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三章 二人
2 ぬるい紅茶
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ー オルソ歴 2104年7月 ー
「冒険者?」
アカデミアから久しぶりに故郷の村フォルトゥナに帰省していたミズキは、ルーノが住むヴェスパタインの屋敷で紅茶をごちそうになっていた。
ルーノの自室。
二人はテーブルを挟んで椅子に座り話していた。
質素な椅子だが部屋によく合ったものだ。
「そう、冒険者。わたしは冒険者になる」
「......」
ダージリンの香りを嗜みながら、ミズキはルーノを観察していた。
表情、仕草、瞬きの回数ーーそのどれもが、自らの将来を決め、覚悟を決めた人間とはとても思えなかった。
何かがおかしい。
冒険者といえば、世界中を飛び回る過酷な職業だと授業で習ったことがある。
しかし実際に調べてみると、警察や自警団が法律の関係で介入できないような諍いの仲裁だとか、民間人の生活上の問題を解決するなんてことも業務に含まれていた。
''冒険者"という言葉とは程遠い地味な仕事だな、と感じたことをミズキは覚えている。
動機は定かではないが、目の前の旧友がそう口にしたのは間違いなさそうだった。
もう三回ルーノの声で耳にした。
聞き間違えようがないし、もし違う単語を発したのだとしたらなんと言ったのか見当もつかない。
「で、ジルベルトおじさまはなんて?」
ミズキはとりあえず、話を進めることにした。一体どうして、なんのために?
「まだ話してない」
「はあ?」
「っていうか、話さずに行くつもり」
バンッ!
聞き終わっていたかいなかったか、ミズキは思わず持っていたカップをソーサーに強く叩きつけていた。
あまりに勢いがよかったので陶器特有のカチャンという音ですらなく、ルーノは肩をビクッとさせて、うつむいたまま視線を泳がせた。
「ダメよそんなの」
詰め寄るようにして、ミズキは低い声で言い放った。
(こんな言い方、ルーノに対して良くないな、私)
すぐ後悔したが、どうにも抑えられなかった。
カップを持つ手が緊張でカタカタ震えている。
「でも、絶対許してもらえないよ」
「......何があったの?」
絶対におかしい。
今年十四歳になった二人は、十歳になるまでよく遊んでいた。
悪ふざけも一緒にしたし、ルーノが勉強がわからない時はミズキがよく教えた。
逆にミズキがその性格のせいで同学年の男子ともめたときには、ルーノがミズキをかばったりした。
ミズキがアカデミア行きを決めてこの村を離れてからは、二人は半年に一度会う程度になってはいたが、だからといって一日たりともルーノのことを忘れたことはなかった。
(長い間離れているから? 私の話し方が変わったから?)
ミズキは自問してしまう。
いつの間に二人はお互いの気持ちもわからなくなってしまったのだろうか。
「......なんにもないよ?」
そうしてルーノはうつむいたまま、つとめて明るく振舞おうとするのだ。
張り付いた笑顔がより一層ミズキを悲しくさせた。
「嘘」
ミズキはひけなかった。
ーーここでひいたら、もしかすると自分は金輪際ルーノの親友と自称できなくなってしまうのではないかーー
そんな切迫した気持ちがミズキを襲った。
「なんにもないったら!」
ルーノは思わず声を荒らげ顔をあげたが、すぐにハッとなった。
ミズキは泣いていた。
それを隠そうともせず、ポタポタと涙を流しながら真っ直ぐにその瞳をルーノに向けている。
長いまつ毛が涙をまとって照明の光を反射した。
「ご、ごめん」
「ううん、大丈夫」
「あ、おじさまに頼まれごとしてたんだった! ちょっと済ませてくるね!」
「あ、うん......」
「ゆっくりしていって、いいからね」
そういうとルーノは部屋から出て行ってしまった。
ミズキは座ったまま、しばし呆然としていた。
色々なことが頭の中でグチャグチャになって、最適解が見出せない。
こんなことは、アカデミアのどんな研究でも起こりえなかった。
何十分経っただろうか、ようやく少し落ち着いて再びカップを手に取ると、茶葉の沈んだ薄オレンジのダージリンをすすった。
「ぬるい......」
冷めてしまった紅茶の甘さだけが舌に残った。
「冒険者?」
アカデミアから久しぶりに故郷の村フォルトゥナに帰省していたミズキは、ルーノが住むヴェスパタインの屋敷で紅茶をごちそうになっていた。
ルーノの自室。
二人はテーブルを挟んで椅子に座り話していた。
質素な椅子だが部屋によく合ったものだ。
「そう、冒険者。わたしは冒険者になる」
「......」
ダージリンの香りを嗜みながら、ミズキはルーノを観察していた。
表情、仕草、瞬きの回数ーーそのどれもが、自らの将来を決め、覚悟を決めた人間とはとても思えなかった。
何かがおかしい。
冒険者といえば、世界中を飛び回る過酷な職業だと授業で習ったことがある。
しかし実際に調べてみると、警察や自警団が法律の関係で介入できないような諍いの仲裁だとか、民間人の生活上の問題を解決するなんてことも業務に含まれていた。
''冒険者"という言葉とは程遠い地味な仕事だな、と感じたことをミズキは覚えている。
動機は定かではないが、目の前の旧友がそう口にしたのは間違いなさそうだった。
もう三回ルーノの声で耳にした。
聞き間違えようがないし、もし違う単語を発したのだとしたらなんと言ったのか見当もつかない。
「で、ジルベルトおじさまはなんて?」
ミズキはとりあえず、話を進めることにした。一体どうして、なんのために?
「まだ話してない」
「はあ?」
「っていうか、話さずに行くつもり」
バンッ!
聞き終わっていたかいなかったか、ミズキは思わず持っていたカップをソーサーに強く叩きつけていた。
あまりに勢いがよかったので陶器特有のカチャンという音ですらなく、ルーノは肩をビクッとさせて、うつむいたまま視線を泳がせた。
「ダメよそんなの」
詰め寄るようにして、ミズキは低い声で言い放った。
(こんな言い方、ルーノに対して良くないな、私)
すぐ後悔したが、どうにも抑えられなかった。
カップを持つ手が緊張でカタカタ震えている。
「でも、絶対許してもらえないよ」
「......何があったの?」
絶対におかしい。
今年十四歳になった二人は、十歳になるまでよく遊んでいた。
悪ふざけも一緒にしたし、ルーノが勉強がわからない時はミズキがよく教えた。
逆にミズキがその性格のせいで同学年の男子ともめたときには、ルーノがミズキをかばったりした。
ミズキがアカデミア行きを決めてこの村を離れてからは、二人は半年に一度会う程度になってはいたが、だからといって一日たりともルーノのことを忘れたことはなかった。
(長い間離れているから? 私の話し方が変わったから?)
ミズキは自問してしまう。
いつの間に二人はお互いの気持ちもわからなくなってしまったのだろうか。
「......なんにもないよ?」
そうしてルーノはうつむいたまま、つとめて明るく振舞おうとするのだ。
張り付いた笑顔がより一層ミズキを悲しくさせた。
「嘘」
ミズキはひけなかった。
ーーここでひいたら、もしかすると自分は金輪際ルーノの親友と自称できなくなってしまうのではないかーー
そんな切迫した気持ちがミズキを襲った。
「なんにもないったら!」
ルーノは思わず声を荒らげ顔をあげたが、すぐにハッとなった。
ミズキは泣いていた。
それを隠そうともせず、ポタポタと涙を流しながら真っ直ぐにその瞳をルーノに向けている。
長いまつ毛が涙をまとって照明の光を反射した。
「ご、ごめん」
「ううん、大丈夫」
「あ、おじさまに頼まれごとしてたんだった! ちょっと済ませてくるね!」
「あ、うん......」
「ゆっくりしていって、いいからね」
そういうとルーノは部屋から出て行ってしまった。
ミズキは座ったまま、しばし呆然としていた。
色々なことが頭の中でグチャグチャになって、最適解が見出せない。
こんなことは、アカデミアのどんな研究でも起こりえなかった。
何十分経っただろうか、ようやく少し落ち着いて再びカップを手に取ると、茶葉の沈んだ薄オレンジのダージリンをすすった。
「ぬるい......」
冷めてしまった紅茶の甘さだけが舌に残った。
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