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第三部
19.予定外の訪問
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白夜の試練編、スタートします。
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日の出と共に、雪花の意識は浮上した。
昔からの習慣で、日が昇ると自然に目が覚める雪花だが、今朝は自分から起きたというわけではない。普段はもう少し空が明るくなり始める頃に目覚めるが、どうやら早めに起こされた……らしい。
若干の不満を抱きつつ、ゆっくりと上半身を起こす。漂う空気の流れがいつもと異なる事に気付き、僅かに柳眉を寄せた。広めの和室を見渡せば、締め切っていたはずの襖が数センチほど開いていた。その隙間から、薄紅色の桜の花弁が部屋の中央で眠る自分の布団まで、点々と跡を残している。桜が残した軌跡をたどり、雪花は襖をぱしんと音が鳴るよう勢い良く開いた。渇いた音が静寂を破る。雪花の寝室は隔離されている為、他者の眠りの妨げを気遣う必要もなかった。
眉間に深く縦皺を刻み不機嫌を露にした顔で、雪花は縁側まで赴く。そして目の前の1本の老木の桜をじろりと見据えた。季節を問わず咲き続ける、狂い咲きの桜。幻想的で浮世離れをした桜に、雪花は80代とは思えぬ澄んだ声で桜に話しかけた。いや、正確には桜の下にいるであろう人物に。
「この万年居眠りじじいが。わらわの安眠を妨害するなど、いい度胸じゃ」
寝巻き用の浴衣姿のまま仁王立ちする雪花の前に、一人の青年が忽然と姿を現した。外見だけなら20代の、表情が乏しくも美しい青年だ。古風な服装を纏い、憮然と立つ姿は妙な貫禄と威圧感を放つ。どことなく高貴さを匂わせる面立ちの青年は、静かに口を開いた。
「今日は晴れると思うか?」
――人をわざわざ起こしておいて、天気予報代わりか。
こめかみにうっすらと青筋が浮き上がりそうになるのをぐっと堪えて、雪花は天を仰ぐ。雲ひとつない夜明けを迎えた空は、澄んだ空気が清々しいが、からりと晴れたとは言えない。水分を孕んだ空気を吸い込み、記憶を巻き戻す。昨夜の天気予報では、今日の予想は晴れ。だが……
「雨じゃな」
雪花はきっぱりと宣言した。人間が導き出した予測などは、まるで無視して。
その言葉に、男はゆっくりと頷く。
「そうか。ならば、桜が散らないように結界を強めろと伝えよ」
用件だけ伝えると、男は端整な顔を歪めて、あくびを漏らした。そのまま猫のように枝の上にふわりと飛び乗り、背中を桜の木の幹に預ける。そして両腕を組んで眠り始めた。その様子を眺めていた雪花は、据わり始めた目をさらに細めて、呆れた。
「くそじじいが……」
そう普段は口にしない罵りを零した。20代の外見の男に、似つかわしくない表現である。
すっかり頭が覚醒してしまい、二度寝などする気にもなれない。既に寝息を立て始めた男から視線を逸らして、雪花は再び空を見上げた。
「……ふむ。後で茶菓子でも用意させておくかの」
口元に薄っすらと笑みを浮かべて、しっとりと湿った外の空気を振り切り、再び自室へと戻っていった。
◆ ◆ ◆
遠くから聞こえてくる静かな音に意識が吸い込まれ、ゆっくりと夢の世界から浮上した。
広々としたゴージャスな部屋で目覚めた私は、カーテンを開いて目を瞠る。そして外の天気を見てがっくりとうな垂れた。
何だこれ、何の嫌がらせなの……!?
背後から近づいてきた白夜は私を引き寄せて、ゆるく抱きしめると、同じように窓の外を眺めた。12階の部屋から見渡せるのは、活気のある大阪の景色。通天閣に大阪城に、と見たいところはいろいろあるのに、外は生憎の雨だった。
「随分朝から降ってますね」
パジャマ姿のままの白夜が、私を抱きしめながら呟いた。
「何で雨……。昨日までは確か晴れだって言ってたのに……!」
照る照る坊主を作るべきだったのか。
「うう、今夜は夏祭りなのに、ひどい。これじゃ雨天中止ってやつ!?」
「夜までに止めば中止にはならないでしょうけど。さて、天気予報はどうでしょうね?」
テレビをつけると、丁度いいタイミングで今日の予報が流れていた。お天気お姉さんが笑顔で、「傘が必要な一日になるでしょう。雷にご注意ください」と締めくくった。って、雷注意報まで出てるのかよ! 台風が接近しているわけではなさそうなのに。
「笑顔で言うことじゃない~……」
「まあ、憂鬱な天気を暗い表情で告げられても、視聴者は困りますからね」
そう私をなだめる白夜は、あまり気にした様子がなさそう。朝から胃もたれしそうなほど甘い笑みで私を見つめては、手で私の髪を梳いた。その後頭頂部にキスを落とされて、顔が一気に火照る。朝からその笑みは危険だ。
昨日事務所に顔を出して、瑠璃ちゃんの様子を窺った後。予定通りの新幹線で私は大阪へ向かった。
一人で移動時間をつぶすのは暇だろうな~なんて思っていたけど、全くそんな事はなかった。
瑠璃ちゃんが失恋の痛みから立ち直りかけているのは、素直に喜ばしい。が、あの衝撃的な発言の所為で私の思考はぐるぐると渦巻いていたのだった。
本当、瑠璃ちゃんと海斗さんの間に何があったの!? 気になるけれど、メールじゃなくて直接本人に説明してほしい。そんな事を考えている間に、あっという間に大阪に着いてしまったのだった。
白夜は本当に週末までに仕事を終わらせたようだ。流石有言実行の男。土日はゆっくりと過ごせると聞いて、私は喜んだ。ちなみに秘書仕事で着いてきた司馬さんは、今朝の新幹線で戻るらしい。もう出ちゃったかな……。外は雨だから帰るの大変そうだ。
「――今夜まで降り続けるようですね……」
携帯でも一日の予報をチェックした白夜の声が、頭上から降ってきた。
「え、ええ~……せっかく新しい浴衣も一式買って、それに似合う簪だって買ったのに……。うう、雨が、雨が憎い……! お肌は潤うかもけれど、別に今日じゃなくてもいいじゃない~!」
私の予定では、白夜と(仕事が長引いた場合は一人で)夕方まで食い倒れツアーに行って、大阪の名物を見てまわり、出来れば大阪城をバックに写真を撮って、夜は浴衣を着て夏祭りデート! と考えていたんだけど。って、あれ? これって私、一日食べてばかりじゃない? お祭りでは確実に夜店で買い食いするつもりだし。このプランだと、浴衣、途中で苦しくならないか、自分。
お祭りがなくなったら当然夜店も無理だよね~。大阪観光も、この雨の中をずっと歩き続けるのは、正直億劫だ。
土曜日の9時半なのに、空模様は曇天……というか、雨雲一色。降ったり止んだり、雨の強弱はあるけれど、じっとりした空気と雨の匂いにテンションが下がりそうだ。
「今夜の予定を変更せざるを得ないでしょうね……」
そう言って見せてくれた携帯の天気予報図に、私はがっくりとうな垂れた。突然の雷雨とか、どんな異常気象だ。
ふと白夜が考え込んでから数拍後。彼は私に意外な提案をしてくれた。
「そういえば、麗の祖母君に結婚の挨拶をしないとと、以前言っていましたよね。早いうちに行かなければと思ってはいたのですが……丁度いい機会です。ここまで来たのですから、京都まで行ってみませんか?」
「え? 古紫家に?」
にっこり頷く白夜を見て、確かにそれはいい案だと思った。二人でおばあちゃん家に挨拶に行かなきゃって思ってはいたんだけど、つい先延ばしにしてしまったのだ。ここまで来たんだし、京都に行くのもいいかも。外は雨だけど。
「そうだね、うん。じゃ、日帰りで京都まで行っちゃおうか!」
荷物はホテルにおいておけばいいし、必要最低限のものだけ持って、と。ああ、どこかでお土産も買っていかないと。おばあちゃん、何が好きだったっけ?
着替えを選ぶ私を見て、白夜は「先に訪問の連絡を入れないでいいのですか?」と訊ねた。
「ああ、大丈夫だよ。その必要はないから」
「?」
頭に疑問符を浮かべているであろう旦那様に微笑みかける。そしておばあちゃんや伯父さんが彼を一目で気に入るよういい演出をしてくれる服を、私は新妻としてがんばって選び始めたのだった。
◆ ◆ ◆
今年の新年に響と来て以来、約半年ぶりに京都へやってきた。
不思議なことに、大阪を離れて京都に近づくほど、雨足が弱まっていく。タクシーで古紫家に続く竹林前で降ろしてもらった時は、しとしとと降る程度になっていた。緑があふれるこの場所で、雨が奏でる音はどこか風流に聞こえる。傘をさして滑らないよう足元に気を付けながら、古紫の広大な敷地に一歩、私達は足を踏み入れた。
りん、と鈴が鳴る音が耳奥で聞こえる。そして清涼な風が身体を通り抜けたような感覚も。私の手を握る白夜もその空気の違いを肌で感じ取ったのか、不思議そうな顔で私に振り返った。
「今、どこからか鈴のような音が……」
雨音以外は聞こえないはずなのに。
微かな戸惑いを感じ始めている白夜に、私は落ち着いた声を心がけて話し始める。
「ここはもう古紫家の敷地だから。鈴の音はね、お店と同じで、”いらっしゃい”って意味なんだって。でも許可がない人には聞こえないらしいけど」
そう昔鷹臣君が説明してくれた。子供の私にもわかりやすいように。
「この敷地には、目には視えない薄い膜――結界――が張ってあるから、身体も外に比べてすっきりしてるはずだよ」
子供の頃からこの環境にいた私は慣れっこだけど、一般人には確かに困惑させるだろう現象。そんな不思議が詰まっているのが、古紫家だ。
あ、忘れないうちに他の注意事項も言っておかないと。
「鷹臣君や隼人君が超能力者だってのは、もう知ってるんだよね? 古紫家のことも」
確か、テロ事件の時に、うちの一族の秘密を話したって鷹臣君が言っていた。私達に前と変わらず普通に接してくれる白夜が、すごくありがたく感じる。奇異な目でみられなくて良かった。
手を握って歩き出した白夜が頷いたのを確認して、私は告げた。
「いい、白夜。ここはね、とっても広いから覚悟しておいてね。白夜の実家の東条邸もかなり広いけど、ここは日本庭園の造りがすっごい凝ってるし、緑も多い。平屋だからだだっ広いの。迷子になったら困るから、私から離れないでね」
苦笑気味に笑った白夜は、「気をつけます」と言った。が、続けて言った私の言葉に、白夜の微笑が固まる。
「それとね、侵入者を阻む為にいろんな仕掛けも施されているから、むやみやたらに触ったりしちゃダメだよ。金縛りの術に引っ掛かったら、かけた本人が解くまでそのまんまだからね? あと、読心術が出来る人もいるから考え事には気をつけて。なるべく言葉で考えない方がいいかも。読心術が使えなくてもうちのおばあちゃんなら、心と口が正反対のことを言ったら、すぐに見破るから。それと……」
続けて説明しようとした私に、白夜は待ったをかける。
「まだあるのですか?」
「え? うん。肝心のうちのおばあちゃんと、伯父さん……鷹臣君のお父さん、古紫の現当主のこと」
これが一番厄介だろう。何せ二人に今から会いに行くのだから。
まあ、白夜なら大丈夫だと信じているし、それほど心配していないけれど。伯父さんは私を可愛がってくれているし、いざという時は私が白夜を助ければいいよね。
「二人とも、か~な~り厳しくて気難しい人達に見えるから、慣れるまで大変だと思う。白夜なら大丈夫だろうけど、一応覚悟しておいて」
目を瞬かせて、白夜は小さく息を吐いた。真っ直ぐに見つめてくる黒い双眸を見つめ返すと、白夜は穏やかな笑顔で「ええ、がんばります」と意気込みを見せた。思わずほっとした息が漏れる。
「よし、すぐに純和風の邸が見えてくるから。あ、ほら、あれがそうだよ」
砂利道を歩き続けて竹林を抜けると、手入れされた日本庭園が現れる。その庭園の奥に見えるのは、歴史を感じさせる立派な建物。厳格な主を表したかのような邸に、白夜が小さく息を呑んだのが伝わった。
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あとがきは活動報告で。
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日の出と共に、雪花の意識は浮上した。
昔からの習慣で、日が昇ると自然に目が覚める雪花だが、今朝は自分から起きたというわけではない。普段はもう少し空が明るくなり始める頃に目覚めるが、どうやら早めに起こされた……らしい。
若干の不満を抱きつつ、ゆっくりと上半身を起こす。漂う空気の流れがいつもと異なる事に気付き、僅かに柳眉を寄せた。広めの和室を見渡せば、締め切っていたはずの襖が数センチほど開いていた。その隙間から、薄紅色の桜の花弁が部屋の中央で眠る自分の布団まで、点々と跡を残している。桜が残した軌跡をたどり、雪花は襖をぱしんと音が鳴るよう勢い良く開いた。渇いた音が静寂を破る。雪花の寝室は隔離されている為、他者の眠りの妨げを気遣う必要もなかった。
眉間に深く縦皺を刻み不機嫌を露にした顔で、雪花は縁側まで赴く。そして目の前の1本の老木の桜をじろりと見据えた。季節を問わず咲き続ける、狂い咲きの桜。幻想的で浮世離れをした桜に、雪花は80代とは思えぬ澄んだ声で桜に話しかけた。いや、正確には桜の下にいるであろう人物に。
「この万年居眠りじじいが。わらわの安眠を妨害するなど、いい度胸じゃ」
寝巻き用の浴衣姿のまま仁王立ちする雪花の前に、一人の青年が忽然と姿を現した。外見だけなら20代の、表情が乏しくも美しい青年だ。古風な服装を纏い、憮然と立つ姿は妙な貫禄と威圧感を放つ。どことなく高貴さを匂わせる面立ちの青年は、静かに口を開いた。
「今日は晴れると思うか?」
――人をわざわざ起こしておいて、天気予報代わりか。
こめかみにうっすらと青筋が浮き上がりそうになるのをぐっと堪えて、雪花は天を仰ぐ。雲ひとつない夜明けを迎えた空は、澄んだ空気が清々しいが、からりと晴れたとは言えない。水分を孕んだ空気を吸い込み、記憶を巻き戻す。昨夜の天気予報では、今日の予想は晴れ。だが……
「雨じゃな」
雪花はきっぱりと宣言した。人間が導き出した予測などは、まるで無視して。
その言葉に、男はゆっくりと頷く。
「そうか。ならば、桜が散らないように結界を強めろと伝えよ」
用件だけ伝えると、男は端整な顔を歪めて、あくびを漏らした。そのまま猫のように枝の上にふわりと飛び乗り、背中を桜の木の幹に預ける。そして両腕を組んで眠り始めた。その様子を眺めていた雪花は、据わり始めた目をさらに細めて、呆れた。
「くそじじいが……」
そう普段は口にしない罵りを零した。20代の外見の男に、似つかわしくない表現である。
すっかり頭が覚醒してしまい、二度寝などする気にもなれない。既に寝息を立て始めた男から視線を逸らして、雪花は再び空を見上げた。
「……ふむ。後で茶菓子でも用意させておくかの」
口元に薄っすらと笑みを浮かべて、しっとりと湿った外の空気を振り切り、再び自室へと戻っていった。
◆ ◆ ◆
遠くから聞こえてくる静かな音に意識が吸い込まれ、ゆっくりと夢の世界から浮上した。
広々としたゴージャスな部屋で目覚めた私は、カーテンを開いて目を瞠る。そして外の天気を見てがっくりとうな垂れた。
何だこれ、何の嫌がらせなの……!?
背後から近づいてきた白夜は私を引き寄せて、ゆるく抱きしめると、同じように窓の外を眺めた。12階の部屋から見渡せるのは、活気のある大阪の景色。通天閣に大阪城に、と見たいところはいろいろあるのに、外は生憎の雨だった。
「随分朝から降ってますね」
パジャマ姿のままの白夜が、私を抱きしめながら呟いた。
「何で雨……。昨日までは確か晴れだって言ってたのに……!」
照る照る坊主を作るべきだったのか。
「うう、今夜は夏祭りなのに、ひどい。これじゃ雨天中止ってやつ!?」
「夜までに止めば中止にはならないでしょうけど。さて、天気予報はどうでしょうね?」
テレビをつけると、丁度いいタイミングで今日の予報が流れていた。お天気お姉さんが笑顔で、「傘が必要な一日になるでしょう。雷にご注意ください」と締めくくった。って、雷注意報まで出てるのかよ! 台風が接近しているわけではなさそうなのに。
「笑顔で言うことじゃない~……」
「まあ、憂鬱な天気を暗い表情で告げられても、視聴者は困りますからね」
そう私をなだめる白夜は、あまり気にした様子がなさそう。朝から胃もたれしそうなほど甘い笑みで私を見つめては、手で私の髪を梳いた。その後頭頂部にキスを落とされて、顔が一気に火照る。朝からその笑みは危険だ。
昨日事務所に顔を出して、瑠璃ちゃんの様子を窺った後。予定通りの新幹線で私は大阪へ向かった。
一人で移動時間をつぶすのは暇だろうな~なんて思っていたけど、全くそんな事はなかった。
瑠璃ちゃんが失恋の痛みから立ち直りかけているのは、素直に喜ばしい。が、あの衝撃的な発言の所為で私の思考はぐるぐると渦巻いていたのだった。
本当、瑠璃ちゃんと海斗さんの間に何があったの!? 気になるけれど、メールじゃなくて直接本人に説明してほしい。そんな事を考えている間に、あっという間に大阪に着いてしまったのだった。
白夜は本当に週末までに仕事を終わらせたようだ。流石有言実行の男。土日はゆっくりと過ごせると聞いて、私は喜んだ。ちなみに秘書仕事で着いてきた司馬さんは、今朝の新幹線で戻るらしい。もう出ちゃったかな……。外は雨だから帰るの大変そうだ。
「――今夜まで降り続けるようですね……」
携帯でも一日の予報をチェックした白夜の声が、頭上から降ってきた。
「え、ええ~……せっかく新しい浴衣も一式買って、それに似合う簪だって買ったのに……。うう、雨が、雨が憎い……! お肌は潤うかもけれど、別に今日じゃなくてもいいじゃない~!」
私の予定では、白夜と(仕事が長引いた場合は一人で)夕方まで食い倒れツアーに行って、大阪の名物を見てまわり、出来れば大阪城をバックに写真を撮って、夜は浴衣を着て夏祭りデート! と考えていたんだけど。って、あれ? これって私、一日食べてばかりじゃない? お祭りでは確実に夜店で買い食いするつもりだし。このプランだと、浴衣、途中で苦しくならないか、自分。
お祭りがなくなったら当然夜店も無理だよね~。大阪観光も、この雨の中をずっと歩き続けるのは、正直億劫だ。
土曜日の9時半なのに、空模様は曇天……というか、雨雲一色。降ったり止んだり、雨の強弱はあるけれど、じっとりした空気と雨の匂いにテンションが下がりそうだ。
「今夜の予定を変更せざるを得ないでしょうね……」
そう言って見せてくれた携帯の天気予報図に、私はがっくりとうな垂れた。突然の雷雨とか、どんな異常気象だ。
ふと白夜が考え込んでから数拍後。彼は私に意外な提案をしてくれた。
「そういえば、麗の祖母君に結婚の挨拶をしないとと、以前言っていましたよね。早いうちに行かなければと思ってはいたのですが……丁度いい機会です。ここまで来たのですから、京都まで行ってみませんか?」
「え? 古紫家に?」
にっこり頷く白夜を見て、確かにそれはいい案だと思った。二人でおばあちゃん家に挨拶に行かなきゃって思ってはいたんだけど、つい先延ばしにしてしまったのだ。ここまで来たんだし、京都に行くのもいいかも。外は雨だけど。
「そうだね、うん。じゃ、日帰りで京都まで行っちゃおうか!」
荷物はホテルにおいておけばいいし、必要最低限のものだけ持って、と。ああ、どこかでお土産も買っていかないと。おばあちゃん、何が好きだったっけ?
着替えを選ぶ私を見て、白夜は「先に訪問の連絡を入れないでいいのですか?」と訊ねた。
「ああ、大丈夫だよ。その必要はないから」
「?」
頭に疑問符を浮かべているであろう旦那様に微笑みかける。そしておばあちゃんや伯父さんが彼を一目で気に入るよういい演出をしてくれる服を、私は新妻としてがんばって選び始めたのだった。
◆ ◆ ◆
今年の新年に響と来て以来、約半年ぶりに京都へやってきた。
不思議なことに、大阪を離れて京都に近づくほど、雨足が弱まっていく。タクシーで古紫家に続く竹林前で降ろしてもらった時は、しとしとと降る程度になっていた。緑があふれるこの場所で、雨が奏でる音はどこか風流に聞こえる。傘をさして滑らないよう足元に気を付けながら、古紫の広大な敷地に一歩、私達は足を踏み入れた。
りん、と鈴が鳴る音が耳奥で聞こえる。そして清涼な風が身体を通り抜けたような感覚も。私の手を握る白夜もその空気の違いを肌で感じ取ったのか、不思議そうな顔で私に振り返った。
「今、どこからか鈴のような音が……」
雨音以外は聞こえないはずなのに。
微かな戸惑いを感じ始めている白夜に、私は落ち着いた声を心がけて話し始める。
「ここはもう古紫家の敷地だから。鈴の音はね、お店と同じで、”いらっしゃい”って意味なんだって。でも許可がない人には聞こえないらしいけど」
そう昔鷹臣君が説明してくれた。子供の私にもわかりやすいように。
「この敷地には、目には視えない薄い膜――結界――が張ってあるから、身体も外に比べてすっきりしてるはずだよ」
子供の頃からこの環境にいた私は慣れっこだけど、一般人には確かに困惑させるだろう現象。そんな不思議が詰まっているのが、古紫家だ。
あ、忘れないうちに他の注意事項も言っておかないと。
「鷹臣君や隼人君が超能力者だってのは、もう知ってるんだよね? 古紫家のことも」
確か、テロ事件の時に、うちの一族の秘密を話したって鷹臣君が言っていた。私達に前と変わらず普通に接してくれる白夜が、すごくありがたく感じる。奇異な目でみられなくて良かった。
手を握って歩き出した白夜が頷いたのを確認して、私は告げた。
「いい、白夜。ここはね、とっても広いから覚悟しておいてね。白夜の実家の東条邸もかなり広いけど、ここは日本庭園の造りがすっごい凝ってるし、緑も多い。平屋だからだだっ広いの。迷子になったら困るから、私から離れないでね」
苦笑気味に笑った白夜は、「気をつけます」と言った。が、続けて言った私の言葉に、白夜の微笑が固まる。
「それとね、侵入者を阻む為にいろんな仕掛けも施されているから、むやみやたらに触ったりしちゃダメだよ。金縛りの術に引っ掛かったら、かけた本人が解くまでそのまんまだからね? あと、読心術が出来る人もいるから考え事には気をつけて。なるべく言葉で考えない方がいいかも。読心術が使えなくてもうちのおばあちゃんなら、心と口が正反対のことを言ったら、すぐに見破るから。それと……」
続けて説明しようとした私に、白夜は待ったをかける。
「まだあるのですか?」
「え? うん。肝心のうちのおばあちゃんと、伯父さん……鷹臣君のお父さん、古紫の現当主のこと」
これが一番厄介だろう。何せ二人に今から会いに行くのだから。
まあ、白夜なら大丈夫だと信じているし、それほど心配していないけれど。伯父さんは私を可愛がってくれているし、いざという時は私が白夜を助ければいいよね。
「二人とも、か~な~り厳しくて気難しい人達に見えるから、慣れるまで大変だと思う。白夜なら大丈夫だろうけど、一応覚悟しておいて」
目を瞬かせて、白夜は小さく息を吐いた。真っ直ぐに見つめてくる黒い双眸を見つめ返すと、白夜は穏やかな笑顔で「ええ、がんばります」と意気込みを見せた。思わずほっとした息が漏れる。
「よし、すぐに純和風の邸が見えてくるから。あ、ほら、あれがそうだよ」
砂利道を歩き続けて竹林を抜けると、手入れされた日本庭園が現れる。その庭園の奥に見えるのは、歴史を感じさせる立派な建物。厳格な主を表したかのような邸に、白夜が小さく息を呑んだのが伝わった。
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あとがきは活動報告で。
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