追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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出発準備

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自宅の玄関を入ってすぐ、そこにいた2人がものすごい形相で詰め寄って来た。


「姉さん!国外追放って一体どういうこと!?パーティーで倒れたっていうのは本当!?だから言ったじゃないか!」

「先輩!これからどうなるんですか!」


1人は怒り狂って、1人は半泣きで。その対照さに思わず笑ってしまった。


「リヒャルトはちょっと待ってちょうだい。もしかしてダミアンもずっとここで待っていたの?」

「ええそうですよ!今朝起きてヴィルヘルム様と先輩のことを聞いたら居ても立っても居られなくなったので!」


それは悪いことをした。私は昨夜からたっぷり寝てしまったので、もうだいぶ日が高い。数時間は待たせてしまったようだ。


「連れて行きたい者とはその2人か?」


後ろから声をかけられ、私は振り返った。エーリッヒ様が2人を見下ろす。リヒャルトとダミアンは一歩引いた。


「いえ、1人は連れて行きますけど、もう1人は別です」

「え?どこに行くんです?」


ダミアンが恐る恐るといったように聞く。恐らくここにいるこの人が誰かというのはなんとなく分かっているようだ。

昨日あんな話をした上で国外追放。しかもカトリーンはユルンへ行かないとなると、なんとなく察しはついているだろう。


「ダミアン、一つお願いをしてもいいかしら?」


ダミアンの質問に答えずに言うと、ダミアンは戸惑ったように視線を彷徨わせた後、不安そうに、だけど頷いた。


「この家は叔父様のものになるわ。だからここで働く人たちが解雇された時、もしくは離職したい時、希望者には次の働き先を斡旋してほしいの」


叔父様が当主となるときっとここの人たちは随分働き方が変わってしまうと思う。合わない人ももちろん出るだろう。私がここにいなくなるからと言って放っておくことはできない。


「僕は中級貴族の端くれですが、僕に出来る限りのことはさせていただきます」

「ありがとう」


他は特に気掛かりはない。あとは今後のこと。


「今後だけれど、特に何もする必要はないわ」


私がそう言うとダミアンとリヒャルトの「えっ!?」という声が重なった。


「恐らくこれからはヴィルヘルム派の貴族が肩身の狭い思いをすると思うの。まずは命を守ること。それが大前提よ」


バルテル侯爵は邪魔な人を殺すことを躊躇わない。たぶんヴィルヘルムを助けに行こうとする人は殺される。


「王がなにか手を打つまで、ヴィルヘルム様が正気に戻るまで、ファルラニアの未来を守ってちょうだい」


ダミアンが目を見開く。恐らく私はとても大変なことをダミアンに押し付けている。一番大事なあのパーティーに王がいなかったということは、何か理由があるに違いない。王が手を打つと言ってもそれはいつになることか。

今回の件、悪意はユルンへも向いている。国内で今どうにかしたとしてもこの先同じことが起こるだけ。

エーリッヒ様は魔石の輸出を止める気はないと言った。だけど次の王は?その次の王は?一度条件を破棄しようとしたファルラニアを許すだろうか。この先もずっと魔石を輸入できる保証はない。だから私はユルンでてきることがあるならしたい。

例え私がファルラニアに戻る日が来なくても、ヴィルヘルムが王として立つならば、この国の未来を守りたい。


「……もしも、ヴィルヘルム様の未来がないと確信したら、その時は全て捨てて私のところに来たらいいわ。あなたと家族くらいならきっと守ってあげられるでしょうから」


ダミアンの顔が歪んだ。今にも泣きそうなその顔を見て笑う。私とたった一つしか違わないと言うのに随分と子供じみて見える。それもダミアンの魅力。だけど私は知っている。ダミアンはやる時はやるし、根性もある。そうでなければヴィルヘルムの文官なんて1年間もできるわけがない。


「……行ってちょうだい。侍女用の馬車を出すわ。あなたがここに来ているとバルテル侯爵に知られたらきっとあなたが殺される」

「はい。僕きっとやり遂げますから」

「ええ、ありがとう」


ダミアンが笑う。


「もし次に会った時に先輩の相手がいなかったら僕がもらってあげますよ。きっと行き遅れた先輩はもらい手がないでしょうから」


失礼だな、と思いながらも笑ってしまった。ダミアンは「だから」と続けた。


「絶対に帰って来てくださいね。僕待ってますから」


その声は少し震えていた。私の返事も聞かずにダミアンは歩き出した。その背は今までよりも大きく見えた。

一つ呼吸をしてリヒャルトに向き直る。


「リヒャルト、私はこれからユルンへ行くわ。あなたも一緒に来なさい」


リヒャルトが口を開く。しかし、すぐに閉じて、出た言葉は一つだけ。


「……分かった」


聞きたいことも言いたいこともたくさんあるだろう。それでも全て呑み込んだのが分かった。


「馬車は一台だ。そう小さくはないが、もう1人乗るとしたら荷物は多くは乗らない。最低限で頼む。必要なものは向こうで揃える」


エーリッヒ様の言葉に頷いたリヒャルトが自室へと戻るところを呼び止めた。彼は変わらない表情で振り返る。


「指輪は持って行くのよ」


そう言うと少しだけ驚き、そして頷いた。


「大変申し訳ありませんが、こちらで少々お待ちいただけますか?」

「ああ」


使用人用の通路を通り、屋敷の裏へと回る。そこでは下働きの女性たちがわいわいと洗濯をしていた。彼女たちは当主が変わることなど知らない。侍女達と違ってそんなことを知らされる身分にない。平民だから。


「まああ!リーゼロッテ様!このようなところに来てはいけません!」


私に気が付いた使用人の1人が驚きの表情で言う。分かっている。でも探し人はここにいるのだ。


「ごめんなさい、用事が終わったらすぐに戻るわ」


皆が私を気にしてチラチラ見ながら仕事をする中、私は、私を見ることなくひたすら仕事をする背に話しかけた。


「マリー」


その背が震える。ゆっくりと振り向いた表情は少し泣きそうだった。彼女を悲しませたのはきっと私。


「リーゼロッテ様……」


小さな声。久々に聞いたマリーの声。


「私、この国を出て行くことになったの」


マリーは愕然とし、見開いた目で私を見た。


「準備ができたらすぐに出発して、帰って来る予定はないわ」


マリーは事実を受け入れるように目を閉じる。次に目を開けた彼女は微笑んだ。感情を全て隠すかのように。

なぜかその表情が先ほどの、言葉を飲み込んだリヒャルトと重なった。私はきっとリヒャルトにもマリーにも何度もこんな表情をさせてきたのだろう。


「……私はヴァルデ家当主ではなくなるし、行き先でどんな扱いを受けるかは分からない」


エーリッヒ様の言葉をどれほど信じていいかなど今の私には判断がつかない。不当な扱いを受けなくとも、ユルンは雪の大地。生活は厳しいかもしれない。


「それでもよければ、私と一緒に行ってくれないかしら?」


これを言うのは勇気がいった。リヒャルトはともかく、マリーはここにいれば変わらない生活を送ることができる。一緒に行って欲しいなど、私のわがままでしかない。

マリーは震える声で言った。


「私が一緒に行ってもよろしいのですか……?」

「マリーは私の姉のようなものだもの」


ずっとマリーを遠ざけていた私が言うのは虫のいい話だと分かっている。だけどここで何も言わずに置いて行くよりはずっといい。


「……例えリーゼロッテ様の歩む道の先にどのような地獄が広がっていようとも、私はどこまでもお供致します」


そして彼女は涙を流しながら、心底幸せそうに笑ったのだった。
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