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その9
しおりを挟む「ステンノ―……」
「え?」
次の瞬間少女は思いがけないことを口走った。
ステンノ―。
つまり、わたくしの名前である。
「お前、何故このかたの名を知っている」
わたくしが反応しようとする前に、マギーが鋭い目つきで言った。
いつの間にか、ナイフを少女の喉元に突きつけている。
「え? いや、あの……」
ナイフに帯びているのか、それともまだ寝ぼけているのか。
少女の返事は胡乱なもの。
「答えろ」
「いや、その、え? え?」
とぼけているにしては、どうも不細工な対応である。
「まあまあ」
わたくしはマギーを抑え、できるだけ穏やかな態度をとる。
「あなた、ひょっとしてどこかでわたくしと会ったことが?」
「いや、何ていうか…………あの、ここってまさかトースタって国とか」
「そうですけど」
「えええー……」
わたくしの返事に、少女は何とも言い難い顔である。
「そんなアホな……」
「アホって言い草がありますか」
「あ、すみません……」
「ま、いいですわ。あなた、そもそもどこの人なの? この村……もう村はないけれど。村の人間なの? どうなの?」
「いや、どこのっていうか、日本人?」
「……え?」
謎の少女は思いがけないことを言った。
日本人?
いや、確かに黒い髪の毛や瞳は似ているとも言えないが。
しかし、日本人? どうも彼女はアジア系には見えない。
「二ホン? どこだ、それは」
半ば呆れたようにマギーが言う。ナイフは突きつけたまま。
「やっぱ知らないですよねー……」
諦めたような笑顔で、少女は目を閉じた。
「知ってると言ったら?」
「え?」
「え?」
わたくしが答えると、少女とマギーは同時に言った。
「とりあえず……今の元号は?」
「ええと〇〇、かな……」
少女は戸惑いながら、わたくしにも馴染みのある元号を口にした
「…………」
わたくしはしばし考えて、また質問する。
「明治、大正、昭和。主にあったことは?」
「え? 明治維新と……大震災、あと、世界大戦?」
「…………」
どうやら、間違いないらしい。
こいつは、日本人だ。多分。
「どこの国の話です?」
明らかに困った顔でそっとハイドラが聞いてくる。
「遠い遠い国ですわ……」
そう。遠い国の話だ。
「――で、あなたのお名前は?」
「くろやま、ちえこ……です」
「コーヤァマ、チェコ?」
マギーは言いにくそうに眉を寄せた。
日本語の名前は、こちらの言葉ではひどく言いにくい。
しかし、この少女はこっちの言葉を流暢に話してはいるのだが。
「それで? あなたはどうして、あの部屋にいたの?」
「え、なんすか、それ」
わたくしの質問に、くろやまは驚いた顔だ。
「あの、わたし、部屋で寝てたら、いつの間にかここにいて……」
「部屋ってどこの?」
「自分の家の、つまり、日本?」
「……ハイドラ、鏡を持ってきてちょうだい」
「はい」
わたくしの声に、ハイドラはすぐさま手鏡を差し出してくる。
鏡をくろやまに突き出すと、
「え!? なに、これ……」
鏡をひっつかみ、くろやまは唖然として硬直してしまった。
「わたし、じゃない」
「はあ……」
よくわからないが、面倒臭いことになっているようだ。
同胞との邂逅を喜ぶべきか、否か。
実に、難しいところである。
「これ、憑依転生じゃん……」
くろやまはブルブルと震えながら、妙なことを言った。
「何それ?」
「…………」
くろやまは答えず、代わりにぐうっとおなかを盛大に鳴らした。
「マギー」
わたくしは、ナイフを持つマギーにそっと目配せをした。
「良いのですか?」
「色々聞きたいこともありますし。せっかく増えた人手です」
「役に立ちますか?」
「さあ。ま、悪くともわたくしの話し相手くらいにはなるでしょう」
わたくしは次にハイドラを見る。
「ご主人の心づくしだ」
ハイドラはそう言って、くろやまに食事を出してやるのだった。
「美味しい……」
一口食べてそういった後、くろやまは猛烈な勢いでスープをかきこんでいく。
「はあ、わたし、異世界に来ちゃったんだなあ……」
食べ終えた後、くろやまは言って大きく大きく嘆息。
「まさか、ゲームの世界なんて」
「ゲーム?」
マギーは訝しく眉をひそめた。
ここでゲームというと、トランプのようなカード、あるいは将棋のようなボードもの。
間違っても、コンピューターゲームなんてない。
しかし、こいつが言っているのは多分そっちのことなのだろう。
とすれば、わたくしはゲームの悪役か……。
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