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第1章「きさらぎ駅」
第2話 午前3時33分のノイズ
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夜の道路は、昼よりも正直だ。
必要のないものが削ぎ落とされ、街の骨格だけが露出する。
鷹宮は車を走らせながら、久遠の端末に表示された地図を横目で見た。光点が、わずかに震えている。
「……反応が弱いな」
「基地局を渡り歩いてる」久遠が答える。「人が移動してる時の挙動じゃない。揺れ方が均一すぎる」
「誰かが持っている」
「か、置かれている」
高架が見えてきた。私鉄の線路。終電はすでに終わっている。駅名表示は、地図にも現地にも存在しない。
鷹宮は車を路肩に寄せ、エンジンを切った。夜が、静かに戻ってくる。
「……ここだな」
高架下は暗い。街灯は等間隔に並んでいるが、その一角だけが妙に陰って見える。錯覚かもしれない。だが、錯覚が重なる場所ほど、厄介だ。
久遠が端末を操作し、ログを展開する。
「SNSの投稿、洗い出した。#きさらぎ駅 #333 #帰れない駅……」
彼は指を止めた。「DMの誘導先が、いくつか同じ」
「グループか」
「いや……もっと雑だ。使い捨て。だが、文面の癖が揃ってる」
鷹宮は高架の柱に手を置いた。冷たいコンクリート。現実の感触だ。
「台本がある」
「うん」久遠は頷く。「でも問題は、投稿の“タイミング”だ」
彼は画面を拡大した。時刻の列が並ぶ。
02:58、03:12、03:29——そして、03:33。
「集中しすぎてる」久遠は言う。「偶然にしては、揃いすぎだ」
「予約投稿なら?」
「それなら誤差が出る。これは、トリガーがある」
鷹宮は視線を線路の奥へ向けた。「条件が満たされた時に、噂が増える」
「そう。噂が“反応”してる」
風が吹き、フェンスが鳴った。
その音に混じって、微かな音が聞こえる。
——ザー……。
鷹宮は顔を上げた。「今の、聞こえたか」
久遠も頷く。「……ノイズだ」
二人は歩き出した。高架沿いに、線路と並行する細い通路がある。工事用の簡易動線だが、最近使われた形跡がある。足跡が残り、砂利が踏み固められている。
「誘導されてるな」鷹宮が言う。
「“駅に向かう”体験を作ってる」久遠は周囲を見回す。「人は、過程が揃うと、結果も信じる」
通路の先に、仮設の階段が現れた。金属製。新しい。だが、地図には存在しない。
久遠が足を止める。「……これ、後付けだ」
「当然だ」鷹宮は階段を見上げた。「存在しない駅なんだからな」
一段、上る。
二段、上る。
空気が変わる。
説明できないほどではない。
だが、確実に違う。音が、遠くなる。街の気配が、背後へ引き剥がされる。
「……閉じてきてる」久遠が小声で言った。
「何が」
「認知だよ。ここを“駅に続く場所”だと認識した瞬間、他の情報が削られる」
上り切ると、作業通路に出た。線路が並び、遠くまで伸びている。電車は来ないはずだ。だが、奥に白い光が見える。
ヘッドライトではない。
もっと拡散した、境界の曖昧な光。
スピーカーが鳴った。
『……まもなく……』
久遠が息を呑む。「リアルタイム……?」
鷹宮は眉をひそめた。「録音じゃない」
アナウンスは、都市のどの回線にも属さない響きをしていた。駅に似せているが、どこにも属していない。
久遠の端末が震え、警告が走る。
「……経路が、見えない」
彼の声が低くなる。「都市放送網じゃない。もっと古い……」
「古い?」
久遠は一瞬、言葉を詰まらせた。「……後で話す」
光が近づく。
作業通路の先に、看板が浮かび上がった。
古い書体。
擦れた文字。
《きさらぎ駅》
鷹宮は、足を止めた。
「……十分だ」
久遠が振り向く。「何が」
「ここから先は——」
言葉が、途中で切れる。
作業通路の端に、人影が立っていた。
青年だ。背格好は、資料写真で見た通り。
宮下蓮。
だが、立ち方が違う。重心が定まらず、どこか“待たされている”姿勢だ。
「……宮下」
青年が、ゆっくりとこちらを向く。
その口が動く。
スピーカーと、わずかにズレたタイミングで。
「……次は……」
久遠の喉が鳴った。「同期してる……」
鷹宮は一歩踏み出す。「宮下蓮。これは駅じゃない」
青年の目が、初めて焦点を結んだ。
「知ってます」
その返答は、あまりに明瞭だった。
「……でも、着いたんです」
線路の向こうで、影が増える。
人の形。年齢も性別も違う。だが、全員が同じ方向を向いている。
久遠が、震える声で言った。
「……呼ばれた人たちだ」
スピーカーが、完全な文を吐き出す。
『……次は、きさらぎ。
降車される方は——』
音が、途切れた。
代わりに、低いノイズが満ちる。
耳ではなく、頭の内側を撫でるような音。
宮下蓮が、一歩、線路側へ進む。
「待て!」
鷹宮が腕を掴んだ。
その瞬間、世界が揺れた。
——
午前3時33分。
都市のどこかで、何かが同期する。
噂は、まだ終わっていない。
必要のないものが削ぎ落とされ、街の骨格だけが露出する。
鷹宮は車を走らせながら、久遠の端末に表示された地図を横目で見た。光点が、わずかに震えている。
「……反応が弱いな」
「基地局を渡り歩いてる」久遠が答える。「人が移動してる時の挙動じゃない。揺れ方が均一すぎる」
「誰かが持っている」
「か、置かれている」
高架が見えてきた。私鉄の線路。終電はすでに終わっている。駅名表示は、地図にも現地にも存在しない。
鷹宮は車を路肩に寄せ、エンジンを切った。夜が、静かに戻ってくる。
「……ここだな」
高架下は暗い。街灯は等間隔に並んでいるが、その一角だけが妙に陰って見える。錯覚かもしれない。だが、錯覚が重なる場所ほど、厄介だ。
久遠が端末を操作し、ログを展開する。
「SNSの投稿、洗い出した。#きさらぎ駅 #333 #帰れない駅……」
彼は指を止めた。「DMの誘導先が、いくつか同じ」
「グループか」
「いや……もっと雑だ。使い捨て。だが、文面の癖が揃ってる」
鷹宮は高架の柱に手を置いた。冷たいコンクリート。現実の感触だ。
「台本がある」
「うん」久遠は頷く。「でも問題は、投稿の“タイミング”だ」
彼は画面を拡大した。時刻の列が並ぶ。
02:58、03:12、03:29——そして、03:33。
「集中しすぎてる」久遠は言う。「偶然にしては、揃いすぎだ」
「予約投稿なら?」
「それなら誤差が出る。これは、トリガーがある」
鷹宮は視線を線路の奥へ向けた。「条件が満たされた時に、噂が増える」
「そう。噂が“反応”してる」
風が吹き、フェンスが鳴った。
その音に混じって、微かな音が聞こえる。
——ザー……。
鷹宮は顔を上げた。「今の、聞こえたか」
久遠も頷く。「……ノイズだ」
二人は歩き出した。高架沿いに、線路と並行する細い通路がある。工事用の簡易動線だが、最近使われた形跡がある。足跡が残り、砂利が踏み固められている。
「誘導されてるな」鷹宮が言う。
「“駅に向かう”体験を作ってる」久遠は周囲を見回す。「人は、過程が揃うと、結果も信じる」
通路の先に、仮設の階段が現れた。金属製。新しい。だが、地図には存在しない。
久遠が足を止める。「……これ、後付けだ」
「当然だ」鷹宮は階段を見上げた。「存在しない駅なんだからな」
一段、上る。
二段、上る。
空気が変わる。
説明できないほどではない。
だが、確実に違う。音が、遠くなる。街の気配が、背後へ引き剥がされる。
「……閉じてきてる」久遠が小声で言った。
「何が」
「認知だよ。ここを“駅に続く場所”だと認識した瞬間、他の情報が削られる」
上り切ると、作業通路に出た。線路が並び、遠くまで伸びている。電車は来ないはずだ。だが、奥に白い光が見える。
ヘッドライトではない。
もっと拡散した、境界の曖昧な光。
スピーカーが鳴った。
『……まもなく……』
久遠が息を呑む。「リアルタイム……?」
鷹宮は眉をひそめた。「録音じゃない」
アナウンスは、都市のどの回線にも属さない響きをしていた。駅に似せているが、どこにも属していない。
久遠の端末が震え、警告が走る。
「……経路が、見えない」
彼の声が低くなる。「都市放送網じゃない。もっと古い……」
「古い?」
久遠は一瞬、言葉を詰まらせた。「……後で話す」
光が近づく。
作業通路の先に、看板が浮かび上がった。
古い書体。
擦れた文字。
《きさらぎ駅》
鷹宮は、足を止めた。
「……十分だ」
久遠が振り向く。「何が」
「ここから先は——」
言葉が、途中で切れる。
作業通路の端に、人影が立っていた。
青年だ。背格好は、資料写真で見た通り。
宮下蓮。
だが、立ち方が違う。重心が定まらず、どこか“待たされている”姿勢だ。
「……宮下」
青年が、ゆっくりとこちらを向く。
その口が動く。
スピーカーと、わずかにズレたタイミングで。
「……次は……」
久遠の喉が鳴った。「同期してる……」
鷹宮は一歩踏み出す。「宮下蓮。これは駅じゃない」
青年の目が、初めて焦点を結んだ。
「知ってます」
その返答は、あまりに明瞭だった。
「……でも、着いたんです」
線路の向こうで、影が増える。
人の形。年齢も性別も違う。だが、全員が同じ方向を向いている。
久遠が、震える声で言った。
「……呼ばれた人たちだ」
スピーカーが、完全な文を吐き出す。
『……次は、きさらぎ。
降車される方は——』
音が、途切れた。
代わりに、低いノイズが満ちる。
耳ではなく、頭の内側を撫でるような音。
宮下蓮が、一歩、線路側へ進む。
「待て!」
鷹宮が腕を掴んだ。
その瞬間、世界が揺れた。
——
午前3時33分。
都市のどこかで、何かが同期する。
噂は、まだ終わっていない。
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