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追放
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仕事が一段落したのは祭りの3日目の朝だった。交代で仮眠を取り、どうにか3人で終わらせることができた。
……帰って家の仕事をして、パーティーの準備をして。これは寝る時間はないだろう。ため息が出た。
「リーゼロッテもダミアンも、酷い顔をしているぞ」
ヴィルヘルムが私たちの顔を見て可笑しそうに笑った。ずっと難しい顔をしていたが、仕事が終わったことで少し気が緩んだようだ。
「ヴィルヘルム様も同じようなお顔ですわよ」
帰り支度をしながらそう笑う。ダミアンは机に突っ伏した。
「あああ、やっと寝られる……」
「結局最後まで付き合わせて悪かったな。帰ってゆっくり眠ってくれ」
「ヴィルヘルム様と先輩は今夜はパーティーですか。倒れないように気を付けてくださいね」
ダミアンの言葉にうっすらと笑う。冗談にならないのが怖い。気を抜くと今にも倒れてしまいそうだ。
「リーゼロッテ、家の仕事もあるだろうが、しっかり休めよ。仮眠をとったとは言っても少しだ。本当に倒れかねない」
「分かっております」
分かっていても時間が増えるわけではない。
「ヴィルヘルム様こそ、お忙しいでしょう」
祭りが始まって二日間。他国の貴族の前に顔を出さなかった王子のことを、この部屋の外ではなんと言われているだろう。
これがバルテル侯爵の狙いだったのだと気が付いたのはついさっきだった。
ヴィルヘルムが仕事に追われている間に、きっとフリッツ様は他国の王や貴族と顔を合わせていることだろう。
「私は大丈夫だ。この程度でフリッツに優位に立たれるほど疲れてはいない」
そう言って笑うヴィルヘルム。しかしその疲れは限界に達していることを私は知っている。
だけどヴィルヘルムがそう言うなら私は何も言わない。微かに笑みを浮かべる。
「……またパーティーの時に会いましょう」
「リーゼロッテ、パーティーではできればユルンの王と顔を繋いでおいて欲しい」
「分かりました」
頷いてヴィルヘルムやダミアンよりも先に部屋を出る。早朝だからまだ人は少ない。
昨日や一昨日だけではない。常に仕事に追われて食事も睡眠も満足にとることのできない日々。食事には毒を盛られ、歩いていたら暗殺者に会い、やっと寝ることができたと思ったら殺気を感じる。
私もヴィルヘルムも似たような生活だ。だからそれがどんなに辛いことか、よく分かる。
フリッツ様は実の兄であるヴィルヘルムをここまで追い詰めて、それほどに王になりたいのだろうか。私には理解ができない。
頭が痛い気がする。原因は寝不足だろう。それよりもこの隈はメイクで隠せるのだろうか。
ドレスアップして再び城の扉をくぐる。もうあたりは薄暗い。コツコツとヒールがなる。
頭が痛い。
結局一睡もする時間はなかった。最低限の仕事を片付け、侍女達に頭から足先まで磨かれ、髪のセット、メイク、とされていたらもうパーティーの時間だった。どころか、少し遅れてしまった。
パーティー会場であるホールへ入るとその明るさに少し眩暈がした。足元がふらつく。トン、と背中が誰かに当たった。
「申し訳ありません」
慌てて振り向いて謝る。視界がかすんで顔がよく見えない。分かるのは背がとても高いということだけ。
「いや、問題ない。……顔色が悪いが大丈夫か?」
「大丈夫です。お気になさらないでくださいませ」
こんなところで弱みなど見せられるわけがない。やはりリヒャルトについて来てもらうべきだったか。
頭が痛くて、音楽が異様に大きく聞こえた。
「エスコートはないのか?」
「必要ありませんもの」
ヴァルデ家当主としてここに立つ以上、誰かによりかかるわけにはいかない。だから1人で来た。エスコートしようと申し出てくれた人はいるけれど。リヒャルトとかダミアンとか。
頭を下げてその人から離れた。
とりあえず端の方に寄っておこう。こんな状態ではとてもじゃないが誰とも話ができない。
ああ、ヴィルヘルムにユルン王と顔を繋ぐよう頼まれていんだった。
そう思ったが、頭が痛くて、目がかすんで、立っているだけでやっとだった。
話しかけられると無理やり笑顔を浮かべて返事をする。そうしてどれくらい時間が経っただろう。もしかすると私が思っているほどは経っていないのかもしれない。
急にあたりが静かになった。皆が同じ方を見る。私もそちらを見た。誰かが壇上に上がったようだ。
大きく息を吸って吐く。何度か繰り返すと少しだけ視界がクリアになった。
そこに立っていたのはヴィルヘルムと、バルテル侯爵の娘であるカトリーンだった。
2人は寄り添って立っている。どうしてヴィルヘルムとカトリーンが……。見間違いかと思った。一瞬理解ができなかった。だがあれは、あの個性的な服は間違いなくカトリーンだ。そしてすぐに気が付いた。
……やられた。こんな大事なパーティーの時に。いや、この大事なパーティーの時だからだ。
考えれば分かることだった。カトリーンがユルンへ行かず、私を代わりに送るとすればこのタイミングが一番だと言うこと。
徹夜続きで頭が働いていなかった、というのは言い訳だろう。私も、そして恐らくヴィルヘルムも、完全に油断していた。
カトリーンが誰かを探すようにホールを見回し、私と目が合った。カトリーンは笑う。
「リーゼロッテ・ヴァルデ」
フリッツ様の声が聞こえて、すぐに壇上に姿が現れる。皆が私を見ているような気がした。
「我が兄、ヴィルヘルムとカトリーンの婚約は以前から決まっていた。知っているだろう?」
知らない。そんな話聞いたこともないし、そんな事実はない、絶対に。
私が何か言う前にフリッツ様は続けた。
「だというのにしつこく婚約を迫るとは……。兄上が言っていたぞ。もう婚約は決まっていると何度も言っているのに、毎日婚約を迫られる、と」
頭痛が一層強まる。
「申し訳ありませんが、わたくしには何の話かさっぱり分かりませんわ」
きっぱりとそう言うと、カトリーンは「こわぁい」と言いながらヴィルヘルムの腕に抱きついた。
「何を言っている。知らぬふりなど意味がない。兄上が言ったのだ。なあ、兄上?」
意識して息を吸う。
ヴィルヘルムは頷いた。ホール内がざわざわする。
「ああ、リーゼロッテは何度も私に婚約を迫った。私はそれが苦痛だった」
感情のない声。虚な目。いつも一緒にいるのだ。操られているのは一目瞭然。だけど今打てる手がない。そんな余裕がなかったから。
「待て」
私の横から声が上がった。
「カトリーンと言うと、我が国へご一緒いただけるご令嬢ではないか?婚約者はいないから一緒に来ていただけるという話だったと思うが」
見るとそこには先ほどぶつかったであろう背の高い男の人が立っていた。今の言葉でこの人が誰なのか分かった。
「そのような話は知らぬ」
フリッツ様が言う。
ものすごく体調が悪くてそんな余裕はないが、それでもため息が出そうになった。最悪だ。
「知らぬわけがあるまい。これは国交問題になるぞ」
「それがどうした。ユルンごときが偉そうな口を聞くな!魔石などユルンの地さえあればいくらでも手に入るのだ!」
フリッツ様が怒鳴った。ざわざわと聞こえてくるのは同意と批判が半々くらい。
「過去にそれをしようとした国がどうなったか、まさか知らぬわけではないだろうな?」
冷え冷えとした声だった。もうどうしようもない。
息がうまく吸えなくなってきた。フリッツ様の嘲るような笑いが耳に届く。
「好きに言え。ファルラニアはユルンとの今後は望まぬ」
これまで私やヴィルヘルムが必死で守って来たものが音を立てて崩れていく。
頭がガンガンする。吐き気がする。
フリッツ様が思い出したように言った。
「リーゼロッテ・ヴァルデ。お前は第一王子、ヴィルヘルムを誑かした罪で国外追放とする。一両日中には出て行け」
足から力がぬける。大きな手に支えられた。そして、私は意識を失った。
……帰って家の仕事をして、パーティーの準備をして。これは寝る時間はないだろう。ため息が出た。
「リーゼロッテもダミアンも、酷い顔をしているぞ」
ヴィルヘルムが私たちの顔を見て可笑しそうに笑った。ずっと難しい顔をしていたが、仕事が終わったことで少し気が緩んだようだ。
「ヴィルヘルム様も同じようなお顔ですわよ」
帰り支度をしながらそう笑う。ダミアンは机に突っ伏した。
「あああ、やっと寝られる……」
「結局最後まで付き合わせて悪かったな。帰ってゆっくり眠ってくれ」
「ヴィルヘルム様と先輩は今夜はパーティーですか。倒れないように気を付けてくださいね」
ダミアンの言葉にうっすらと笑う。冗談にならないのが怖い。気を抜くと今にも倒れてしまいそうだ。
「リーゼロッテ、家の仕事もあるだろうが、しっかり休めよ。仮眠をとったとは言っても少しだ。本当に倒れかねない」
「分かっております」
分かっていても時間が増えるわけではない。
「ヴィルヘルム様こそ、お忙しいでしょう」
祭りが始まって二日間。他国の貴族の前に顔を出さなかった王子のことを、この部屋の外ではなんと言われているだろう。
これがバルテル侯爵の狙いだったのだと気が付いたのはついさっきだった。
ヴィルヘルムが仕事に追われている間に、きっとフリッツ様は他国の王や貴族と顔を合わせていることだろう。
「私は大丈夫だ。この程度でフリッツに優位に立たれるほど疲れてはいない」
そう言って笑うヴィルヘルム。しかしその疲れは限界に達していることを私は知っている。
だけどヴィルヘルムがそう言うなら私は何も言わない。微かに笑みを浮かべる。
「……またパーティーの時に会いましょう」
「リーゼロッテ、パーティーではできればユルンの王と顔を繋いでおいて欲しい」
「分かりました」
頷いてヴィルヘルムやダミアンよりも先に部屋を出る。早朝だからまだ人は少ない。
昨日や一昨日だけではない。常に仕事に追われて食事も睡眠も満足にとることのできない日々。食事には毒を盛られ、歩いていたら暗殺者に会い、やっと寝ることができたと思ったら殺気を感じる。
私もヴィルヘルムも似たような生活だ。だからそれがどんなに辛いことか、よく分かる。
フリッツ様は実の兄であるヴィルヘルムをここまで追い詰めて、それほどに王になりたいのだろうか。私には理解ができない。
頭が痛い気がする。原因は寝不足だろう。それよりもこの隈はメイクで隠せるのだろうか。
ドレスアップして再び城の扉をくぐる。もうあたりは薄暗い。コツコツとヒールがなる。
頭が痛い。
結局一睡もする時間はなかった。最低限の仕事を片付け、侍女達に頭から足先まで磨かれ、髪のセット、メイク、とされていたらもうパーティーの時間だった。どころか、少し遅れてしまった。
パーティー会場であるホールへ入るとその明るさに少し眩暈がした。足元がふらつく。トン、と背中が誰かに当たった。
「申し訳ありません」
慌てて振り向いて謝る。視界がかすんで顔がよく見えない。分かるのは背がとても高いということだけ。
「いや、問題ない。……顔色が悪いが大丈夫か?」
「大丈夫です。お気になさらないでくださいませ」
こんなところで弱みなど見せられるわけがない。やはりリヒャルトについて来てもらうべきだったか。
頭が痛くて、音楽が異様に大きく聞こえた。
「エスコートはないのか?」
「必要ありませんもの」
ヴァルデ家当主としてここに立つ以上、誰かによりかかるわけにはいかない。だから1人で来た。エスコートしようと申し出てくれた人はいるけれど。リヒャルトとかダミアンとか。
頭を下げてその人から離れた。
とりあえず端の方に寄っておこう。こんな状態ではとてもじゃないが誰とも話ができない。
ああ、ヴィルヘルムにユルン王と顔を繋ぐよう頼まれていんだった。
そう思ったが、頭が痛くて、目がかすんで、立っているだけでやっとだった。
話しかけられると無理やり笑顔を浮かべて返事をする。そうしてどれくらい時間が経っただろう。もしかすると私が思っているほどは経っていないのかもしれない。
急にあたりが静かになった。皆が同じ方を見る。私もそちらを見た。誰かが壇上に上がったようだ。
大きく息を吸って吐く。何度か繰り返すと少しだけ視界がクリアになった。
そこに立っていたのはヴィルヘルムと、バルテル侯爵の娘であるカトリーンだった。
2人は寄り添って立っている。どうしてヴィルヘルムとカトリーンが……。見間違いかと思った。一瞬理解ができなかった。だがあれは、あの個性的な服は間違いなくカトリーンだ。そしてすぐに気が付いた。
……やられた。こんな大事なパーティーの時に。いや、この大事なパーティーの時だからだ。
考えれば分かることだった。カトリーンがユルンへ行かず、私を代わりに送るとすればこのタイミングが一番だと言うこと。
徹夜続きで頭が働いていなかった、というのは言い訳だろう。私も、そして恐らくヴィルヘルムも、完全に油断していた。
カトリーンが誰かを探すようにホールを見回し、私と目が合った。カトリーンは笑う。
「リーゼロッテ・ヴァルデ」
フリッツ様の声が聞こえて、すぐに壇上に姿が現れる。皆が私を見ているような気がした。
「我が兄、ヴィルヘルムとカトリーンの婚約は以前から決まっていた。知っているだろう?」
知らない。そんな話聞いたこともないし、そんな事実はない、絶対に。
私が何か言う前にフリッツ様は続けた。
「だというのにしつこく婚約を迫るとは……。兄上が言っていたぞ。もう婚約は決まっていると何度も言っているのに、毎日婚約を迫られる、と」
頭痛が一層強まる。
「申し訳ありませんが、わたくしには何の話かさっぱり分かりませんわ」
きっぱりとそう言うと、カトリーンは「こわぁい」と言いながらヴィルヘルムの腕に抱きついた。
「何を言っている。知らぬふりなど意味がない。兄上が言ったのだ。なあ、兄上?」
意識して息を吸う。
ヴィルヘルムは頷いた。ホール内がざわざわする。
「ああ、リーゼロッテは何度も私に婚約を迫った。私はそれが苦痛だった」
感情のない声。虚な目。いつも一緒にいるのだ。操られているのは一目瞭然。だけど今打てる手がない。そんな余裕がなかったから。
「待て」
私の横から声が上がった。
「カトリーンと言うと、我が国へご一緒いただけるご令嬢ではないか?婚約者はいないから一緒に来ていただけるという話だったと思うが」
見るとそこには先ほどぶつかったであろう背の高い男の人が立っていた。今の言葉でこの人が誰なのか分かった。
「そのような話は知らぬ」
フリッツ様が言う。
ものすごく体調が悪くてそんな余裕はないが、それでもため息が出そうになった。最悪だ。
「知らぬわけがあるまい。これは国交問題になるぞ」
「それがどうした。ユルンごときが偉そうな口を聞くな!魔石などユルンの地さえあればいくらでも手に入るのだ!」
フリッツ様が怒鳴った。ざわざわと聞こえてくるのは同意と批判が半々くらい。
「過去にそれをしようとした国がどうなったか、まさか知らぬわけではないだろうな?」
冷え冷えとした声だった。もうどうしようもない。
息がうまく吸えなくなってきた。フリッツ様の嘲るような笑いが耳に届く。
「好きに言え。ファルラニアはユルンとの今後は望まぬ」
これまで私やヴィルヘルムが必死で守って来たものが音を立てて崩れていく。
頭がガンガンする。吐き気がする。
フリッツ様が思い出したように言った。
「リーゼロッテ・ヴァルデ。お前は第一王子、ヴィルヘルムを誑かした罪で国外追放とする。一両日中には出て行け」
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