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第三部
21.求める覚悟
しおりを挟む「ねえねえ、閑さん。あの三人何の話してるのかなー?」
「あら、麗ちゃんったら。私の事は昔みたいに”しーちゃん”って呼んでくれないのかしら?」
応接間を追い出されてしまった後。私は閑さんの後をついて長い廊下を歩いていた。邸内は未だに迷うから、閑さんの後を置いて行かれないようについて行かなくては。でもこの人、着物姿で滑るように優雅に歩くのに、歩くのが早い。歩幅が大きいわけではないのに! おかげで私は常に小走りだ。決して足の長さが違うからというわけではないと、信じたい……
「し、しーちゃん! あの、もうちょっとゆっくり歩けない? 歩くの早すぎだと思うんだけど」
「この位は普通の速度よ。歩くのはいい運動になるのだから、がんばってついていらっしゃいね」
わーん、やっぱり鷹臣君の鬼度は母親譲りだったか! 薄々気づいていたけれどね!
着物で競歩並に歩ける閑さんが、すごいと感心しつつも、もうちょっと遅く歩いてくれと願いながら、急いで後を追いかけた。
けれど角を曲がった所で、見事に咲き乱れる桜の木に目を奪われた。
そうだ、この桜は昔からおばあちゃんのお気に入りの老木のソメイヨシノで、一年中咲いている摩訶不思議な桜だった。狂い咲きと俗に言われるのは、季節外れに咲く花のことらしいけど。こう一年中花が散らない桜っていうのは、一体どんな魔術を使っているのやら。いや、どの能力者が維持しているんだろう? うちに花を咲かせるのが得意なおじいさんはいないはず……
「あ。この桜の所為で、桜って花は一年中咲き続ける花だって勘違いして育ったんだっけ」
違うと気づいた時の衝撃と言ったら! 桜の1年を絵で表した小学校の授業で、初めて知ったんだよね。緑になって散るのか! って。近所に桜の木があまりなかったから、馴染みがなかったのも原因だけど。
閑さんについて行く事をすっかり忘れて、私は桜が間近で見える所まで歩いて行った。樹齢は軽く200年を越しているだろう。雨で花が散ったというわけではなさそうだ。結界で守られているのかもしれない。
「誰だ、お前は」
「っ!?」
ふいに頭上から声をかけられて、私は勢いよく桜の木のてっぺんまで見上げたのだった。
◆ ◆ ◆
「そう固くなることはないぞ? 別に麗を悪漢から守れるような身体能力や経営者としての判断力を問うわけではないからの。頭脳や財力、決断力などはまあ、そなたの経歴と会社を見ておればおのずとわかるわ。
わらわ達が知りたいのは、そなたが選ぶ未来よ」
――未来?
白夜が訝しる表情を向けると、雪花は食えない笑みを刻んだまますっと目を細めた。心の奥を見透かされる気分になり、白夜は無意識のうちにぐっと腹に力を込める。気を引き締めておかないと、足元をすくわれそうになるからだ。
「わらわ達が試すのは、これから起こり得る未来でそなたがどの道を選択するかじゃ。口先だけの愛情ではなく、真に孫娘を愛しているか否か……。例えその愛が本物でも、同じような愛情を生まれてくる赤子にも向ける事ができるのか。力ある子が生まれた時、そなたが感じる心を我らは知りたい」
「私の心を、ですか」
それはどうやって?
謎だらけの会話の中で拾えるものは、この二人が麗を愛し、彼女が幸せを築けるかどうか。自分と共にいて。
麗の伴侶として認められるには、先代と現当主の二人を納得させなければならない。正しい道を選ばなければ、彼女の夫として相応しくないと判断されるということだ。
今まで直面してきた、危うい場面ですら感じた事がなかった緊張感が身体中を駆け巡った。得意だった腹芸も効かない、微笑みで自分の心を覆い隠す事もできない。すべての嘘を見抜かれる。欺く事も騙す事も、自分に嘘をつくことも許されない――張りつめる空気に、白夜は覚悟を決めた。先ほどよりもシャンと背筋を伸ばして、まっすぐに自分を見つめる二人を正面から見据える。
おや? と、わずかに雪花が一瞬面白がる顔をした。
「何も痛い思いなどはさせぬから安心せい。そなたにはただ、夢を見せるだけじゃ。が、ただの夢じゃと侮ることなかれ。先ほども言うたように、全ては起こり得る未来の一つよ。今までの人生で体験した事のない動揺を味わう事にもなるじゃろう」
「私が家庭を大事にできるかどうか、判断したいということでしょうか」
その問いに答えたのは厳めしい顔のまま黙り込んでいた十夜だった。
「ああ、その通りだ」
それならば何も問題はない。自分が愛する女性との子供を愛せないわけがない――そう告げようとした所で、雪花が先手を打った。
「確かに妻となった麗をそなたは愛するじゃろう。それはもう溺愛といえるほどにの。じゃがな、我らが懸念していることを気づいているように、強力な力を持った子供が現れた場合、そなたが受け止めきれるかどうかを知りたいのじゃ」
能力者の子供と一般人のそなた――すべてを愛せる覚悟があるかや?
即答で答えるはずだった。どんな子供が生まれてきても、例え彼女達が懸念するほどの強大な力を持った子であったとしても。自分は決して揺らがないと。
だが答える間も与えられず、雪花が続けた。
「のう、白夜殿。これから話す事は若いおぬしにはちいとばかし、酷かもしれぬ。子宝という言葉があるように、子は宝なのじゃ。愛情を注いで慈しみ、守る対象。じゃが、世の中には妻を愛せても子を愛せぬ男は大勢おる。おぬしがそうだとは勿論言うてないぞ? けれど嘆かわしいことに、能力者の親はその傾向が特に強いのじゃ」
すっと雪花が手に取った湯呑み茶碗には、いつの間にか熱々のお茶がたっぷりと注がれてあった。いつお茶が入ったのか白夜はまるで気づかなかったが、今は余計な事に気をとられている場合ではないと、気を引き締めて耳を傾けた。
「年々薄れゆく我らの血じゃが、稀に一族でも分家や遠縁から本家に劣らぬほど力の強い子が生まれる事もある。まるで先祖返りのようにな。力の種類にもよるが、強い子ほど幼いうちは制御を知らぬものじゃ。例え能力者が生まれてくる可能性を重々承知している古紫の縁者でも、己の子の扱いに難色を示す。次第に疎ましく感じるか、恐れを抱くか、劣等感を刺激されるか……。子を拒絶する親がな、たびたび現れるのじゃ。育児放棄、というやつに陥る」
ずず、と湯気が立っているお茶を啜った音が大きく響いた。
「育児放棄された子供は、どうされるのですか」
「大抵が分家の村崎か藤宮に知らせが入り、引き取り先を探して力を制御できるまで預かるの。養子にもらう事もあるか」
普通の施設には預けられない。いや、預けるべきではない。制御を知らない異質な子供が問題を起こさないとも限らないから。
「血縁者でもこうなのじゃ。一度抱いた恐れはなかなか払拭されぬ。少々大げさかもしれぬがな、生み出された歪みは波紋のように広がり、家庭内崩壊に繋がる事もしばしばある。わらわと先代のようにのお」
この言葉には十夜までもが目を瞠った。明らかに驚くほどではなかったが、無表情だった顔色が変わったのだ。その変化を白夜は目の当りにして、瞠目した。彼女は実の父親と確執があったのか。
「力は並じゃったが、権力者としては器も才もあってな。野心家で事業を拡大しコネを広め、無駄に国の内部にまで関わることとなった。そのおかげで強まりすぎた権力を衰退させるのに、半世紀近くもかかったわ」
確かに今の古紫家には全盛期ほどの力はない。その規模は半分以下にまで縮小されていると、調書には載っていた。守りが強くて、表面的な事実しか当然知る事ができなかったが。
「早くに妻を亡くし、己を軽く凌駕する力を持った娘に恐れを抱いた男は、そのうち己が築いた城を奪われる事に気付いたのじゃ。狂ったように古紫を繁栄させることにしか関心がなくてのお。他家との調和を乱し、政界にまで手を回した先代を当主の座から引きずり下ろしたのは、わらわがまだ15の時か。疎まれ憎まれ恐れられ、罵倒された苦しみは味わった者にしかわからぬ……愚かで哀れな男じゃ」
だから、なのだろうか。
彼女がそこまでまだ生まれてもいない子供を気にするのは。自分の経験があるから、能力者の子供を守ろうとする。一族を守る当主の座を降りた今でも。
「まあ、つまらぬわらわの過去話などはどうでもよい。
そなたが例え我が子を愛せなくても、わらわは責めはせぬ。愛そうと努力をしても、難しい事も当然あるのじゃからな。一族の者ですらこうなのに、只人であるそなたに全てを理解して受け止めろなんて、傲慢な話じゃろう。
ただな、お互いが不幸になる結末だけは、見たくのぉて。そなたはまだまだ若い。これからもっと良い縁にも恵まれることじゃろう。選んだ先の未来に、笑顔よりも憂いが多いようならば、苦痛を強いる事になるのならば、まだ間に合う」
「私では任せられないと判断されたら、強制的に離婚させられるということでしょうか?」
ようやく核心に迫った問いに、雪花はゆっくりと頷いて見せた。
「麗に関する記憶を抹消させてな」
「っ!」
記憶を消すのは強引すぎる――だが、それを容易にできる力を持っているのだ、彼女達は。
白夜は表情を引き締めてから、ゆっくりと口角をあげて、微笑みを見せた。少しでも起こり得る未来が垣間見えるのなら、見方を変えればそれは面白いじゃないか、と。
未来の断片を覗くゲームという名の、試練を受ける覚悟を決めて。白夜は挑むように雪花を強く見つめた。
「私は彼女を手放すつもりはありません。生まれてくる我が子の手を放すつもりも、ありません。その試練、お引き受けいたしましょう」
強い眼差しを受け止めた雪花は、実に愉快だと言いたげに笑い声をあげた。上機嫌でその場に立ち上がる。
「よい心構えじゃ。気に入ったわ。夢じゃと思うて油断は大敵じゃぞ?
十夜、”時の間”の用意は整っておるかや?」
「ええ、すべて準備は出来ております」
一つ頷いて見せた雪花は白夜に立ち上がるようにと告げると、移動を促した。
「さて、未来のそなたをわらわも覗かせてもらおうぞ。――参れ」
自動扉のように襖が両開きに開く。雪花の後ろを追うように、白夜は後に続いた。
どんな未来が待ち受けていても、決して自分の想いが揺らぐことはないと、強く思いながら。
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