追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

文字の大きさ
9 / 53

来訪者

しおりを挟む
馬車は4人が乗っても、思ったほど狭くはなかった。これだったらもう少し荷物を持って来れたかもしれはい。だからと言って持って来たい物などなかったけれど。

私はペンを一本。リヒャルトは本を数冊。マリーは日記。あとはお金を少々と今身につけている物。持って来た物はそれだけだ。エーリッヒ様は私たちがあまりにも何も持っていないのを見て、顔を顰めていた。

ガタガタと振動の中、私はエーリッヒ様を見た。仏頂面で笑わない。身長が高くて声が低くて威圧感もある。不意に視線が合う。静かな瞳。


「……まさかエーリッヒ様がお国からたった1人しか連れて来ていないとは驚きでした」

「周りに多く置くのは好きではないし必要もない。イェンスは侍従も従者も御者もなんでもできる」


今御者台に乗っているのはイェンスと言うのか。40歳手前くらいの爽やかな人だ。背もたれにもたれ、ぼうっとする。何もしていない時間というのは久しぶりだ。

こんなふうに時間を過ごしていいのだろうか。あちこちに視線を向けたり、体勢を何度か変えていると、リヒャルトが静かな声で言った。


「姉さん、落ち着きなよ」


少し恥ずかしかった。リヒャルトがそう言うほど私はそわそわしていたのだろうか。


「ごめんなさいね、つい気になってしまって」

「何が?」


その責めるような口調にドキッとした。

眼光鋭く私を見るリヒャルトには答えが分かっているのだろうか。何か言っても責められそうな気がする。口を噤む。しかし私が何も言わなくてもリヒャルトは言った。


「家の為に必死に働いて、国の為に死にそうになりながら働いて、それで家や国が姉さんに何をしてくれたんだ!結果はこれだよ。伯爵の身分も王子付きの文官の位もヴァルデの名も、姉さんを苦しめただけだろ?……もういいじゃないか」


最後は絞り出すようだった。

呆然としてリヒャルトを見ていると、リヒャルトはばつが悪そうに「ごめん」と視線を逸らした。

そして気が付いた。恐らくリヒャルトはずっと言いたかったのだと。何度も何度も呑み込んだ言葉がこれなのだと。


「……私だって好きで仕事をしていたわけじゃないの。ただ、家はあなたに渡すまで守らないといけないと思っていたし、仕事を放っておくときっとヴィルヘルム様は今頃過労死されていたわ」


大切なものを守る為にずっと頑張ってきた。その大切なものは今はリヒャルトとマリーしか手の中にいない。それだけしか残らなかったと嘆くべきか、それだけは掬うことができたと喜ぶべきか。


「……もういいと言うのは簡単だけど、そう言ってしまえば動けなくなりそうで怖いのよ」


小さく言ったその言葉。口に出してしっくりした。

同時に心のどこかで思う。もういいのではないか、と。ユルンへ行って全て忘れて生きていけばいい。ヴィルヘルムには他の貴族がたくさんついている、と。だけど今捨てようとしているそれは私の生きる意味だった。


「……今はゆっくり休むことが最優先だ。考えることなど後からいくらでもできる」


エーリッヒ様はこちらへ視線を向けていなかった。その横顔は厳しく、何か考え事をしているように見えた。はい、と頷き、私は再び背もたれにもたれた。手の中のペンを見る。私はどうしてこれを持って来たのだろうか。


少しして馬車の速度が少し落ち、外から声がかかった。


「エーリッヒ様、道に男が立っています。どうしますか?」


エーリッヒ様が窓から顔を出して前方を見る。私ももう一つの窓から外を見た。

……来たのね。

何度かしか見たことのない顔。だけどずっと近くにいた人。とうとうこの時が来たか、と息を吐く。


「知り合いか?」


エーリッヒ様に聞かれ頷く。


「止めるか?」


止める?止めるなんてとんでもない。あれは見送りなんて可愛いものではない。私はきっぱりと言った。


「轢いてください」


リヒャルトがぎょっとして私を見た。エーリッヒ様の「轢け」と言う短い言葉に馬車がまたスピードを上げる。私は座り直す。ガラガラという音だけに意識を向ける。


「うおおぉぉぉ!?」


そんな叫び声が外から聞こえた。だけど衝撃は全くない。


「避けられたわね」

「当たり前だろ!」


リヒャルトが思わずといったふうに腰を浮かして叫んだ。珍しい。


「申し訳ありませんが止めてもらえますか?」


エーリッヒ様が外に指示を出すと馬車が止まった。降りて、来た道を見る。向こうの方に1人の男の姿が見えた。

男は服の汚れをはたき落としている。


「あいつ貴族じゃないよな。誰?」


リヒャルトも降りて来て私の隣に立った。誰と聞かれても私は彼の名前を知らない。


「……私の死神よ」


男がこちらへ歩いて来る。


「あまりよくない雰囲気だな」


エーリッヒ様の声は後ろから聞こえた。もう一つ気配がある。


「リーゼロッテ様……、あの人は……」


振り返るとマリーが青ざめた顔で男を見ていた。そうだった、マリーは面識があったのだった。

大丈夫よ、と囁く。


「ったくよぉ、いきなり轢こうとするなんてひでえな」


声が届く距離。男は愚痴をこぼしていた。じっと見つめる。愚痴が止み、目が合う。男の唇が弧を描いた。笑顔なんてものじゃない。もっと黒い何か。


「殺しに来たぜ、お嬢さん」


男ははっきりとそう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

〖完結〗聖女の力を隠して生きて来たのに、妹に利用されました。このまま利用されたくないので、家を出て楽しく暮らします。

藍川みいな
恋愛
公爵令嬢のサンドラは、生まれた時から王太子であるエヴァンの婚約者だった。 サンドラの母は、魔力が強いとされる小国の王族で、サンドラを生んですぐに亡くなった。 サンドラの父はその後再婚し、妹のアンナが生まれた。 魔力が強い事を前提に、エヴァンの婚約者になったサンドラだったが、6歳までほとんど魔力がなかった。 父親からは役立たずと言われ、婚約者には見た目が気味悪いと言われ続けていたある日、聖女の力が覚醒する。だが、婚約者を好きになれず、国の道具になりたくなかったサンドラは、力を隠して生きていた。 力を隠して8年が経ったある日、妹のアンナが聖女だという噂が流れた。 そして、エヴァンから婚約を破棄すると言われ…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 ストックを全部出してしまったので、次からは1日1話投稿になります。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

拾った指輪で公爵様の妻になりました

奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。 とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。 この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……? 「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」 公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。

処理中です...