がニックの視界に入る。
全身を真黒なコートで包み、頭にはフードを深くかぶっている。身長は少なくとも2メールはあるようだ。
ニックには不思議とそれが人間ではないように思えた。
見ていてこんなにも心が不安になる人間がいるはずがない。
直感でそう悟る。
あいつは『化物』だ。
●
「逃げるって言ったってどこに?」
玄関の前には母さんと男がいる。彼らを突っ切っていくのは現実的とは言えない。例え上手くかわせたとしても、どちらかは確実につかまってしまうだろう。
ニックが頭を抱えているとルスが叫んだ。
「僕らの部屋に行こう!」
と同時にニックの手を引っ張り、自分たちの部屋に向かって走り出す。
「俺らの部屋に行ってどうするんだよ」
「窓を突き破るんだ。そこから森の奥に逃げよう!」
そう言われた瞬間、ニックは不意に母の言葉を思い出した。
「森の奥へは行ってはダメ」
母さんは本当の母さんじゃない。なのに、約束を破ってしまう罪悪感みたいなものが胸を締め付ける。「ルス森の奥へ行くのはやめよう。母さんが前に言ってただろ」そんな言葉が喉元まで上がってきては消える。こんな状況に陥っても母さんは俺らの母さんなのだと思い知らされて悔しかった。
部屋について直ぐに二人は本棚を扉の前に移動させ母たちの侵入を防いだ。これじゃあの大男でも直ぐには入ってこられないだろう。
すると扉の向こうでカーラが大声をあげた。
「ニック、ルス、出てきなさい!」
そんな母の言葉に二人が耳を傾ける筈もなく、ルスは椅子を窓に向かって思いっきり投げつけた。
ガシャーン。
爆音とともに、ガラスが空中に飛び散る。
そして破片はキラキラと月の光を反射させ床に落ちていく……と思っていた。
しかし、二人の常識に反してガラスの破片は一向に床には落ちてこず、あろうことか空中を竜巻のように回転しながら浮遊しているではないか。
呆気にとられた二人はただ口を開けて見つめることしかできなかった。
「どうなってるんだよ……」
「僕にも分からない……」
考えたってどうにもならないことが起こっている。その事だけを理解し、空中で回転を続けるガラスをじっと見つめ続ける。
シャラシャラと言う音が不気味に部屋を埋め、いつこの竜巻がこっちに迫ってきても可笑しくない。そんな危機感を常に抱きながらなす術なく立ち尽くすことは二人に大きな恐怖を与えた。
それに加えて扉を開けられるのも時間の問題なのだ。
二人には時間がない。どちらかが直ぐにでも判断を下さなければ最悪の事態になってしまう。
「俺が突っ込む」
「えっ?」
「だから、俺があのガラスに突っ込む」
ぎゅっとこぶしを握り締めニックが真っすぐにガラスの竜巻を見つめる。
「むちゃだよ。それに兄さんが突っ込んだからと言って竜巻がなくなるとは限らない」
「でも何にもしないで捕まるのはもっと嫌だ!」
確かに何もしないで捕まるのは嫌だ。それはルスにとっても同じ気持ちだった。でも兄を危険な目に合わせたくはない。できることなら二人無傷で逃げ延びたかった。
「兄さん、僕に良い考えがある」
0
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
二度目の勇者は救わない
銀猫
ファンタジー
異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。
復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる