追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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決意

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そこは真っ暗だった。

何も見えず、何も聞こえない。どちらへ行けばそこから出られるのか分からない。胸の中に不安が渦巻いた。


「お父様、お母様……」


うずくまって呼んでも返事はない。だって2人はもういない。ヴィルヘルムも来ない。操られているから。

リヒャルト、と呼ぼうとして止めた。リヒャルトが私を助けるのではなく、私がリヒャルトを助けなければならないのだから。

一瞬とも永遠とも思える時間の中、不意に誰かの気配がした。顔を上げるとそこには亡くなった両親の姿。

涙が出た。お母様がいなくなった時も泣かなかったのに。子供のように泣き喚いた。お母様にしがみついて。置いていかないでとか、一緒に行きたいとか、もう疲れたとか。そんなことを言った気がする。

2人は何も言わなかったけど、困った顔をしていた。お母様が私の右手を握った。その温もりにまだ生きているのかと錯覚する。お父様とお母様が顔を見合わせて、そして私から離れた。手が離れ、その温もりがなくなった。

2人の姿はどんどん遠のき、そして私はまた1人に戻った。大きく呼吸をして涙を止める。心が落ち着いた。リヒャルトのところへ帰らなければ。そう思って、私は目を閉じた。



目を開ける。右手にはまだ温もりが残っているような気がした。

……確かパーティーで倒れたのよね。

窓からは日が差し込んでいる。少なくとも一晩は眠っていたようだ。目も頭もすっきりしている。頭痛は少し残っているが、昨日ほどひどくはない。起き上がり、部屋を見回す。


「ここはどこ?」


返事は期待していなかった。というか、誰かいるとは思わなかった。


「城の一室だ」


低い声が聞こえてびくっと体が揺れた。ちょうど視界に入らないところに人がいたようだ。そしてこの声は聞き覚えがある。


「……ユルン王、ですよね?」


そう問いかけるとその人はコツコツと歩み寄ってきた。ベッドの脇に立ったその人を座ったまま見上げる。声も身長も昨日パーティーでぶつかった人と同じようだ。

恐らく抱きとめてくれたのもこの人。


「昨夜は大変失礼致しました」

「問題ない」


変わらない表情、短い言葉、鋭い視線。だけど不思議と怖くはない。


「顔色はマシになったな」

「ええ、ただの寝不足でしたから」


ただの寝不足で目の前で倒れたのだ。迷惑極まりない。申し訳ないな、と思いながら微笑む。

ユルン王は椅子を持って来て、そこに座った。

遠くからは見たことがあるけれど、実際に会うのは初めてだ。難しい顔をしていて、目はとても鋭い。後ろでまとめられた長い黒髪は動くたびにさらりと揺れる。身長も他にあまりいないほどに高い。

端的に言うと、女性から人気なのだろうな、と思う。


「……昨夜のことは覚えているか?」


昨夜、あのパーティーで何があったか。全て覚えている。


「ええ、国外追放されてしまいましたね」


そう言うと、ユルン王は「やけにあっさりしているな」と言った。


「予定外ではありましたが、想定内でしたので」

「これからどうするつもりだ?」

「……そうですね」


どういうわけか、あの場に王はいなかった。あれがフリッツ様だけの言葉だったら従う理由はない。だけど、フリッツ様の後ろにはバルテル侯爵がいる。

フリッツ派ならぬバルテル侯爵派の貴族を皆敵に回してまでファルラニアにいるのは面倒くさい。というか、そこまでしてこの国にいる必要はないと思っている。


「国外へ出ます」


ユルン王は「いいのか?」と私を見た。


「あの王子のことは、いいのか?」


あの王子。それがどちらを指しているのかは分からない。だけど聞くまでもない。


「それは私には関係ありませんので」


ユルン王は微かに驚きを見せた。


「あなたは第一王子派の筆頭ではないのか?」


まさかユルン王の耳にまで届いているとは。


「周りが勝手に言っているだけです」

「婚約を迫ったというのは?」

「そのような事実はございません」


きっぱりと言うと、ユルン王は「そうだろうな」と頷いた。


「それなら我が国へ一緒に来てもらえないだろうか?」


私がユルンへ?

断る理由はないけどそれだとフリッツ達の思い通りではないか。それは癪に障る。


「誰も行かない方がそちらにとっては都合がいいのでは?」


今回の件でユルンは魔石の輸出を止める大義名分を得た。魔石を欲しがる国はいくらでもある。ファルラニアが貿易相手からいなくなったらそこに他の国が入るだけだ。


「……私としては魔石の輸出を止める予定はない」

「攻め込まれたら困るからでしょうか?」

「それもある」


へえ、意外。

ユルンは呪われている。真偽は不明だが、そう囁かれている。ユルンへ攻め込んだ軍は壊滅状態で戻り、その国の主は呪われて死ぬ。過去にあったことらしい。真偽は不明だが。

小規模な割に良い特産品がある国というのはまず攻め込まれる。だというのに今まで国が存続しているということは、何かがあるのかと思っていた。呪いとは馬鹿馬鹿しいけれど、特別な防衛手段とか。


「共に来てもらえるならあなたの望みは出来るだけ叶える。もっとも、私個人で動かせる金はそう多くはないが」

「お金は要りません。なぜそこまでして娘が必要なのですか?共にユルンへと参れば、どのような扱いをされるのですか?」


ユルン王は眉根を寄せて答える。


「それは今答えることはできない。ただ、命と最低限の生活は保障しよう」

「最低限の生活……」


それはあまりにも抽象的すぎる。衣食住は用意しても監禁されるとかだとたまったものじゃない。こういう時の条件のすり合わせは必須。


「それはどこまでを指しますか?一日一食ですか?睡眠は?3時間ほど?行動の自由は?」


とりあえず今の生活を基準に聞いてみると、ユルン王は眉間の皺を深くした。


「食事は3食。睡眠は好きなだけ取ればいいし、国内であればどこへ行ってもらっても構わない。つまり、贅沢さえしなければ問題ない」

「そちらではそれを最低限の生活と呼ぶのですか!」


素直に驚いてそう言う。それは私にとって最低限どころか最上級の暮らしだ。ユルン王は顔を顰める。


「まさかとは思うが、そのような暮らしをしていたのではないだろうな?」

「いいえ、行動の自由はありましたよ。ただ仕事が終わらなくて執務室から出ることはできませんでしたが」


ユルン王は長い長い息を吐き、頭を抱えた。冷酷だという噂も、ただの噂だったよう。


「……共に行くことに関しては言いたいことはございません。ただ、2人ほど同行の許可をいただきたいのです」


ユルンへ行く娘は侍女の1人すら連れて行くことは禁じられていたはずだ。私がユルンへ行く条件は初めからこの一つ。……私のいないこの国に置いておくわけにはいかない。


「望みはできるだけ叶えると言ったはずだ」


どうせ行くあてもない。バルテル侯爵の思惑通りだとしてもまあいい。どちらにしろ、ユルンへ行けば手出しはできないのだ。

肯定の返事をしようとした時だ。ノックの音が響いた。返事をする前に扉が開く。視界に飛び込んできたのは派手な服だった。


「あら?お目覚めでしたらお早くファルラニアから出て行ってくださいませ」


カトリーン・バルテル。彼女の特徴はなんと言ってもそのファッションセンス。カトリーンは自分でデザインした服にしか袖を通さない。それがとてつもなく奇抜。

貴族の間では風変わりと有名だ。バルテル侯爵の娘なので表では持ち上げられているが、裏でこそこそと陰口を言われている場面を目撃したことは少なくない。


「言われずともそのつもりです。わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございます」


そう言って微笑む。カトリーンは唇の端を釣り上げた。


「相変わらず粗雑な喋り方ですこと。ですからヴィルヘルム様をわたくしにとられるのですわ」


感謝を述べたというのに思いっきり喧嘩を売られてしまった。


「惨めな負け犬は今どのようなお気持ちですの?」


どんな気持ち?やられた、とは思ったけど。


「驚きました。あなたがお好きなのはフリッツ様だと思っておりましたので」


カトリーンは面食らったように視線を彷徨わせた。その表情を見て、失敗したな、と思う。はっきりと言い過ぎてしまった。


「あ、あなたには関係ないことでしょう……!」

「ええ、まあ」

「あなたなんて大嫌いですわ!早く出てお行きなさい!」


カトリーンはそう言い捨て、ユルン王を一瞬だけ見ると踵を返した。嵐のように来て去って行ったカトリーン。思わず笑ってしまった。くすくすと笑う私をユルン王は不思議そうに見るだけ。


「ユルン王、あなたと共にユルンへ参りましょう」

「感謝する。……エーリッヒ・ローゼンだ」


何度か聞いたその名が初めて実体を持った。


「リーゼロッテ・ヴァルデです」


そう言って微笑むと、エーリッヒ様は少しだけホッとしたように見えた。
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