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第二部
53.母と従兄
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お久しぶりです!遅くなりました、すみません・・・!
(そして今回はお久しぶりなあの人達もちょこっとだけ登場します)
*誤字訂正しました*
********************************************
普段どおりの火曜日。
事務所にたどり着くと、なにやら懐かしい匂いが漂ってきた。
「おはようございま~す・・・って、何の匂い?」
誰かが朝から料理でもしているのだろうか。見たところ部屋にはまだ誰も出社していない。もしかしたら給湯室にお茶でも淹れに行っているのかもしれないけど。
自分のデスクに鞄を置いて、パソコンを立ち上げていたら。誰かの靴音が聞こえてきた。気配を察知した直後、ドアノブが回される。鏡花さんか瑠璃ちゃんかと思い、笑顔で振り向いた先にいたのは――片手にお茶碗とお箸を持った、鷹臣君だった。
「よお、麗!」
真っ黒い半袖のTシャツにジーンズとごついベルトを身につけた鷹臣君が、颯爽と入ってくる。今日はお客さんとのアポが入っていないのか、随分とラフな格好だ。サングラスをかけたら、どこのチンピラかと間違われそうだけど。
普段はどこか凶悪な笑顔を向けるのに、何故かニコニコとご機嫌のよろしい室長が、正直言って不気味だ。何となく嫌な予感がして、思わず一歩後退する。
「お・・・おはよう、鷹臣君・・・。朝ご飯まだだったの?」
事務所で朝ごはんを簡単に食べることは珍しくないけど、こうやって朝からしっかりお米を食べる姿は最近見ていない。この人甘党でめんどくさがり屋だから、砂糖をこれでもか!と言う位入れた、甘ったるいカフェオレが朝食代わりって日も少なくない。めんどくさがりな面を見ると、何となく血のつながりを感じる・・・(嫌な感じ方だなあ)
近寄ってきた鷹臣君が、「お前も食え」と、どこからかスプーンを持ち出して、お茶碗に入っているお米をすくう。って、あれ?白じゃないよ?
むしろそれは普通のご飯の匂いじゃなくて。蒸したお米というか、もち米のような匂いと、見覚えのある縁起色・・・って、まさか!
「何で朝からお赤飯炊いてるの!?」
口元に近づけられたスプーンを凝視して、声をあげる。間違いないよ、お祝いの時に炊くお赤飯と黒ゴマのコンビ・・・どう見たって見間違いじゃない。
・・・あれ?
でも、お祝い・・・?
鷹臣君のニコニコ(ニヤニヤ)顔を見た瞬間。思い当たった結論に、さーと顔が青ざめた。直後、瞬時に真っ赤になって抗議する。
「ななな・・・何で・・・!?」
何で筒抜けなのー!?
わなわなと震える人差し指を突きつけて、内心でギャー!と色気のない悲鳴を上げた。
「何で俺が知ってるかって言いたそうな顔だな?んなの、東条白夜の連絡先を教えたのが俺だからに決まってるだろうが」
何でお母さんが東条さんの電話番号を知っているのか疑問だったけど、あれってお前が原因か!
「この共犯者めー!!」
真っ赤になりながら鷹臣君に詰め寄ると、悪びれた様子もなく声を出して笑いやがる。
「なんだよ、結果的にはよかったんじゃねーのか?これでようやくお前も大人の仲間入りだ」
「ちょっ!その発言はギリギリだよ!?」
いろいろと!セクハラで訴えられるぞ。
しかも大人の仲間入りでお赤飯って、聞き方によっては違う意味で捉えられる・・・。
そして差し出されたお赤飯をしぶしぶ一口食べてみたら・・・
「あ・・・っまー!!ちょ、気持ち悪い!それに超まずい!!何これ、何でこんなに甘いの!?」
見た目が何の変哲もないお赤飯だったからすっかり油断していた!
黒ゴマと共にかけられていたのは、お塩・・・ではなくて、大量の白砂糖だった。鷹臣君の甘党をすっかり油断していたよ!!
「何言ってんだ、うまいだろ?」
平然ともりもり食べる鷹臣君を見ているだけで、うっ・・・胸焼けがしてくる。
場所や地方によって違うだろうけど、私が知っているお赤飯はもち米と普通のあずき、それに黒ゴマなどお塩を振りかけて食べる。それが一般的だと認識していた。確かにちょっとだけ甘みがあっても案外おいしいと思うよ?ほんのりとした甘さは、きっとお赤飯によく合う。でもね、これははっきり言ってやりすぎだ。もはや和菓子か何かの領域にまで侵入している。
口に含んだ微妙な味を、苦い緑茶で中和して、ぎろりと鷹臣君を睨みつける。朝からいらん事を・・・!
ほんの2、3口程度で食べきった鷹臣君は、お茶碗にご飯粒を一粒も残さずきれいに平らげた。食べ方がキレイな辺りは、育ちの良さを感じる。
片付けろと無言で要求しているのか、人のデスクに勝手にお茶碗を置いた鷹臣君は、満足げに告げた。
「まあ、赤飯は冗談だ。単なるネタだから気にすんな」
「ネタで炊く時点で冗談になるの!?」
驚きだよ!
そしてやりすぎでしょう!
「別に俺は炊いてねーよ。ただのレトルトだ」
今食べたのは、一食分だけ売っているあれらしい。そして自分なりにアレンジして出来上がったのが、砂糖まみれのお赤飯もどき。おしい、材料的にはおはぎの親戚になりえたかもしれない。
ぐったりして席に座った私を、出社したばかりの瑠璃ちゃんは小首をかしげて見下ろしていた。
◆ ◆ ◆
「え、えー!?麗さん、今同棲してるんですか~!?」
大きなくりくりとした目をまん丸にして驚く瑠璃ちゃんの口を、あわてて押さえる。声、声が大きい!
「しーしー!同棲じゃなくて、単なる居候!両親が帰るまでの間、厄介になってるの」
お昼時間。私はいつものごとく、鏡花さんと瑠璃ちゃんの尋問を受けていた。朝からお赤飯の匂いが漂っていた為、勘が鋭い瑠璃ちゃんが不審がっていたのだ。そして問い詰められて、結局二人に打ち明けてしまった。お母さんに家を追い出されたことを・・・。
「しっかし・・・すごい母親もいたものね~。まあ、室長の叔母って聞くと、納得できるむちゃぶりだけど」
一人で納得しながら、お手製のお弁当をつまむ鏡花さん。その出し巻き卵、おいしそうですね。
「で?で?どうだったんです~?」
にまにまと、普段はリスのように愛らしい顔を小悪魔風な微笑えを浮かべて、瑠璃ちゃんは小声で尋ねてくる。
何を聞きたいのかいまいちピンと来ない私は、首を傾げた。
「どうって何が?東条さん家は相変わらず見晴らし抜群だよ」
何せ高級マンションの最上階だしね。あの夜景を眺めるだけで癒されるよ。
「も~違いますよ~!誰が見晴らしなんて気になりますか!瑠璃が聞きたいのは~、麗さんの初・体・験デス」
「ぶっ!?」
インスタントのお味噌汁を飲んでいる時になんて事を!
あ、やばい、スカートに染みが!?
隣から鏡花さんがお絞りを差し出してくれて、慌ててスカートを拭いた。良かった、色が濃いから、目立たない。
「瑠璃~あんたね、職場でなんて事を・・・」
呆れた溜息をついた鏡花さんに同意するように頷く。そうだよ、ここは職場だよ!そんなガールズトークをしていい場所じゃないよ!むしろお願いだから、訊かないで下さい。まだ平然と思い出して喋るなんて無理だから!
けれど、鏡花さんが味方についてくれたと思っていたのは、どうやら私の勘違いだったようだ。
「そーゆー話は今夜じっくり、飲みながら聞くわよ」
やっぱり訊くのか!
ニヤリと色っぽい口元を歪めた鏡花さんは、ウィンク一つで瑠璃ちゃんと合図を交わし、頷きあった。
どうやら小悪魔がもう一匹、増えたようだ。
食後にお茶を啜っていると、瑠璃ちゃんが「それにしても~」と話しかけてくる。
「良かったですね~麗さん。何だか幸せオーラが出てますよ~!ちょっと羨ましいです~」
「え?幸せオーラ?」
そんな物出てるのか。自分じゃ気付かないけど。
「確かに。私生活が充実していると、お肌も輝きが違うしね~?愛されてるってひしひしと伝わってくるわ。良かったわね?そんな素敵なリングももらえて」
やはり目ざとい!
女性同士だからか、ジュエリー系はすぐに目に入るようで。でも気付いてくれた事にちょっとだけ嬉しさが溢れる。本当は見せたくて堪らなかったんだよ!
「えへへ、昨日貰ったんです。東条さんから」
見せて見せてー!とせがむ瑠璃ちゃんと鏡花さんに、普段用としてもらったもう一つのリングを見せる。あのピンクサファイアの石がついた、指輪の方だ。
左手を差し出して間近で眺める瑠璃ちゃんは、感嘆の声をあげた。
「かわいい~!東条さんってセンスいいですね~!これ、ピンクサファイアでしょ!?東条さんのことだから、さぞかしいい物をプレゼントしたんでしょうね・・・」
「確かに可愛いわね。麗のイメージにもぴったりだわ。物凄く高そうでもあるけど・・・」
これっていくら?
目線だけでそう尋ねられても、私だって怖くて訊けないし、知らないよ!
「むしろ値段知ったら、箱に厳重に保管しなきゃいけない羽目になるし!しかも東条さん、デザインに時間がかかったって言ってたから、恐らくデザイン費も含むと相当な額に・・・」
ひぃいい!嬉しいけど、恐ろしい・・・!
「マジで?特注って事?・・・マジか。流石東条さんだわ・・・」
「ますます羨ましいです~!いいなぁ~瑠璃もいつかマー君に婚約指輪買ってもらいたい~!」
あ、まだマー君とは続いていたんだね・・・。
自分の事に手一杯だった私は、周りの恋愛事情に首を突っ込む余裕もなかったみたいで。久しぶりに聞いた瑠璃ちゃんの恋を今後の参考の為と言って、根掘り葉掘り聞き出したところで、残りの昼休みの時間が過ぎていった。
◆ ◆ ◆
夕方4時半を過ぎた頃。
私は事務所の扉の前でスタンバっている。仁王立ちで待ち構えているのは、あの日以来会っていない私の大切な―――。
扉の鍵が解除され、ドアノブが回ったと同時に聞きなれた声が響いた。
「こんにちわ―・・・って、うわあ!?」
ドサ、と荷物が床に落ちた。が、そんな物に視線を移すこともせず、私はにっこりと笑顔を浮かべて、硬直している人物を見つめる。
「あら、どうしたの?そんなお化けを見たような顔で驚くなんて。いけない子ね~?響」
「う、麗ちゃん・・・」
視線を彷徨わせながら青ざめる響は、冷や汗を浮かべているようにも見えた。怖がらせないように微笑みを深めたら、ますます距離を置かれてしまった。って、ちょっと!?多少頬が引きつってる笑いかもしれないけど、そんなに怯えなくってもいいじゃない!
すう、と目を細めて、笑みを消した私は、寛大で優しいお姉さまの声を出して告げる。
「――響。私に何か言う事は?」
仁王立ちで扉の前を陣取る私に、響はがばりと頭を下げた。
「う、裏切ってごめんなさい・・・!!」
姉弟仲がいいと思っていたのに、お母さんの味方につかれた事を未だに根に持っていた私は、その一言を聞いて素直に謝罪を受け入れた。
学校帰り2時間ほどアルバイトで事務所に寄る響は、私が機嫌を直したことで幾分か落ち着きを取り戻した。すっかりいつも通りの、人当たりがよく面倒見のいい、委員長タイプの少年だ。
書類の整理や雑用を片付けながら、響に尋ねる。
「そうだ、荷物を取りに行きたいんだけどさ、いつなら2人とも留守にしてる?いない時なら帰れるよね」
お母さんから受け取った荷物は、一週間分くらいの洋服がキャリーバッグに詰め込まれていたけど、会社に行く用に欲しい服はある。東条さんの家では一通り揃ってて何も不自由はないけれど、むしろ逆に何であんなに私専用の服が揃ってるのって感じだけど、それでも急だったから置いてきてしまった物の一つや二つ、あるものだ。
けれど、響は実に歯切れの悪い口調で、言いにくそうに告げた。
「ご、ごめん麗ちゃん・・・多分、当分無理」
「・・・は?ずっと2人とも家にいるの?んなバカな」
久しぶりの日本で、外に出ずにずっと家に篭りっぱなしなんてありえない!買い物だってしたいだろうし、映画だって観たいはずだ。父だって仕事で出かける用事もあるだろうし、お母さんも静かにじっとできるタイプではない。ちょっと位誰もいない時に帰るなんて、問題ないでしょ!
・・・が。どうやら私は甘く見ていたようだ。
お母さんがやると言ったらとことんやる人で、有言実行タイプの人間だとこの時すっかり忘れていた。
「言いにくいんだけど、うちの鍵全部変えたんだよね・・・。お母さんの指示で」
「・・・は?はあ!?鍵を変えた!?この短時間で!?」
んなバカな!
口をあけたまま絶句している私に、気の毒そうな眼差しでごめんね、と訴えながら、響は続きを話し始めた。
「勿論東条さんのセキュリティー関係はそのままなんだけど、麗ちゃんが帰ってきても家に入れないように、お母さんがいいと言うまで帰ってこなくていいって・・・。許可が出たら家に入れてあげてもいいけど、その許可もお母さんが出すまで僕達に余計な事はするなって言うから、麗ちゃんに電話も出来なかったんだ」
ごめんね?
再びそう告げられて、がっくりとうな垂れる。
まさか自分の母親が、ここまで徹底してやる人だったとは・・・流石、元お嬢様・・・考えることが実の母ながらわからない。
傍で聞いていた瑠璃ちゃんと鏡花さんも、流石に唖然としていた。
手間とお金と面倒をかける事が億劫ではないのかって思うよね?普通は。
「あ、でもね。お母さんから今日麗ちゃんに会ったら、これ渡してって言われたんだ」
「え、何?差し入れ?」
ショップのかわいい紙袋に入っているのは、中が透けないような色つきのビニール袋で。柔らかな質感とそう重くはない重量に、食べ物ではないことを察する。でも一体何を持って来たんだろう?
「これ何?」と訊くと、響も中は知らないようだ。
躊躇いもなくピっと袋のテープを切って中を覗く。そして袋から取り出したものを見て、私も響も瞬時に思考が停止した。
「え、何ですか~?それ・・・って、え?まさか麗さんの勝負下着?」
硬直する私の手元から瑠璃ちゃんが黒い物体を抜き取る。ぴらり、と広げて見せたそれは、黒いレースで覆われた女性用の下着で。布地面積が足りないばかりか、サイドが紐タイプ・・・
そして他にも真っ白でフリフリなフリルがたっぷりとついた少女趣味な物から、ヒョウ柄と黒地のレースの肉食系、そしてちょっとアレなコスプレっぽいベビードールまで。トータルで4点セットが中から出てきた。
「あ~ここのブランド知ってます~!最近駅前にも出来ましたよね~!手頃な値段で可愛い下着が揃うって、今若い子達の間で人気なんですよ~。このベビードールも一瞬メイドちっくだけど、そこまで露骨じゃないし、初心者でも安心ですね」
安心って何が!?
石化から解いた私は、同じく固まっていた響を起こしてから、元凶を全て袋に詰め込む。
傾けた袋からひらりとカードが床に落ちて、拾いあげた。それは思いっきり見覚えのある、お母さんの字だった。
『――セクシー系、ロリ系、お姉さま系に、ちょっと変わり物までとりあえず揃えたから。東条さんの趣味に合わせて、さっさと悩殺してきなさいね。身につける下着で女度も上がるものよ。まあ、あなたの色気が出るかどうかは保証しないけど。母より』
最後の一言は余計だよ!
「保証がないならよこさないでよー!!」
えーい!
隣からカードを覗き込んで読んでいた瑠璃ちゃんが、笑いを噛み殺している中。私は袋に入った下着を衝動に駆られるままドア方向に投げつけて――・・・タイミング悪く入ってきた人物の顔に、誤って叩きつけてしまった。
ぼふっ!
「!って・・・あ?何だこれ」
丁度室内に入ってきた黒崎君が、眉を顰める。そして顔面に直撃したそれを反射的に掴んで、中をあけようとした。って、ちょっと待ったあ!!
「わー!!待って、待って黒崎君!!ごめん、わざとじゃないんだけど謝るから開けないでー!!」
「あ?何だ、お前かよ。一体何騒いで・・・」
片眉だけ上げて慌てる私を眺めながら、黒崎君は解けた袋の口から覗いた黒い物を引っ張り上げた。
私の願いは一歩遅かったようで。中身を見つけた黒崎君は、柔らかな素材の女性用下着の感触と、視覚的にも過激なそれを見て、目に見えて硬直する。
後から追い着いて来たのか、何事かとひょっこりと顔を覗かせた白石さんが、なかなか動こうとしない黒崎君を呼びかけた。
「何してるの?黒崎。早く中に入って・・・ん?D?」
ちらりと見えたのであろうタグを白石さんが読み上げた直後。顔を真っ赤にさせた黒崎君は、白石さんに袋ごと押し付けて踵を返した。
事情は分からないはずなのに、動揺を見せる事なくきれいに畳んで私に手渡した白石さんは、笑顔のまま黒崎君を追って部屋から出る。残された私達は、一言も喋れずその様子を呆然と眺めていた。
一番先に我に返った私は、手元に戻った袋を見下ろして思わず呟く。
「・・・なんでこれが私のだってわかったの?白石さん・・・」
黒崎君は私の名前を呼ばなかったのに。慌てていたのは、私だけではなかったのに。
白石さんの底の知れなさを感じて、侮れない人物の烙印を密かに押したのだった。
************************************************
甘いお赤飯もあるそうですね。それはそれでおいしそうですが!
そして白石が何故麗の物だとわかったのか・・・察しのよろしい皆様のご想像にお任せします(笑)
誤字脱字、見つけましたら報告をお願いします。
(そして今回はお久しぶりなあの人達もちょこっとだけ登場します)
*誤字訂正しました*
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普段どおりの火曜日。
事務所にたどり着くと、なにやら懐かしい匂いが漂ってきた。
「おはようございま~す・・・って、何の匂い?」
誰かが朝から料理でもしているのだろうか。見たところ部屋にはまだ誰も出社していない。もしかしたら給湯室にお茶でも淹れに行っているのかもしれないけど。
自分のデスクに鞄を置いて、パソコンを立ち上げていたら。誰かの靴音が聞こえてきた。気配を察知した直後、ドアノブが回される。鏡花さんか瑠璃ちゃんかと思い、笑顔で振り向いた先にいたのは――片手にお茶碗とお箸を持った、鷹臣君だった。
「よお、麗!」
真っ黒い半袖のTシャツにジーンズとごついベルトを身につけた鷹臣君が、颯爽と入ってくる。今日はお客さんとのアポが入っていないのか、随分とラフな格好だ。サングラスをかけたら、どこのチンピラかと間違われそうだけど。
普段はどこか凶悪な笑顔を向けるのに、何故かニコニコとご機嫌のよろしい室長が、正直言って不気味だ。何となく嫌な予感がして、思わず一歩後退する。
「お・・・おはよう、鷹臣君・・・。朝ご飯まだだったの?」
事務所で朝ごはんを簡単に食べることは珍しくないけど、こうやって朝からしっかりお米を食べる姿は最近見ていない。この人甘党でめんどくさがり屋だから、砂糖をこれでもか!と言う位入れた、甘ったるいカフェオレが朝食代わりって日も少なくない。めんどくさがりな面を見ると、何となく血のつながりを感じる・・・(嫌な感じ方だなあ)
近寄ってきた鷹臣君が、「お前も食え」と、どこからかスプーンを持ち出して、お茶碗に入っているお米をすくう。って、あれ?白じゃないよ?
むしろそれは普通のご飯の匂いじゃなくて。蒸したお米というか、もち米のような匂いと、見覚えのある縁起色・・・って、まさか!
「何で朝からお赤飯炊いてるの!?」
口元に近づけられたスプーンを凝視して、声をあげる。間違いないよ、お祝いの時に炊くお赤飯と黒ゴマのコンビ・・・どう見たって見間違いじゃない。
・・・あれ?
でも、お祝い・・・?
鷹臣君のニコニコ(ニヤニヤ)顔を見た瞬間。思い当たった結論に、さーと顔が青ざめた。直後、瞬時に真っ赤になって抗議する。
「ななな・・・何で・・・!?」
何で筒抜けなのー!?
わなわなと震える人差し指を突きつけて、内心でギャー!と色気のない悲鳴を上げた。
「何で俺が知ってるかって言いたそうな顔だな?んなの、東条白夜の連絡先を教えたのが俺だからに決まってるだろうが」
何でお母さんが東条さんの電話番号を知っているのか疑問だったけど、あれってお前が原因か!
「この共犯者めー!!」
真っ赤になりながら鷹臣君に詰め寄ると、悪びれた様子もなく声を出して笑いやがる。
「なんだよ、結果的にはよかったんじゃねーのか?これでようやくお前も大人の仲間入りだ」
「ちょっ!その発言はギリギリだよ!?」
いろいろと!セクハラで訴えられるぞ。
しかも大人の仲間入りでお赤飯って、聞き方によっては違う意味で捉えられる・・・。
そして差し出されたお赤飯をしぶしぶ一口食べてみたら・・・
「あ・・・っまー!!ちょ、気持ち悪い!それに超まずい!!何これ、何でこんなに甘いの!?」
見た目が何の変哲もないお赤飯だったからすっかり油断していた!
黒ゴマと共にかけられていたのは、お塩・・・ではなくて、大量の白砂糖だった。鷹臣君の甘党をすっかり油断していたよ!!
「何言ってんだ、うまいだろ?」
平然ともりもり食べる鷹臣君を見ているだけで、うっ・・・胸焼けがしてくる。
場所や地方によって違うだろうけど、私が知っているお赤飯はもち米と普通のあずき、それに黒ゴマなどお塩を振りかけて食べる。それが一般的だと認識していた。確かにちょっとだけ甘みがあっても案外おいしいと思うよ?ほんのりとした甘さは、きっとお赤飯によく合う。でもね、これははっきり言ってやりすぎだ。もはや和菓子か何かの領域にまで侵入している。
口に含んだ微妙な味を、苦い緑茶で中和して、ぎろりと鷹臣君を睨みつける。朝からいらん事を・・・!
ほんの2、3口程度で食べきった鷹臣君は、お茶碗にご飯粒を一粒も残さずきれいに平らげた。食べ方がキレイな辺りは、育ちの良さを感じる。
片付けろと無言で要求しているのか、人のデスクに勝手にお茶碗を置いた鷹臣君は、満足げに告げた。
「まあ、赤飯は冗談だ。単なるネタだから気にすんな」
「ネタで炊く時点で冗談になるの!?」
驚きだよ!
そしてやりすぎでしょう!
「別に俺は炊いてねーよ。ただのレトルトだ」
今食べたのは、一食分だけ売っているあれらしい。そして自分なりにアレンジして出来上がったのが、砂糖まみれのお赤飯もどき。おしい、材料的にはおはぎの親戚になりえたかもしれない。
ぐったりして席に座った私を、出社したばかりの瑠璃ちゃんは小首をかしげて見下ろしていた。
◆ ◆ ◆
「え、えー!?麗さん、今同棲してるんですか~!?」
大きなくりくりとした目をまん丸にして驚く瑠璃ちゃんの口を、あわてて押さえる。声、声が大きい!
「しーしー!同棲じゃなくて、単なる居候!両親が帰るまでの間、厄介になってるの」
お昼時間。私はいつものごとく、鏡花さんと瑠璃ちゃんの尋問を受けていた。朝からお赤飯の匂いが漂っていた為、勘が鋭い瑠璃ちゃんが不審がっていたのだ。そして問い詰められて、結局二人に打ち明けてしまった。お母さんに家を追い出されたことを・・・。
「しっかし・・・すごい母親もいたものね~。まあ、室長の叔母って聞くと、納得できるむちゃぶりだけど」
一人で納得しながら、お手製のお弁当をつまむ鏡花さん。その出し巻き卵、おいしそうですね。
「で?で?どうだったんです~?」
にまにまと、普段はリスのように愛らしい顔を小悪魔風な微笑えを浮かべて、瑠璃ちゃんは小声で尋ねてくる。
何を聞きたいのかいまいちピンと来ない私は、首を傾げた。
「どうって何が?東条さん家は相変わらず見晴らし抜群だよ」
何せ高級マンションの最上階だしね。あの夜景を眺めるだけで癒されるよ。
「も~違いますよ~!誰が見晴らしなんて気になりますか!瑠璃が聞きたいのは~、麗さんの初・体・験デス」
「ぶっ!?」
インスタントのお味噌汁を飲んでいる時になんて事を!
あ、やばい、スカートに染みが!?
隣から鏡花さんがお絞りを差し出してくれて、慌ててスカートを拭いた。良かった、色が濃いから、目立たない。
「瑠璃~あんたね、職場でなんて事を・・・」
呆れた溜息をついた鏡花さんに同意するように頷く。そうだよ、ここは職場だよ!そんなガールズトークをしていい場所じゃないよ!むしろお願いだから、訊かないで下さい。まだ平然と思い出して喋るなんて無理だから!
けれど、鏡花さんが味方についてくれたと思っていたのは、どうやら私の勘違いだったようだ。
「そーゆー話は今夜じっくり、飲みながら聞くわよ」
やっぱり訊くのか!
ニヤリと色っぽい口元を歪めた鏡花さんは、ウィンク一つで瑠璃ちゃんと合図を交わし、頷きあった。
どうやら小悪魔がもう一匹、増えたようだ。
食後にお茶を啜っていると、瑠璃ちゃんが「それにしても~」と話しかけてくる。
「良かったですね~麗さん。何だか幸せオーラが出てますよ~!ちょっと羨ましいです~」
「え?幸せオーラ?」
そんな物出てるのか。自分じゃ気付かないけど。
「確かに。私生活が充実していると、お肌も輝きが違うしね~?愛されてるってひしひしと伝わってくるわ。良かったわね?そんな素敵なリングももらえて」
やはり目ざとい!
女性同士だからか、ジュエリー系はすぐに目に入るようで。でも気付いてくれた事にちょっとだけ嬉しさが溢れる。本当は見せたくて堪らなかったんだよ!
「えへへ、昨日貰ったんです。東条さんから」
見せて見せてー!とせがむ瑠璃ちゃんと鏡花さんに、普段用としてもらったもう一つのリングを見せる。あのピンクサファイアの石がついた、指輪の方だ。
左手を差し出して間近で眺める瑠璃ちゃんは、感嘆の声をあげた。
「かわいい~!東条さんってセンスいいですね~!これ、ピンクサファイアでしょ!?東条さんのことだから、さぞかしいい物をプレゼントしたんでしょうね・・・」
「確かに可愛いわね。麗のイメージにもぴったりだわ。物凄く高そうでもあるけど・・・」
これっていくら?
目線だけでそう尋ねられても、私だって怖くて訊けないし、知らないよ!
「むしろ値段知ったら、箱に厳重に保管しなきゃいけない羽目になるし!しかも東条さん、デザインに時間がかかったって言ってたから、恐らくデザイン費も含むと相当な額に・・・」
ひぃいい!嬉しいけど、恐ろしい・・・!
「マジで?特注って事?・・・マジか。流石東条さんだわ・・・」
「ますます羨ましいです~!いいなぁ~瑠璃もいつかマー君に婚約指輪買ってもらいたい~!」
あ、まだマー君とは続いていたんだね・・・。
自分の事に手一杯だった私は、周りの恋愛事情に首を突っ込む余裕もなかったみたいで。久しぶりに聞いた瑠璃ちゃんの恋を今後の参考の為と言って、根掘り葉掘り聞き出したところで、残りの昼休みの時間が過ぎていった。
◆ ◆ ◆
夕方4時半を過ぎた頃。
私は事務所の扉の前でスタンバっている。仁王立ちで待ち構えているのは、あの日以来会っていない私の大切な―――。
扉の鍵が解除され、ドアノブが回ったと同時に聞きなれた声が響いた。
「こんにちわ―・・・って、うわあ!?」
ドサ、と荷物が床に落ちた。が、そんな物に視線を移すこともせず、私はにっこりと笑顔を浮かべて、硬直している人物を見つめる。
「あら、どうしたの?そんなお化けを見たような顔で驚くなんて。いけない子ね~?響」
「う、麗ちゃん・・・」
視線を彷徨わせながら青ざめる響は、冷や汗を浮かべているようにも見えた。怖がらせないように微笑みを深めたら、ますます距離を置かれてしまった。って、ちょっと!?多少頬が引きつってる笑いかもしれないけど、そんなに怯えなくってもいいじゃない!
すう、と目を細めて、笑みを消した私は、寛大で優しいお姉さまの声を出して告げる。
「――響。私に何か言う事は?」
仁王立ちで扉の前を陣取る私に、響はがばりと頭を下げた。
「う、裏切ってごめんなさい・・・!!」
姉弟仲がいいと思っていたのに、お母さんの味方につかれた事を未だに根に持っていた私は、その一言を聞いて素直に謝罪を受け入れた。
学校帰り2時間ほどアルバイトで事務所に寄る響は、私が機嫌を直したことで幾分か落ち着きを取り戻した。すっかりいつも通りの、人当たりがよく面倒見のいい、委員長タイプの少年だ。
書類の整理や雑用を片付けながら、響に尋ねる。
「そうだ、荷物を取りに行きたいんだけどさ、いつなら2人とも留守にしてる?いない時なら帰れるよね」
お母さんから受け取った荷物は、一週間分くらいの洋服がキャリーバッグに詰め込まれていたけど、会社に行く用に欲しい服はある。東条さんの家では一通り揃ってて何も不自由はないけれど、むしろ逆に何であんなに私専用の服が揃ってるのって感じだけど、それでも急だったから置いてきてしまった物の一つや二つ、あるものだ。
けれど、響は実に歯切れの悪い口調で、言いにくそうに告げた。
「ご、ごめん麗ちゃん・・・多分、当分無理」
「・・・は?ずっと2人とも家にいるの?んなバカな」
久しぶりの日本で、外に出ずにずっと家に篭りっぱなしなんてありえない!買い物だってしたいだろうし、映画だって観たいはずだ。父だって仕事で出かける用事もあるだろうし、お母さんも静かにじっとできるタイプではない。ちょっと位誰もいない時に帰るなんて、問題ないでしょ!
・・・が。どうやら私は甘く見ていたようだ。
お母さんがやると言ったらとことんやる人で、有言実行タイプの人間だとこの時すっかり忘れていた。
「言いにくいんだけど、うちの鍵全部変えたんだよね・・・。お母さんの指示で」
「・・・は?はあ!?鍵を変えた!?この短時間で!?」
んなバカな!
口をあけたまま絶句している私に、気の毒そうな眼差しでごめんね、と訴えながら、響は続きを話し始めた。
「勿論東条さんのセキュリティー関係はそのままなんだけど、麗ちゃんが帰ってきても家に入れないように、お母さんがいいと言うまで帰ってこなくていいって・・・。許可が出たら家に入れてあげてもいいけど、その許可もお母さんが出すまで僕達に余計な事はするなって言うから、麗ちゃんに電話も出来なかったんだ」
ごめんね?
再びそう告げられて、がっくりとうな垂れる。
まさか自分の母親が、ここまで徹底してやる人だったとは・・・流石、元お嬢様・・・考えることが実の母ながらわからない。
傍で聞いていた瑠璃ちゃんと鏡花さんも、流石に唖然としていた。
手間とお金と面倒をかける事が億劫ではないのかって思うよね?普通は。
「あ、でもね。お母さんから今日麗ちゃんに会ったら、これ渡してって言われたんだ」
「え、何?差し入れ?」
ショップのかわいい紙袋に入っているのは、中が透けないような色つきのビニール袋で。柔らかな質感とそう重くはない重量に、食べ物ではないことを察する。でも一体何を持って来たんだろう?
「これ何?」と訊くと、響も中は知らないようだ。
躊躇いもなくピっと袋のテープを切って中を覗く。そして袋から取り出したものを見て、私も響も瞬時に思考が停止した。
「え、何ですか~?それ・・・って、え?まさか麗さんの勝負下着?」
硬直する私の手元から瑠璃ちゃんが黒い物体を抜き取る。ぴらり、と広げて見せたそれは、黒いレースで覆われた女性用の下着で。布地面積が足りないばかりか、サイドが紐タイプ・・・
そして他にも真っ白でフリフリなフリルがたっぷりとついた少女趣味な物から、ヒョウ柄と黒地のレースの肉食系、そしてちょっとアレなコスプレっぽいベビードールまで。トータルで4点セットが中から出てきた。
「あ~ここのブランド知ってます~!最近駅前にも出来ましたよね~!手頃な値段で可愛い下着が揃うって、今若い子達の間で人気なんですよ~。このベビードールも一瞬メイドちっくだけど、そこまで露骨じゃないし、初心者でも安心ですね」
安心って何が!?
石化から解いた私は、同じく固まっていた響を起こしてから、元凶を全て袋に詰め込む。
傾けた袋からひらりとカードが床に落ちて、拾いあげた。それは思いっきり見覚えのある、お母さんの字だった。
『――セクシー系、ロリ系、お姉さま系に、ちょっと変わり物までとりあえず揃えたから。東条さんの趣味に合わせて、さっさと悩殺してきなさいね。身につける下着で女度も上がるものよ。まあ、あなたの色気が出るかどうかは保証しないけど。母より』
最後の一言は余計だよ!
「保証がないならよこさないでよー!!」
えーい!
隣からカードを覗き込んで読んでいた瑠璃ちゃんが、笑いを噛み殺している中。私は袋に入った下着を衝動に駆られるままドア方向に投げつけて――・・・タイミング悪く入ってきた人物の顔に、誤って叩きつけてしまった。
ぼふっ!
「!って・・・あ?何だこれ」
丁度室内に入ってきた黒崎君が、眉を顰める。そして顔面に直撃したそれを反射的に掴んで、中をあけようとした。って、ちょっと待ったあ!!
「わー!!待って、待って黒崎君!!ごめん、わざとじゃないんだけど謝るから開けないでー!!」
「あ?何だ、お前かよ。一体何騒いで・・・」
片眉だけ上げて慌てる私を眺めながら、黒崎君は解けた袋の口から覗いた黒い物を引っ張り上げた。
私の願いは一歩遅かったようで。中身を見つけた黒崎君は、柔らかな素材の女性用下着の感触と、視覚的にも過激なそれを見て、目に見えて硬直する。
後から追い着いて来たのか、何事かとひょっこりと顔を覗かせた白石さんが、なかなか動こうとしない黒崎君を呼びかけた。
「何してるの?黒崎。早く中に入って・・・ん?D?」
ちらりと見えたのであろうタグを白石さんが読み上げた直後。顔を真っ赤にさせた黒崎君は、白石さんに袋ごと押し付けて踵を返した。
事情は分からないはずなのに、動揺を見せる事なくきれいに畳んで私に手渡した白石さんは、笑顔のまま黒崎君を追って部屋から出る。残された私達は、一言も喋れずその様子を呆然と眺めていた。
一番先に我に返った私は、手元に戻った袋を見下ろして思わず呟く。
「・・・なんでこれが私のだってわかったの?白石さん・・・」
黒崎君は私の名前を呼ばなかったのに。慌てていたのは、私だけではなかったのに。
白石さんの底の知れなさを感じて、侮れない人物の烙印を密かに押したのだった。
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甘いお赤飯もあるそうですね。それはそれでおいしそうですが!
そして白石が何故麗の物だとわかったのか・・・察しのよろしい皆様のご想像にお任せします(笑)
誤字脱字、見つけましたら報告をお願いします。
応援ありがとうございます!
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