追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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終わらない仕事

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ヴィルヘルムがさらさらと署名をする。カラン、とペンが転がった。


「……終わった」


呟いたその顔は一目で分かるほど疲れが滲んでいた。それもそのはず。徹夜で仕事をしていたのだから。私も同じような顔をしているだろう。

祭りは3日間。パーティーは最終日の夜だ。今はその1日目の早朝。ギリギリだが、これで全ての手配は終わった。

この部屋の中には3人しかいない。私とヴィルヘルムとダミアンだ。他の人たちは皆家に帰っている。この祭り期間、他国の貴族がたくさん訪れるので貴族は社交で忙しい。

私は必要な手配は全て終わらせ、あとはリヒャルトに任せてきた。どうせもうすぐリヒャルトが当主になるのだから私が表に出る必要もない。

ヴィルヘルムが書類を持って行くようにダミアンに指示するのをぼうっと見つめる。

間に合ったのはほとんど奇跡だった。もう無理だと何度思ったことか。人間、必死になれば大抵のことはできるようだ。


「これを届けたらそのまま帰ってもらって構わない。頼む」


ダミアンが「失礼します」と書類の束を抱えて部屋を出て行く。私は軽く伸びをして大きく息を吐いた。

祭りの業務は終わった。次は急がないからと後回しにしていたものを片付けなければならない。


「すまないな、リーゼロッテ」


ヴィルヘルムがポツリと呟いた。いいえ、と答えてペンを持つと、ヴィルヘルムもすぐに次の仕事に取り掛かった。

一言も喋ることなくひたすらに書類を片付けていく。ヴィルヘルムの動きが止まったような気がして顔を上げると目が合った。

真剣な表情。首を傾げるとヴィルヘルムは口を開いた。


「リーゼロッテ、私は、」


外で足音が聞こえ、この部屋の扉の前で止まった。

皆帰ったはず。普段ならともかく、祭りの今日、しかもこんな早朝に用事がある人なんてそう多くはない。

ヴィルヘルムと目を合わせて頷く。魔法陣の書いてある紙を手に取った。攻撃の魔法。魔力はもう入っているので周囲の円の途切れたところを閉じれば発動する。

魔力がもったいないし短剣の方が扱いやすいが、あのような毒を持っていることがバレると面倒なので自宅以外では魔法陣を使うようにしている。

しかし魔石はかなり高額なのだ。できれば使いたくない。

ゆっくりと扉が開く。さあ、招かれざる客は誰だ。


「も、申し訳ございませんー……」


警戒する私たちの目に入ったのは今にも泣き出しそうな顔のダミアンだった。素早く魔法陣を隠す。まさか入室と同時に攻撃しようとしていたなんてバレたら大変だ。

視界の端でヴィルヘルムがほっと息を吐くのが見えた。


「帰らなかったのか?」

「そ、それが……」


ダミアンは申し訳なさそうな顔で持っていた書類を私たちに見せた。厚さ5センチはありそうだ。

ヴィルヘルムの顔が引き攣った。


「書類の提出が終わって帰ろうとしたところ、バルテル侯爵に押し付けられてしまいまして……」


ヴィルヘルムが天を仰ぐ。


「その上これは明後日までに終わらせろと……」


バルテル侯爵はどうしてもヴィルヘルムを失脚させたいらしい。いや、過労死を狙っているのかもしれない。

ダン!というものすごい音にダミアンがビクッとなった。

ヴィルヘルムが机に拳を叩きつけたのだ。そして彼は深々と息を吐いた。


「も、申し訳ございませんんん!」

「リーゼロッテならばともかく、ダミアンに断れる訳がないのは分かっている。怒っているのはバルテル侯爵に対してだ。仕事を寄越せ」


ダミアンがバルテル侯爵の悪意の塊をヴィルヘルムに渡して、のそのそと机につく。


「ダミアンは帰ってもいいのよ?気にしないでちょうだい」

「どうせ分家の三男坊です。帰らなくても問題ありません」


しかしそう言うダミアンはものすごく落ち込んで見える。ヴィルヘルムの言ったように彼のせいではない。しかし彼なりに罪悪感があるのだろう。少しだけ付き合ってもらおう。

私の気持ちは全てヴィルヘルムが表してくれた。椅子に座り直してヴィルヘルムの机から書類を取った。

しかし一つ言っておかなければならないことがある。


「ヴィルヘルム様、伯爵位の私ではバルテル侯爵の『お願い』は断れませんわよ」


ヴィルヘルムが唇の端を上げる。その目は全く笑っていない。


「いいや、リーゼロッテは私の名前を出してでも断るだろう?」


確かにな、と思った。


その日の夜遅く家に帰り、シャワーと食事をすませた。リヒャルトは何か言いたそうに私を見たが何も言わなかった。日中は特に何も問題なかったそうで安心した。

当主の仕事をしていると、すぐに外がほんのり明るくなった。机に座って朝を迎えるのは珍しくない。しかし2日連続というのはなかなかに珍しい。

冷めてしまったコーヒーを胃へ流し込む。

家のことはリヒャルトのおかげでどうにかなる。仕事に行かなければならない。リヒャルトへの書き置きをいくつか置いて、静かな屋敷を後にした。

ヴィルヘルムの執務室へ入ると、そこには昨日と同じ服を着たヴィルヘルムとダミアンが座っていた。

結局ダミアンも帰らなかったようだ。


「おはようございます」


私の声に反応してダミアンが顔を上げた。その顔があまりにも酷くてつい笑ってしまう。


「ヴィルヘルム様、ダミアン、シャワーを浴びてきたらいかがですか?」

「……水を浴びてきます」


ふらふらと立ち上がったダミアンが虚な目でそう言った。どうやら限界を迎えてそうだ。


「あとは私たちでしておくから帰ってもいいわよ」


元々ダミアンは祭り中は家に帰る予定だったのだ。家族も待っているだろう。

しかしダミアンは首を横に振った。


「ヴィルヘルム様も先輩も寝ていないのに、僕だけ寝るなんてできません」


そう言うと今にも倒れそうな顔で出て行った。


「リヒャルトは大丈夫か?」


ヴィルヘルムが死んだ目で問いかけてきた。はい、と頷く。私もこんな目をしているのだろうか。そう思うと少し笑ってしまった。

ヴィルヘルムが私を見る。何故か可笑しくなってまた笑いが込み上げた。


「元気だな」


一人で笑う私を見てヴィルヘルムは表情を変えずに呟き、部屋から出て行った。

元気だとかそういうのではない。徹夜続きで少しおかしくなってしまったのかもしれない。

顔を引き締め、椅子に座る。昨日の書類は半分くらいになっていた。


「これなら間に合いそうね」


一人でそう呟き、仕事へと取り掛かった。
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