13 / 26
第十三話
しおりを挟む
「アリア、どうだった?」
浴室から出てくると、ミシェルが出迎えてくれた。食事の準備がもうできているみたいで、美味しそうな食べ物の匂いがする。
「もう、こんなお風呂を知ってしまったら堕落してしまうんじゃないかって思うくらいよ」
「えっ……そ、そんなに? でも、そうよね。アリアは山の中で大変な修行をしていたんだものね」
「それはもう……あっ、気にしないで、お腹が鳴りそうだから気をつけてるの」
「ふふっ、腕によりをかけて作ったから、口に合うと嬉しいわ。この子が食べられそうなものも用意するわね」
「この子は私が食べるものを分けてあげるのがいいの。本当はあげちゃいけないようなものでも、全然平気だから」
ナーヴェは子犬の姿に戻ってからはすっかり大人しくなってしまった。私の肩に乗ってぐでーっとしているけど、のぼせたりはしてないはずだから、そのうち元気になると思う。
従魔の食事は、召喚士が食べるものを『分け与える』ということに意味があって、それが魔界からやってきて実体化しているナーヴェの身体を維持するために必要な儀礼となる。
「ありがとうございます、子犬用のお皿まで用意していただいて」
「いえいえ、いいのよ。ミシェルからお話は聞いたけど、すごい魔法で野盗を全員気絶させちゃったんですってね」
「お、お母様……ごめんなさい、家の外にはアリアの魔法のことが伝わらないようにするから」
「そんなに気にしすぎなくてもいいよ、街中で噂になったりしなければ」
ミシェルのお母様も信頼できる人みたいで、ナーヴェが警戒していない。
お話を聞く限りでは、野盗に襲われるなんて初めてのことで、ミシェルとご家族が穏やかな暮らしを送ってきたことがわかった。
私を狙ってくるなら怖くないけど、周りの人に危害を加えるようなことはさせない。ゾルダート公爵家の人たちが大人しくしていてくれたらいいんだけど。
「アリア、どうしたの……?」
「ううん。この煮込みスープ、凄く美味しい……この粉はどう使うの?」
「それは砂漠地方で採れる香辛料の粉です。このあたりでは何にでも入れて食べますが、初めての場合は刺激が強いので、少しずつ足すのが良いですね」
「そうなんですね……じゃあ、少しだけ入れてみます」
ナーヴェも欲しがってるけど、子犬の味覚で辛いものなんて大丈夫なのかな。様子見で私が自分で味見をしてみる。
「……あっ、美味しい。私は好きです、この味」
「良かった。帝都風の料理を出すお店もあるから、また今度行きましょうか」
ミシェルに言われて、お店で食事をするなんてことがあるんだと知る。世間知らずすぎるので、この町で色々勉強した方がいいかもしれない。
ナーヴェも食べたそうにしているけど、ごめんね、刺激が強いから。頭を撫でてなだめると、なんとか機嫌を直してくれた。
そんな私たちを見て、親子三人が楽しそうに笑っていた。
聖女だったときは、人とこんなふうに談笑しながら食事をすることなんて滅多になかった。
ミシェルやこの町の人のために、何かしてあげられることはないだろうか。
この目で見て、話して、力になりたいと思う人に出会ったら、聖女として使っていた力を使ってもいいのかな。
「この子、名前はなんて言うの?」
「この子はナーヴェっていうの。私の友達で、相棒みたいな子なのよ」
お皿に飲み水を入れてもらって、ナーヴェは夢中で飲んでいる。この子がいると空気を和らげてくれるし、一緒に来てくれたことに感謝しないと。
寝室に案内してもらって、もう今日は休むだけ――となったけれど、今日のうちにやっておきたいことがあった。
月明かりの下、私はローラングの裏手にある井戸の様子を見に行った。
ミシェルは水を貯めてあると言っていたけど、前に雨が降って地下水が溜まって、それを汲み上げておいたということみたい。また井戸の水が少なくなっていて、このまま雨が降らないと、遠くまで水を汲みに行く必要が出てくる。
人が来ないかどうかをナーヴェに見ていてもらって、私は地面に魔法陣を描き始めた。魔族のナーヴェを呼び出す魔法陣とは大きく形が違っている。
最後に、自分の髪を数本切って、束ねて編んだものを魔法陣の上に置く。短時間の間呼び出すだけなら、これくらいの『代償』でも大丈夫のはず。
「……汝、天界から地上に降りて、白き翼と共に顕現せよ。『天使ジブリス』」
魔法陣が淡く輝き、その光が静まったあと。
穏やかな月光の中で、青い髪を持つ、憂いを帯びた眼差しの男性が立っていた。
浴室から出てくると、ミシェルが出迎えてくれた。食事の準備がもうできているみたいで、美味しそうな食べ物の匂いがする。
「もう、こんなお風呂を知ってしまったら堕落してしまうんじゃないかって思うくらいよ」
「えっ……そ、そんなに? でも、そうよね。アリアは山の中で大変な修行をしていたんだものね」
「それはもう……あっ、気にしないで、お腹が鳴りそうだから気をつけてるの」
「ふふっ、腕によりをかけて作ったから、口に合うと嬉しいわ。この子が食べられそうなものも用意するわね」
「この子は私が食べるものを分けてあげるのがいいの。本当はあげちゃいけないようなものでも、全然平気だから」
ナーヴェは子犬の姿に戻ってからはすっかり大人しくなってしまった。私の肩に乗ってぐでーっとしているけど、のぼせたりはしてないはずだから、そのうち元気になると思う。
従魔の食事は、召喚士が食べるものを『分け与える』ということに意味があって、それが魔界からやってきて実体化しているナーヴェの身体を維持するために必要な儀礼となる。
「ありがとうございます、子犬用のお皿まで用意していただいて」
「いえいえ、いいのよ。ミシェルからお話は聞いたけど、すごい魔法で野盗を全員気絶させちゃったんですってね」
「お、お母様……ごめんなさい、家の外にはアリアの魔法のことが伝わらないようにするから」
「そんなに気にしすぎなくてもいいよ、街中で噂になったりしなければ」
ミシェルのお母様も信頼できる人みたいで、ナーヴェが警戒していない。
お話を聞く限りでは、野盗に襲われるなんて初めてのことで、ミシェルとご家族が穏やかな暮らしを送ってきたことがわかった。
私を狙ってくるなら怖くないけど、周りの人に危害を加えるようなことはさせない。ゾルダート公爵家の人たちが大人しくしていてくれたらいいんだけど。
「アリア、どうしたの……?」
「ううん。この煮込みスープ、凄く美味しい……この粉はどう使うの?」
「それは砂漠地方で採れる香辛料の粉です。このあたりでは何にでも入れて食べますが、初めての場合は刺激が強いので、少しずつ足すのが良いですね」
「そうなんですね……じゃあ、少しだけ入れてみます」
ナーヴェも欲しがってるけど、子犬の味覚で辛いものなんて大丈夫なのかな。様子見で私が自分で味見をしてみる。
「……あっ、美味しい。私は好きです、この味」
「良かった。帝都風の料理を出すお店もあるから、また今度行きましょうか」
ミシェルに言われて、お店で食事をするなんてことがあるんだと知る。世間知らずすぎるので、この町で色々勉強した方がいいかもしれない。
ナーヴェも食べたそうにしているけど、ごめんね、刺激が強いから。頭を撫でてなだめると、なんとか機嫌を直してくれた。
そんな私たちを見て、親子三人が楽しそうに笑っていた。
聖女だったときは、人とこんなふうに談笑しながら食事をすることなんて滅多になかった。
ミシェルやこの町の人のために、何かしてあげられることはないだろうか。
この目で見て、話して、力になりたいと思う人に出会ったら、聖女として使っていた力を使ってもいいのかな。
「この子、名前はなんて言うの?」
「この子はナーヴェっていうの。私の友達で、相棒みたいな子なのよ」
お皿に飲み水を入れてもらって、ナーヴェは夢中で飲んでいる。この子がいると空気を和らげてくれるし、一緒に来てくれたことに感謝しないと。
寝室に案内してもらって、もう今日は休むだけ――となったけれど、今日のうちにやっておきたいことがあった。
月明かりの下、私はローラングの裏手にある井戸の様子を見に行った。
ミシェルは水を貯めてあると言っていたけど、前に雨が降って地下水が溜まって、それを汲み上げておいたということみたい。また井戸の水が少なくなっていて、このまま雨が降らないと、遠くまで水を汲みに行く必要が出てくる。
人が来ないかどうかをナーヴェに見ていてもらって、私は地面に魔法陣を描き始めた。魔族のナーヴェを呼び出す魔法陣とは大きく形が違っている。
最後に、自分の髪を数本切って、束ねて編んだものを魔法陣の上に置く。短時間の間呼び出すだけなら、これくらいの『代償』でも大丈夫のはず。
「……汝、天界から地上に降りて、白き翼と共に顕現せよ。『天使ジブリス』」
魔法陣が淡く輝き、その光が静まったあと。
穏やかな月光の中で、青い髪を持つ、憂いを帯びた眼差しの男性が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。
柊
ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。
そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。
すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で
重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。
魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。
案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。
義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜
有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。
「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」
本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。
けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。
おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。
貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。
「ふふ、気づいた時には遅いのよ」
優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。
ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇!
勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。
豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」
「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」
「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる