追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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もしも

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先に戻ってきたのはダミアンだった。


「戻りました」


さっぱりはしたが虚な目は変わらない。このまま仕事をしても効率が悪い。


「少し仮眠をとったらいいわ。私もここへ来る馬車の中で少し寝たから」


ダミアンは目をぱちぱちとさせて、こする。そして「あー、だめだ」と呟いた。

おそらく目を覚まそうとしてできなかったのだろう。部屋の隅のソファへと向かう。


「少しだけ寝させてもらいます。1時間経ったら起こしてください」


自分では起きられないと思うので。そう言ってダミアンは目を閉じた。すぐに規則正しい寝息に変わる。

素直で真面目な子だ。きっとこれから先もヴィルヘルムの力になってくれるだろう。そう思うと嬉しくなった。

ヴィルヘルムはすぐに帰ってきた。髪が少し濡れている。部屋の中を見回して「ダミアンは寝たのか」と一人呟く。


「ヴィルヘルム様もどうぞ、仮眠をとってくださいませ。倒れたらバルテル侯爵の思う壺ですわ」


ああ、と小さな声で頷きながらも机に向かうヴィルヘルム。カリカリとペンの音だけが聞こえる。

ふと思い出した。


「昨日、何を言おうとされたのですか?」


ダミアンが部屋に帰ってきてそれから有耶無耶になってしまったから。彼はあの真剣な顔で何を言おうとしたのか。


「……ああ」


ヴィルヘルムは寝ているダミアンを一瞬だけ見る。そして、なんでもない、とだけ言った。

聞かれたくないことなのか、と思う。

ヴィルヘルムは信用できない人を側に置かない。それでもダミアンに聞かれたくないことがあるのか。


「ところで、北国の新たな王の噂について、リーゼロッテはどう思う?」

「あら、ヴィルヘルム様も聞きましたか」

「ついさっきな」


城内は今この噂でもちきりだ。少し歩けばすぐに聞こえてくる。私も昨日の帰りに小耳に挟んだ。


「冷酷だとか、血も涙もないとか……入国されたのは昨日だ。たった一日足らずでそのような噂が立つとは思えないが」


北国。国名ユルン。そこは我が国ファルラニアの隣国であり、貿易相手国である。土地面積はファルラニアに劣らず広い。だがほとんどが山であることと、一年の半分以上が雪に閉ざされていること。またその他の要因によって国民はものすごく少ない。

噂になっているその王は半年前に就任した。私と4つほどしか変わらない若い王だ。


「侍女が粗相をして怒らせてしまったという噂もあります」


ヴィルヘルムは眉をひそめた。


「それが本当ならなぜ他国の王相手に粗相をするような者をつけたのだ……」

「バルテル侯爵の采配だとか……」


ユルンは国の規模では、はっきり言ってファルラニアの足元にも及ばない。それでも絶対的な力がある。それが貿易品だ。ファルラニアからは食料や生活用品を。ユルンからは魔石を。

ユルンは唯一魔石が採れる国。もしも魔石の輸入ができなくなるとファルラニアの生活は一変するだろう。なぜならばインフラのほとんどを魔法陣で支えているのだから。魔石がないということは魔法陣を起動するための魔力がないということだ。

どうして先人は他国に頼らなければ崩れてしまいそうな国を作ったのか。本当に理解ができない。


「私もあまり時間がなかったので、詳しい情報は集められておりません。今語ったのは全て真偽は分からない、という前提でお願いします」


バルテル侯爵が関係していないという可能性もある。その可能性は極めて低いだろうけど。

ヴィルヘルムは分かっている、と頷いたがすぐに呟いた。


「しかし実際、魔石の値段は新王が立ってから上がっている。元々あの国はあまり良い噂もない。前王も前王で……」


ユルンの前の王は確か今の王の兄だったはずだ。彼はお世辞にも賢君とは言えないように見えた。


「……あまりいいイメージがないのは皆同じでしょうね」


沈黙が降りた。手元の書類の数字を見て、端によける。そこには数枚の紙が既にある。

ヴィルヘルムが手渡してくる書類も見て、判を押すものと、端によけるものを分ける。ヴィルヘルムの判が必要な物を返すと、ヴィルヘルムは受け取りながら言った。


「バルテル侯爵は本当に娘を差し出すつもりだろうか」


バルテル侯爵の一人娘、カトリーン・バルテル。19歳の彼女はこの祭りが終わるとユルンへと行く予定だ。

これはユルンから魔石を輸出する条件で、100年に1度娘を送ることになっている。ユルンへ連れて行かれた娘がどうなるかは誰も知らない。実家への手紙は届かないし、侍女の一人も連れて行くことは許されていないから。

嫁になるという噂もあるし贄になるという噂もある。どちらにしろ、他国にたった一人で行かなければならないなど、普通の貴族の娘には地獄だ。

100年に1度の今年、バルテル侯爵は自分の娘を、と名乗りをあげた。私もヴィルヘルムも何か裏があるとは思っているが、それを止めるのは不可能だった。誰だって自分の娘が可愛い。娘を持つ者は他所の家の娘が行くと言うのなら絶対に止めないから。


「……もし私がヴィルヘルム様のお側を離れる日が来たとしたら」


ヴィルヘルムが顔を顰める。


「私から離れるつもりがあるのか?」


途中で口を挟まず、とりあえず最後まで聞いてくれたらいいのに、と思いながら笑みを浮かべる。


「もしもの話です」

「先輩……」


ダミアンがむくりと起き上がり、寝ぼけた目で私を見る。まだ1時間経っていないのに。


「どこか行くんですか?」


話が聞こえていたのだろうか。二人とも中途半端に聞くのはやめて欲しい。これから説明しようとしていたところなのに。


「もしかしたらバルテル侯爵の狙いは私かもしれないというだけよ」


苦笑しながらそう言うと、ダミアンの目が一気に見開いた。目が覚めたように見える。


「バルテル侯爵の狙いが先輩……?」


仕事をしながら考えていた。バルテル侯爵の意図。まさか本当にカトリーンをユルンへ送るわけがない。ならば何が狙いか。


「最近、来客がありませんの」


あの夜を最後に暗殺者は来なくなった。


「これまで数日おきにあった来客が急に途絶える。それって、もう必要がないということでしょう?」


もしかしたら叔父様とバルテル侯爵が手を組んだのかもしれない。私がいなくなれば叔父様は我が家が手に入り、バルテル侯爵もヴィルヘルムの力を削ぐことができる。私にその気はないが、ヴィルヘルム派筆頭と言われているのは本当だから。


「ユルンへ行くのはリーゼロッテということか?」


何も言わずに微笑む。まだ確定ではない。だけど彼らの頭の中ではそのシナリオがあるのではないかと思う。


「もしも私がお側を離れても、ヴィルヘルム様はヴィルヘルム様の為すべきことを為してくださいね」


そんな話聞きたくないです、と俯いて言うダミアンに思わず笑いがこぼれた。


「もしもの話よ。最悪を想定しておくことは大事よ。ダミアンも、私がいなくなったらヴィルヘルム様を支えてあげてちょうだいね」


私だって何があるか分からないユルンへなど行きたくはない。それでもバルテル侯爵や叔父様の悪意に逃げ道を塞がれているような気がした。
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