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21 利用される憎悪:バッカス視点

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エリナベル王国での婚約が破棄され、私は無様にも自国であるカンク帝国へと舞い戻っていた。
帝国城内にある長い通路を歩いていると、向こうから公爵令嬢が歩いて来る。

「あらあら、お役目を果たす前にお帰りとは……」
「……っ」

私は歯を食いしばり、公爵令嬢からの苦言をかみ砕く。
本来であれば、エリナベル王国を内部から浸食し、我がカンク帝国の一部として引き入れる予定だったが……それはもう叶わぬ状態となった。

「……どうやら、エリナベル王国のお嬢様の機嫌を損ねてしまったようでして……はは、困ったものです」

私はすれ違う公爵令嬢に当たり障りのない理由をでっちあげる。

(……くそっ! あの忌々しい人間が全ての原因だ。あの男さえいなければ、今頃エリナベル王国は我が帝国の一部となっていたであろうに!)

心の奥底であの忌々しい男の顔が思い浮かぶと、瞬く間に体中が憎悪に蝕まれる。

「ふふ、貴方のお父様がお呼びよ。すぐに玉座の間に行くといいわ」
「……わかりました」

私が返答をすると、私は父上が待つ玉座の間へと向かう。



玉座の間に入ると、父上と多くの家臣の者が私を出迎える。

「ただいま帰りました、父上」
「バッカスか……お前には失望したぞ」

わかっていた事だが、直に言われると体に響く。

「……申し訳ありません。私の力及ばず、舞い戻ってきました」
「ふむ、だが既に終わった事だ。これ以上何も言うまい。……しばらくは猛省し、体を休ませるが良い」
「畏まりました。失礼致します」

私は報告を終えて、玉座の間から逃げるように出る。
それからの日々は、他の者から後ろ指を指される生活を余儀なくされたのだった。



◇◇◇



しばらくはたったある日、再び玉座の間に呼ばれた私は父上の前に姿を現した。
周りには数多くの家臣も出そろっていた。

「お呼びでしょうか、父上」
「よく来た我が息子よ。今、我が国の作物の供給を脅かす存在が現れ始めたのは知っているだろう」
「はい。存じております」

我らのカンク帝国は膨大な領土を使い多くの作物を栽培し販売を行い富を得ている。
だが、最近になって他国の作物の人気が高まり、売れ行きが悪くなっているのだ。

「それがどうしたというのですか?」
「あぁ。調べたところエリナベル王国の領土の一つ、ネルドという村で販売されている作物という事がわかった」

エリナベル王国という単語に胸がチクリと痛むのを感じる。

「……なんと、そうだったのですか」

すると、周りにいる家臣の者達のヒソヒソ話が耳に入る。

「……皇太子様がエリナベル王国を手中に入れていれば……」
「……っ」

丸聞こえだった内容に一人歯を食いしばる。

「私語は慎むのだ! ……そこでバッカスよ。今アラバスト王国からの共闘の打診が入っておる」
「アラバスト王国!? 忌々しい人間どもが治めている国ではありませんか!」
「落ち着くのだバッカス! 話は最後まで聞け、アラバスト王国も我らと同様にネルド村を敵視している。……利害の一致というものだ」
「……そうなのですか」
「あぁ、アラバスト王国の作る薬を求める者は多かったが、ネルド村が作り出すポーションに客の大半を奪われたようだ」
「……となると、アラバスト王国と我らで邪魔な存在であるネルド村を滅ぼす……とう事ですか?」
「その通りだ。……だが、エリナベル王国は大国。一国だけでは敵わぬ」

少し間を開けて父上は続ける。

「……だが、複数の国が力を合わせれば違うだろう。今、そういった打診が入っているのだ。お前が手に入れるはずだったエリナベル王国……お前に共闘をするかの話し合いに参加してほしいと考えている」

私の答えは決まっていた。

「畏まりました――」

心の奥底に渦巻いていた憎悪の発散先を見つけた私は、自然と笑みが零れる。

「――すぐにその話し合いに参加させて頂きます」
(……手に入らぬのなら、ネルド村ごとエリナベル王国を滅ぼしてしまえばいいのだ)

忌々しい人間と手を組むのは癪だが、私に醜態をさらさせたエリナベル王国へ仕返しができるのなら僥倖だ。
それからすぐに私は身支度をして話し合いをする為にアラバスト王国へと向かうのだった。



◇◇◇



アラバスト王国に到着した後、多くの人間に頭が狂いそうになりながらも城内に入った私は、広い会議会場へ通される。
そこにはアラバスト王国の王様とは別に見慣れない者も席に座っていた。

(……なんと、我がカンク帝国以外にも声を掛けていたということか)

私が驚いていると、アラバスト王国の国王が私に近づいて来る。

「これはこれは……よくぞいらっしゃいました。バッカス殿。私はアラバスト王国の王であるギルガス・アラバストだ」
「お招きいただきありがとうございます。ギルガス殿……この者は?」
「驚かれましたか? カンク帝国と同様にネルド村を滅ぼす計画に賛同してくれたエラルド公国のイスラ王子だ」
「そうですか……お初にお見えにかかる。私はカンク帝国のバッカス・カンクと申す者です」

私はイスラ王子にお辞儀をする。
イスラ王子も席から立ち上がり、挨拶をしてくる。

「これはご丁寧な自己紹介に痛み入る。私は今ご紹介に預かったエラルド公国の次期国王であるイスラ・エラルドと申す。よろしく頼む」

お互いに自己紹介を終えた私たちは共に席に着き、最後にギルガス殿も席に着く。

「さて、今回集まってもらったのは他でもない。エリナベル王国の治める村の一つ、ネルド村を共闘し滅ぼすことについてだ」

ギルガス殿が話始めると、イスラ王子が手を上げて声を上げる。

「ギルガス殿、話し合いの前に伝えておきたい事があります」
「何だ、申してみよ」
「はい。私の国では一度ネルド村に接触した事があるのです」
「……何!? それは本当か!」
「はい、我らエラルド公国はエリナベル王国との国境の近くにあるネルド村から近い場所にあり、ポーションの情報を手に入れた我らは密かにネルド村に接近したのです。……ですが、何故か駆けつけてきたエリナベル王国の姫君と部下たちに阻止されました」
(……シャルロッテが!? ……でも、何故)

私が一人でイスラ王子の証言に驚いていると、ギルガス殿が尋ねる。

「ふむ……して、何故イラス王子は今も無事にいるのだ? 駆け付けてきた兵達から反撃を受けなかったのか?」
「それが……なぜか、危害を受けずに解放してくれたのです。エリナベル王国の姫君はアーノルドという者の身を案じていたようですが……」
「「……なっ!?」」

私とギルガス殿の声が重なり合う。

「それは本当か!」

ギルガス殿が先にイラス王子に尋ねる。

(……出来る限り領土の隅っこに追いやるように指示していたのだが……なるほど、ネルド村にはあの忌々しい人間がいるのか)

私が思考を重ねていると、イスラ王子は答える。

「えぇ、ポーションを販売している店の店主? だと思うのですが、私がポーションを欲しいと伝えたところ、断ってきたのです」
「……うむ」

ギルガス殿は俯き、考え込む。
イスラ王子は続けて話す。

「……そこで気に入らなかった私は村を滅ぼそうとしたのですが、アーノルドという男は魔法を扱える者だった為、苦戦を強いられました。……ですが、隙をついて息の根を止めようとした時、エリナベル王国の姫君の部下が間に入ってきて仕留めきれなかったのです」
「……そうであったか……だが、良い情報を聞いた。ネルド村を滅ぼす際、そのアーノルドという者だけは生かしてアラバスト王国へ連れてくるのだ」

ギルガス殿は明らかにアーノルドの事を知っているような口ぶりだ。
私はたまらずギルガス殿に問い詰める。

「ギルガス殿!  なぜ、そこまでアーノルドという男にこだわるのですか!?」
「ふむ、アーノルドという男は以前このアラバスト王国にいたのだよ。薬でも治す事が出来なかった私の妻の体を治してくれた恩義がある。……だが、バカ息子の癇癪によって我が国から出て行ったのだ……非常に惜しい男を失った」
(……なぜ、どの国もあの男を評価するのだ)

私は至って凛とした態度で進言する。

「畏まりました。ではアーノルドという男の捕獲は私にお任せください」
(……何か理由をつけて殺すとしよう……必ず、わが手で息の根を止めてやる)
「バッカス殿。その口ぶりだと……前線に出られるのですかな?」
「もちろんです。直接この手で確かめたい事もありますので……」
「わかった。それでは前線部隊をバッカス殿に任せたい。合図をしたら三方向からネルド村に向かって進軍を開始するのだが――」

ギルガス殿は作戦の詳細を話始めようとした時、イスラ王子がニヤッと笑みを浮かべ手を上げる。

「――ギルガス殿、私にいい考えがあります」
「何だ、申してみよ」
「アーノルドという男は、傷つくものを見捨てる事が出来ない男だったと記憶しています。……そこを逆手にとりましょう」
「逆手に? どういうことだ」
「簡単です。毒を内部に仕込むんですよ。私の国で行っている実験体が役に立つ時が来たようです」

イラス王子は不敵に笑みを浮かべるのだった。
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