追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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暗殺者

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自宅の執務室に入ると、そこにいた人は顔をあげて私を見た。


「姉さん、おかえり」

「ただいま、リファルト。ご飯はちゃんと食べた?」


そう聞くとリヒャルトは不機嫌そうにため息をついた。


「食べたよ。子供扱いはやめてくれ」


今年で17歳になった彼は、どうやら私の言い方が気に入らなかったようだ。小さい頃を覚えているからか、まだ子供なような気がする。


「ごめんなさいね。でも姉としては弟が心配なのよ」

「世話を焼きたいなら早く結婚して子供を産んだらいいだろう?姉さんももう21だ。行き遅れだって噂されているよ」


最近は顔を合わせたらこれだ。リファルトがどういうつもりで言っているのか分からない。

私の結婚なんて、今は絶対にあり得ないのに。


「何度も言っているでしょう?私が結婚したらヴァルデ家の正式な当主になってしまうじゃない。私はただの中継ぎなの。春になってあなたが卒業するまでの」


リファルトは「分かっているよ」と言う。分かっているのに何度も言ってくるのは何故だろう。もしかしてリファルトは当主になりたくないのだろうか。

お父様が亡くなったのが12年前。その頃からリヒャルトは時期当主として厳しく育てられてきた。私もずっとそのつもりでいた。

4年前、お母様が亡くなって私が当主となった時から今でもその気持ちは変わらない。

私はただの中継ぎの当主。リヒャルトが学校を卒業し、当主となれるその日までの。

だけどリヒャルトにその気がないと言うのなら前提は変わってくる。やりたくないことを押し付けるようなことは絶対にしたくない。

リヒャルトは思ったことや感情をあまり表に出さないから、私には分からない。


「もしあなたが当主になりたくないのならいつでも言ってちょうだい。私が婿を取ってこれからもこの家を守っていくから」


私がそう言うとリヒャルトは不機嫌を隠さずに言った。


「当主の座なんて叔父上にあげたらいいじゃないか。姉さんだって別にやりたくないんだろ」


ぞわっと鳥肌がたった。


「知っているよ。仕事から遅くに帰って、家のことも色々してほとんど寝れてないこと」


私に口を挟む隙を与えずにリヒャルトは言葉を続けた。


「姉さんは当主なんて望んでいない。それならやりたい人にあげたらいいじゃないか。僕の卒業を待つ必要もない。姉さんは結婚して家庭に入ったらいい。そしたらゆっくり眠ることができるし目の下のくまだって消える」

「止めて!」


思わず大きな声が出た。リヒャルトが驚いたように私を見る。


「……そんなこと言わないで」


リヒャルトは何も知らないからそう言えるのよ。叔父様が何をしたのか、何をしているのか、知らないから。

吐き気がした。


「ヴァルデ家の当主は私かあなた以外にいないの」


叔父様にこの家をあげるなら爵位を返上したようがマシ。例え貴族でいられなくなったとしても。


「私はあなた以外に当主の座を譲る気はないわ。絶対に」


きっぱりとそう言うと、リヒャルトは戸惑いの表情を浮かべた。

叔父様に気を付けるようには言ってある。だけどリヒャルトはきっとその意味が分かっていない。気を付けるのは当主の座を奪われないように、じゃない。殺されないように、だ。

これはちゃんと伝えていない私も悪いかもしれない。だけど言いたくない。こんなにも残酷な真実をリヒャルトには知ってほしくない。せめて、学校を卒業するまでは心穏やかに過ごしてほしい。

だから私はリヒャルトの周りに雇った護衛を置いている。リヒャルトの侍従も侍女も皆護衛だ。今は叔父様からうまく守ってくれている。

もう少し、もう少しだ。リヒャルトの成人までもう1年もない。

やっとここまできた、という気持ちと同時にリヒャルトが当主として立ったとしても何も変わらない、という絶望が押し寄せた。

眩暈がする。


「ごめんなさい、リヒャルト。仕事をするから出ていってくれるかしら?」


そう言った時だった。ノックもなしに扉が開く。入ってきたのは黒ずくめの男が一人。確認しなくても分かる。暗殺者だ。

ため息が出そうになった。


「姉さん……!」


リヒャルトが私を庇うように前に立った。


「誰かーー!」


リヒャルトが大声で人を呼んだ。

これで何人目だろうか。確か数日前にも一人来た。ぱっと顔が頭に浮かんだ。いや、あれは前の前の人だったか。

男が何も言わずに近付いてくる。暗殺者というのはいつもこう。少しくらいは楽しくお喋りをしたらいいのに。

なんて、別に話したくもないけど。

リヒャルトを手で押し退ける。


「……え?」

「大丈夫だからどいてちょうだい」


男のギラギラした目が私を見た。

ターゲットは私。あわよくばリヒャルトも、といったところだろう。


「ね、姉さん?」

「あなたは知らないだろうけど、こういうの慣れているの」


私を疎んでいるのは何も叔父様だけじゃない。家の中だけでなくお城の中でも、その辺の道でも彼らはやって来る。


「雇い主は叔父様、アントン・ヴァルデかしら?」


首を傾げてそう聞いてみるけど男は何も言わない。その目がかすかに揺れたように見えた。


「あら?叔父様から聞いてないかしら?今まで数えきれないほど来客があったのよ」


何度も何度もほんと懲りない人。そして芸のない人。

お金を惜しんでいるのか、叔父様は質の悪い暗殺者しか送ってこない。それも数日に一度。なんて非効率な、と思う。

今度はため息が出た。

男が右手に持った短剣を握り直し、こちらへ向かって走り出す。と同時に隠し持っていた短剣を投げた。それは真っ直ぐ飛んで行き、男のお腹に刺さった。

隣で息を呑む気配があった。

男は一瞬の後、苦しみ出した。それを無表情で見下ろす。毒はすぐに体にまわる。苦しむ時間はせいぜい数十秒だ。罪悪感など欠片もない。

少し経つと男は絶命した。リヒャルトは青ざめた顔で男を見下ろしていた。

あまり見せたい物ではなかったけど、どうせいつまでも隠しておくわけにはいかない。

軽い足音がしてリヒャルトの侍従のふりをした護衛が来た。部屋の中を見てすぐに人を呼ぶ。

彼に任せておけば片付けてくれる。この手の専門家だから。


「リヒャルト、私は仕事をするから部屋に戻りなさい」


リヒャルトは動かない。真っ青な顔で、その唇が少し震えていた。

そんな顔をしないで。あなたもいずれこんな目に遭う日が来る。強くならなければならないの。


「リヒャルト、怖いのなら添い寝してあげましょうか?」


微笑んでそう言うと、リヒャルトはハッとしたように私を見た。そして絞り出すように言った。


「子供扱いはやめてくれ」


リヒャルトは静かに部屋を出て行った。護衛侍女に視線を向けると小さく頷いて後を追う。

そういえばリヒャルトはどうしてここにいたのかしら?

そう思って机を見ると、そこには軽食が。ささくれだった心が少しだけ和らいだ気がした。
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