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婚約破棄の破棄
しおりを挟むノアが恐れていた国王陛下からの呼び出しがあったのは、ローランが電撃訪問してきた日の翌日だった。
恐らく、陛下は一刻も早く話し合いをしたかったに違いないが、この国の王太子が卒業式で式辞を述べない訳にはいかない。
それに昨晩は、学校主催とは別に、王城での卒業記念パーティーが催されていた。当然、ノアはこの記念パーティーには参加しなかったのだが、これも王城で開かれるパーティーである以上、主役のアルフレッド様も、国王陛下も参加しないという選択肢がなかった。
とは言え、一国の主の陛下が暇な訳はなく、事件が起きた二日後に話し合いの場が設けられたということは、他の仕事を後回しにして最優先でこの問題にとりかかったからに他ならない。
(まぁ、王太子の婚約が解消されたんだ。陛下が焦る気持ちはわかるが、俺抜きで話し合って欲しいんだよなぁ。正直俺はもう無関係な訳だし)
チャールストン家の意見が聞きたいのならば、父のオスカーのみでよいはずだ。しかし、国王陛下はノアとオスカー両名に来るように名指ししていた。
(一応、改めて謝罪をしたいってところなんだろうけど……アルフレッド殿下の顔はまだしばらく見たくないんだけどな)
そんなノアの気持ちとは裏腹に、チャールストン家の馬車は眉間に皺を寄せて険しい表情を浮かべるオスカーと、憂鬱な面持ちのノアを乗せて着実に王城へ近づいていたのだった。
玉座の間にノアとオスカーが入室した時、既に当事者達は集まっていた。
その中には、先日気まずいまま別れたアルフレッド殿下もいた。ただ、リリスの姿は見えない。尤も、この場がノアが想定している通り、謝罪の場だとするのならばいなくて当然なのだが。
玉座に座っていた国王陛下は御年55歳。白髪交じりの長い髭を生やした初老の男性は、ノアを見るなり、玉座から立ち上がり、ノア達の前まで来るとそれはそれは深く頭を下げた。
「ノア・チャールストン。我が愚息の過ちをどうか許してほしい。そなたの心に傷を負わせたことを父として深く謝罪する」
一国の王が例え関係者しかいない場だとしても、玉座の間という他の使用人や国の重臣が出入りできる場所で頭を下げるというのは異例の事態である。
「頭を上げてください陛下。陛下のせいではございません。アルフレッド様に最後までお仕えできなかった私にも責任があります」
「さすが未来の国母……アルフレッドの戯言を水に流してくれるのか。本当に心が広いな」
(あぁん? 今、なんて言ったこのジジィ)
陛下だという事を忘れて思わず心の中でジジィと罵ったことを許してほしい。聞き捨てならないことを聞いた。
「陛下、未来の国母とはどういうことですか? 私とアルフレッド様は既に婚約を解消しております」
「いや、あれはアルフレッドとしては、卒業式前夜のパーティーを盛り上げる余興でそなたと周囲を騙して驚かそうとしただけ。ただの冗談だったのだ。しかし、冗談の質が悪すぎた……今後はそのような事が無いようわしからもアルフレッドに厳重に注意しておく」
(いやいやいやいや!! いくら婚約破棄を取り消したいからって無理があるぞ、その設定は!!)
あまりの陛下の無理矢理加減に目を白黒させているノアを見かねて、父であるオスカーが助け舟をだす。
「陛下。既に二人とも家名をかけて婚約を解消しております。冗談だったでは済まされないかと」
「はて。本当に家名をかけて宣言したのかね?」
陛下は首をかしげてとぼけた表情を浮かべた。
(腹黒ジジィがきょとん顔しても、まったく癒されねぇよ!!)
「どうなんだ? アルフレッド」
「…………」
(いやいやいやいやアルフレッド様ぁ!? そこははっきり言ってくれないと!! なんでだんまりなのーー!? 真実の愛どこいったのーー!? この数日で何があった!?)
当然、頷いてくれるはずのアルフレッド殿下は何故かここに来てノーリアクションだ。
先ほどから考え込むように重い顔をして腕を組んでいたが、陛下に話を振られて暫し黙ったあと、とんでもないことを言いだした。
「……記憶がない」
「はぁあああ!?」
思わず大声を出してしまったのは仕方がないだろう。国王陛下の前じゃなかったら、胸倉掴んで揺さぶっているところだ。
(テメェ!! 不祥事起こした政治家みたいなこと言いやがって! 二日前の出来事を忘れるわけないだろ!!)
「証人が欲しいなら、あのパーティーに参加していた者をここに呼んでもいいが……どうするかね?」
陛下は余裕ありげだ。ということは、ここに呼ばれる証人とやらは全て国王陛下の息のかかった奴らに違いない。
(きったねぇ! 既に賄賂渡して偽証するように仕込み済みかよ!! そこまでするか!?)
あのパーティー会場には、王族側の貴族ばかりが参加していた訳じゃない。中にはチャールストン家と王族の結婚に反対の者、チャールストン家縁の味方をしてくれそうな人物も参加していた。しかし、この陛下の余裕っぷりからして、既にその者達への対処も済ませているらしい。
まさか騒動の二日後までにここまで手回しをしているとは思っていなかった。完全に後手に回ってしまった。何故か婚約破棄に一番ノリ気だったはずのアルフレッド殿下ですらこの有り様だ。
(まずい……このままだと、陛下の思惑通りこの騒動はアルフレッド殿下のおふざけで、国王陛下自らが俺に謝罪した事で、なかったことにされる可能性が高い……!!)
婚約が再び成立するということは、回避したはずの処刑ルートもまた復活してしまうかもしれない。
(いやだ! 破滅ルートだけは絶対避けなきゃいけねぇ! でも、陛下は本気だ……どうする? どうすれば……)
「お待ちください、陛下」
そこに、本来あり得ない人物が割り込んできた。
ここにはいないはずの、ローラン・リシャールの登場である。
「ローラン殿? 何故ここに?」
陛下も訝しげな表情を浮かべている。確かに玉座の間は普段から開け放たれており、許可が下りた者ならば誰でも出入り可能になっている。
しかし、この玉座の間に到達するまでにいくつかの扉を通らなければならず、そこには門番が必ずついている。なので本来ならば部外者が入ってこれる場所ではないのだが……。
「此度の留学の折に、陛下には大変お世話になりましたので、ご挨拶に伺いました。お話が終わるまで待っていようと思っていたのですが、私も知っている話が耳に入ったものですから」
(そういえば、昨日いろんなところに挨拶周りに行くと言ってたな)
順番を考えれば陛下を一番最初にするは妥当だった。ローランは国賓扱いなので、玉座の間の前まで問題なく通されるだろう。玉座に入ろうとしたローランが先客であるノア達の会話が終わるまで廊下で待っていたことも納得がいった。まぁ王族の内部事情について話しているところに、他国の王子を通してしまった一番最後の門番には後でお咎めがあるだろうが、完全に油断して人払いをしていなかった陛下にも責任はある。そもそも玉座の間ではなく、密室で行えばよかった話なので。
「故意ではないとはいえ盗み聞きしてしまい、あまつさえ会話に割って入ってしまったことは、深くお詫び申し上げます。ですが、話を聞いていて、私の証言がお役に立てるのではと思ったものですから……」
「証言、とは……?」
ローランの言葉に、国王陛下の頬がわずかに引き攣った。その証言が自分にとってかなり不利な事……しかし、最早ローランの口を止められないであろうことを察したからだろう。
「はい。私ローラン・リシャールは確かに卒業前夜の祝宴の場にて、アルフレッド殿下が王太子の名に懸けて婚約を破棄すると宣言されたのを目撃しました。そして、ノア様も、チャールストン家の名において、婚約解消を承諾されたことも事実です。我が信仰する偉大なる神の名を懸けて証言致します」
宗教大国であるオーベルニュ国の王子が、神の名を懸けるということは、まさに自身の命を懸けて誓うことを意味する。
いくら自国の貴族の子息たちを言いくるめることは出来ても、さすがに他国の、ましてや隣国の大国であるオーベルニュの来賓の言葉を覆すことは国王陛下とはいえ出来なかった。
「おお……そうであったか。貴重な証言をありがとうローラン殿。どうやら行き違いがあったようだな。この話はまた後日に……」
「お待ちください陛下」
旗色が悪いと察した陛下がうやむやのまま解散しようとするのをオスカーが引き留める。
「我が息子、ノア・チャールストンとアルフレッド殿下の婚約が解消されたのは間違いないようです。ですので、婚約証書を破棄致します……よろしいですね?」
「……うむ。あいわかった。あらためて謝罪しようノア。本当に悪かった」
「いえ……陛下の心遣いに感謝致します」
恨み言はたっぷりとあったが、父の機転で無事に正式に婚約解消出来そうだ。
(危なかったーー!! ローラン、グッジョブ!!)
婚約破棄の破棄を無事に回避したノアは心の中でローランに感謝した。
ノアのローランに対する好感度はマイナス&変態から命の恩人へと一気に上昇したのだった。
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