異世界転生したけど採取生活で平穏に生きています 〜武勲とか伝説とかよそでやってください〜

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第2話の2

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 5年前、シロが最初に目を覚ましたのは明るい建物の中だった。

 そこは王都にある教会の、転生の間と呼ばれる一般には入ることの出来ない場所だった。

 シロは身体を起こして辺りを見渡す。自分が横たわっている、白い布を被せられた祭壇のようなもの以外には何もなかった。

「目を覚ましましたか」

 背後から聞こえた声にシロは身を震わせた。頭側で気付かなかったが、そこには白と金を基調とした祭服に身を包んだ若い女が立っていた。

 美しい女だった。長い金髪もよく手入れされていたし、佇まいからは教養が伺える。だがその細い目の奥には冷たさが宿っている気がした。

「自分の名前は思い出せますか?」

「名前? 名前は……シロー。そう、俺の名前はシローだ……」

「シロ。良い名ですね」

 女はシロの名前を褒めるが、本心とは思えなかった。どちらかといえば興味が無さそうに見える。

「ここは王都セレストラにある教会です。私の名はミモザ。ここで聖女を務めています」

「……え……」

「シロ。貴方は元々いた世界とは別の、異なる世界に転生したのです。全能なる女神様の祝福によって、この世界で新たな生命を得たのです」

「…………」

「あの、シロさん?」

「…………え?」

「嬉しくはないのですか?」

「は?」

「そうですか。貴方はこの状況がうまく飲み込めない種類の転生者なのですね。以前の記憶はどの程度ありますか? 住んでいた場所とか、職業とか」

「……それは……」

 シロは思い出そうとする。けれど、その行為は泥沼に手を突っ込むかのように捉えどころがなかった。喉まででかかっている気がするのに、何も思い出せない。

「スキル」

「……え?」

「スキルという言葉に覚えはありませんか? 転生者は犬みたいに食い付いてくるのですが」

「スキルっていうのは、技能とかのことだろ。職能的な意味でだと思うけど……」

「ふうん。貴方もしかして、転生前は貧乏だったんじゃないですか?」

 呆然とするシロを見下ろして、ミモザは冷たく言い放った。

「貴方達の世界では、スキルというのは娯楽の書物で大流行の言葉だそうです。それを知らないということは、娯楽を嗜めない、買えないということですから」

 馬鹿にされたと気付いても、シロは何も言うことができなかった。

「まあ良いでしょう。女神の祝福は済んでいます、というか祝福しないと目を覚ましませんが」

 ミモザはそう言って、両開きの大きな扉の前に立った。

「スキルも、運が悪くなければ発動しているでしょう。あ、記憶の欠損には個人差があります。記憶が戻った転生者は今までおりませんので、あしからず」

 ミモザが扉を開けると、やっとここが教会だという実感が湧いた。向かって正面には教壇があり、その向こうには教徒のための椅子が並んでいる。

 シロは外に促された。振り返ると天井までの高い壁に、大きな蝶のステンドグラスが輝いている。

「誰か」

 ミモザが呼ぶと、別の小さな扉から修道女が現れた。

「この方をギルドに案内して」

「かしこまりました」

「ギルドって……組合?」

「……その通りです。あなたのお仲間が沢山いますよ。スキルもそこで判別してもらえるでしょう。存在すれば、の話ですが。それと、シロさん」

「……はい」

「不幸があっても私を恨まないでくださいね」

 聖女はそう言って部屋に戻り、固く扉を閉ざした。
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