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馬車の中
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「……なあお嬢、場所交代しねえ?」
窓の外をぼーっと眺める。景色はどんどん流れていく。
「お嬢、お嬢って!」
強いその声に視線を近くに戻す。ギドと目が合った。
「もしかしてそれ私を呼んでいたの?」
「他に誰がいるんだよ」
お嬢に該当する性別は私とマリーのみ。先程ギドがマリーのことを名前で呼んでいたことを考えると、どうやら私のことのようだ。
「なに?」
納得したので首を傾げるとギドは何故か怒った。
「何回も言ってるだろ!場所を変われ!」
ギド、エーリッヒ様、リヒャルトの順に一つのシートに座っている3人はとても窮屈そうだ。
男3人は確かに狭いだろう。私がそちらに座った方が少しは広くなりそう。腰を浮かしかけた時だった。
「リーゼロッテ様がそんな狭いところにお座りになるなんていけません」
マリーに袖を掴まれた。ギドがキレる。
「じゃあお前が変われっ!」
「リーゼロッテ様の隣に座れるほど偉くなってから言いなさい」
「お前はそんなに偉いのかよ……っ!」
鋭いツッコミだ。この2人は仲がいいのか悪いのか分からないが、相性はよさそう。
誰がどう座るのかが一番良いのかと考える。ギドはともかく、馬車の持ち主で、一番身分の高いエーリッヒ様が窮屈なのはよくない。
「リヒャルト、こちらに座りなさい」
結果、リヒャルト、私、マリーで座ることが一番だと考えた。リヒャルトは殿方にしては小柄な方だ。私たち3人ならばそこまで狭くもないだろう。
リヒャルトが隣に座る。案の定、苦痛なほどは狭くならなかった。向かいのエーリッヒ様とギドも余裕そう。
「さて」
皆がエーリッヒ様を見る。無口な人だ。必要がないと喋らない。……いや、ギドが加わるまでは馬車の中は皆静かだった。
「これで揃ったようだ。自己紹介をしよう」
揃った……?
首を傾げると「まずは私からだ」と話し始めてしまった。
「エーリッヒ・ローゼン。25歳だ。前王であった兄が半年前に急逝し、それからユルンの王となっている」
新たな情報は特にない。
「へえ、あんた見た目よりも若いんだな。てっきり35くらいかと思ったぜ」
空気が凍った。言ったのはギドだった。
……誰も言わなかったことを。
思っていたとしても口に出さない方がいいことはたくさんある。今回のもそれだと当然のように判断したので誰も言わなかったに違いない。相手は王だ。しかもこれから行く国の。
エーリッヒ様の機嫌一つで扱いが変わると思えば迂闊なことなど言えるわけがない。大体失礼すぎて言うという選択肢すらなかった。
恐々とエーリッヒ様を見ると、エーリッヒ様は「よく言われる」となんでもないように頷いた。とりあえず怒っていなさそうなのでよかったが。
マリーがキッとギドを睨むと、ギドは「うわっ」と驚いたように声を上げた。どうやら悪気はないようだ。
エーリッヒ様が私を見た。これは次は私だと言っているのだろうか。
「リーゼロッテ・ヴァルデ、年は21です」
簡潔にそれだけ言うと、ギドが「それだけか?」と不満そうにし、そして言った。
「ヴァルデ家の当主で、第一王子の文官だ。第一王子派筆頭と言われていたし、次の執政官候補とも噂されていた。ま、追放されてぜんぶおじゃんだけどな」
なんでギドが、と思ったが、城の中でも気配を感じることがあったので、不思議なことではない。このメンバーの中で一番私のことに詳しいと言っても過言ではないだろう。
「……そういうことは必要ないでしょう。あまり喋らないで」
「へいへい」
エーリッヒ様の視線を受けて私は目を逸らした。別に隠しておきたいわけではない。だけどどれも分不相応だ。周りが勝手に言っていたこともあるし。
エーリッヒ様がリヒャルトに視線を向ける。リヒャルトは考えることなく口を開いた。
「リヒャルト・ヴァルデです。16歳で学生でした。世間も知らず、姉さんに守られてばかりの未熟者ですが、着いて来たことに後悔はありません。……この先で姉さんが幸せになれるなら」
なんと言えば良いのか分からなかった。優しい子ではあるし、リヒャルトの気持ちはなんとなく知っていた。だけどそれを面と向かって言われたのは初めて。
言葉を探していると、先にエーリッヒ様が頷いた。
「あの国にあのままいるよりは良い生活を送れるよう約束しよう」
リヒャルトは小さく感謝を述べた。次はマリーの番だった。
「マリー、26歳、平民です。12歳の頃にリーゼロッテ様に拾われた恩があります。どこまでも着いて行きます!」
「……熱烈だな」
エーリッヒ様が呟く。何故だか私の方が恥ずかしかった。マリーの気持ちは嬉しいけれど。
「ほら、ギド、あんたの番よ」
マリーに促されてギドは「別に言うほどのことはねえが」と言う。
「ギド。29歳。暗殺者。殺したい人がいるなら金を積めば殺してやる。あんたいないのか?王様なら邪魔なやつの1人や2人くらいいるだろ?」
「そうだな。半年前だったら頼んでいたかもしれないが、今は必要ない」
エーリッヒ様は表情を変えない。だから冗談なのか本気なのかよく分からない。
「それだけ?新しい情報なんて年齢くらいしかないじゃないの。もっと他に言うことないの?」
「お前らだって似たようなものじゃねえか」
マリーはどうもギドに対してよく突っかかる。遠慮がないというのもあるだろうが、あの屋敷で結構仲良くしたのだろうか。相手がギドでも、マリーが1人じゃなかったのならよかった。
私の言えたことではないかもしれないけれど。
「家族はいないの?両親は?」
「とっくの昔に病気で死んだ。俺のことを聞いたんだからお前も話せよ」
ギドが面倒くさそうに答える。マリーは「私の両親も病気で死んだわ」とあっさり答えた。
ギドと目が合う。偶然だろうが、私も親のことを話した方がいいのか。そう思いながらもどうせ皆知っていることだと思った。言っても言わなくても同じ。
「うちは父は12年前に、母は4年前に暗殺されているわ」
マリーが目を伏せた。一時、マリーと私は姉妹のように過ごした。マリーにとってもお父様とお母様は親のような存在だったはずだ。なんとなく空気が重くなった時、静かな声が言った。
「私も同じだ。両親は死んでいる。殺したのは恐らく兄だろうな。兄も死んだが」
沈黙が降りる。
まさかここにいる皆が家族がいないとは。なんとなく予想できたことではあったが、こうして言葉にするとなんと言って良いか分からない。
「……おい、この空気どうするんだよ!お前がこの話を始めたせいだぞ!」
ギドがこそこそと、だけど強い口調でマリーを責めた。マリーも負けじと言い返す。
「私はあんたに聞いただけじゃないの!話を振ったのはあんたよ!」
やいのやいのと言いながらだんだん声は大きくなっていき、最終的に怒鳴り合うようになった。
「大体なんだよ!俺にばっかり突っかかって来やがって!」
「その言葉そっくりそのまま返すわよ……!」
誰も止めない。エーリッヒ様は興味深そうに2人を見ていて、リヒャルトはそもそも興味がないようで外ばかりに視線を向けている。
これはどう収拾がつくのか、と眺めていた時、口を開いたのはエーリッヒ様だった。
「なんだ、イェンス、楽しそうだな」
2人の言い合いがピタッと止まる。そして聞こえたのは外からの笑い声。
「いいえ、面白い皆様ですね」
リヒャルトが「皆様?」と心外そうに呟いた。どうやら一緒にされたくないらしい。
「エーリッヒ様が楽しそうで良かった」
……エーリッヒ様は何も喋ってなかったし、表情も相変わらず仏頂面だけど。
「そう思うか?」
「ええ、私が何年一緒にいると思っているのです?声だけで分かりますよ」
穏やかにそう言った声は慈愛に満ちていた。エーリッヒ様も少し表情が柔らかいする気がする。2人の間には強い信頼があるのだと思った。
「今夜はあの村で休みましょう」
前方には小さな村が見えた。
窓の外をぼーっと眺める。景色はどんどん流れていく。
「お嬢、お嬢って!」
強いその声に視線を近くに戻す。ギドと目が合った。
「もしかしてそれ私を呼んでいたの?」
「他に誰がいるんだよ」
お嬢に該当する性別は私とマリーのみ。先程ギドがマリーのことを名前で呼んでいたことを考えると、どうやら私のことのようだ。
「なに?」
納得したので首を傾げるとギドは何故か怒った。
「何回も言ってるだろ!場所を変われ!」
ギド、エーリッヒ様、リヒャルトの順に一つのシートに座っている3人はとても窮屈そうだ。
男3人は確かに狭いだろう。私がそちらに座った方が少しは広くなりそう。腰を浮かしかけた時だった。
「リーゼロッテ様がそんな狭いところにお座りになるなんていけません」
マリーに袖を掴まれた。ギドがキレる。
「じゃあお前が変われっ!」
「リーゼロッテ様の隣に座れるほど偉くなってから言いなさい」
「お前はそんなに偉いのかよ……っ!」
鋭いツッコミだ。この2人は仲がいいのか悪いのか分からないが、相性はよさそう。
誰がどう座るのかが一番良いのかと考える。ギドはともかく、馬車の持ち主で、一番身分の高いエーリッヒ様が窮屈なのはよくない。
「リヒャルト、こちらに座りなさい」
結果、リヒャルト、私、マリーで座ることが一番だと考えた。リヒャルトは殿方にしては小柄な方だ。私たち3人ならばそこまで狭くもないだろう。
リヒャルトが隣に座る。案の定、苦痛なほどは狭くならなかった。向かいのエーリッヒ様とギドも余裕そう。
「さて」
皆がエーリッヒ様を見る。無口な人だ。必要がないと喋らない。……いや、ギドが加わるまでは馬車の中は皆静かだった。
「これで揃ったようだ。自己紹介をしよう」
揃った……?
首を傾げると「まずは私からだ」と話し始めてしまった。
「エーリッヒ・ローゼン。25歳だ。前王であった兄が半年前に急逝し、それからユルンの王となっている」
新たな情報は特にない。
「へえ、あんた見た目よりも若いんだな。てっきり35くらいかと思ったぜ」
空気が凍った。言ったのはギドだった。
……誰も言わなかったことを。
思っていたとしても口に出さない方がいいことはたくさんある。今回のもそれだと当然のように判断したので誰も言わなかったに違いない。相手は王だ。しかもこれから行く国の。
エーリッヒ様の機嫌一つで扱いが変わると思えば迂闊なことなど言えるわけがない。大体失礼すぎて言うという選択肢すらなかった。
恐々とエーリッヒ様を見ると、エーリッヒ様は「よく言われる」となんでもないように頷いた。とりあえず怒っていなさそうなのでよかったが。
マリーがキッとギドを睨むと、ギドは「うわっ」と驚いたように声を上げた。どうやら悪気はないようだ。
エーリッヒ様が私を見た。これは次は私だと言っているのだろうか。
「リーゼロッテ・ヴァルデ、年は21です」
簡潔にそれだけ言うと、ギドが「それだけか?」と不満そうにし、そして言った。
「ヴァルデ家の当主で、第一王子の文官だ。第一王子派筆頭と言われていたし、次の執政官候補とも噂されていた。ま、追放されてぜんぶおじゃんだけどな」
なんでギドが、と思ったが、城の中でも気配を感じることがあったので、不思議なことではない。このメンバーの中で一番私のことに詳しいと言っても過言ではないだろう。
「……そういうことは必要ないでしょう。あまり喋らないで」
「へいへい」
エーリッヒ様の視線を受けて私は目を逸らした。別に隠しておきたいわけではない。だけどどれも分不相応だ。周りが勝手に言っていたこともあるし。
エーリッヒ様がリヒャルトに視線を向ける。リヒャルトは考えることなく口を開いた。
「リヒャルト・ヴァルデです。16歳で学生でした。世間も知らず、姉さんに守られてばかりの未熟者ですが、着いて来たことに後悔はありません。……この先で姉さんが幸せになれるなら」
なんと言えば良いのか分からなかった。優しい子ではあるし、リヒャルトの気持ちはなんとなく知っていた。だけどそれを面と向かって言われたのは初めて。
言葉を探していると、先にエーリッヒ様が頷いた。
「あの国にあのままいるよりは良い生活を送れるよう約束しよう」
リヒャルトは小さく感謝を述べた。次はマリーの番だった。
「マリー、26歳、平民です。12歳の頃にリーゼロッテ様に拾われた恩があります。どこまでも着いて行きます!」
「……熱烈だな」
エーリッヒ様が呟く。何故だか私の方が恥ずかしかった。マリーの気持ちは嬉しいけれど。
「ほら、ギド、あんたの番よ」
マリーに促されてギドは「別に言うほどのことはねえが」と言う。
「ギド。29歳。暗殺者。殺したい人がいるなら金を積めば殺してやる。あんたいないのか?王様なら邪魔なやつの1人や2人くらいいるだろ?」
「そうだな。半年前だったら頼んでいたかもしれないが、今は必要ない」
エーリッヒ様は表情を変えない。だから冗談なのか本気なのかよく分からない。
「それだけ?新しい情報なんて年齢くらいしかないじゃないの。もっと他に言うことないの?」
「お前らだって似たようなものじゃねえか」
マリーはどうもギドに対してよく突っかかる。遠慮がないというのもあるだろうが、あの屋敷で結構仲良くしたのだろうか。相手がギドでも、マリーが1人じゃなかったのならよかった。
私の言えたことではないかもしれないけれど。
「家族はいないの?両親は?」
「とっくの昔に病気で死んだ。俺のことを聞いたんだからお前も話せよ」
ギドが面倒くさそうに答える。マリーは「私の両親も病気で死んだわ」とあっさり答えた。
ギドと目が合う。偶然だろうが、私も親のことを話した方がいいのか。そう思いながらもどうせ皆知っていることだと思った。言っても言わなくても同じ。
「うちは父は12年前に、母は4年前に暗殺されているわ」
マリーが目を伏せた。一時、マリーと私は姉妹のように過ごした。マリーにとってもお父様とお母様は親のような存在だったはずだ。なんとなく空気が重くなった時、静かな声が言った。
「私も同じだ。両親は死んでいる。殺したのは恐らく兄だろうな。兄も死んだが」
沈黙が降りる。
まさかここにいる皆が家族がいないとは。なんとなく予想できたことではあったが、こうして言葉にするとなんと言って良いか分からない。
「……おい、この空気どうするんだよ!お前がこの話を始めたせいだぞ!」
ギドがこそこそと、だけど強い口調でマリーを責めた。マリーも負けじと言い返す。
「私はあんたに聞いただけじゃないの!話を振ったのはあんたよ!」
やいのやいのと言いながらだんだん声は大きくなっていき、最終的に怒鳴り合うようになった。
「大体なんだよ!俺にばっかり突っかかって来やがって!」
「その言葉そっくりそのまま返すわよ……!」
誰も止めない。エーリッヒ様は興味深そうに2人を見ていて、リヒャルトはそもそも興味がないようで外ばかりに視線を向けている。
これはどう収拾がつくのか、と眺めていた時、口を開いたのはエーリッヒ様だった。
「なんだ、イェンス、楽しそうだな」
2人の言い合いがピタッと止まる。そして聞こえたのは外からの笑い声。
「いいえ、面白い皆様ですね」
リヒャルトが「皆様?」と心外そうに呟いた。どうやら一緒にされたくないらしい。
「エーリッヒ様が楽しそうで良かった」
……エーリッヒ様は何も喋ってなかったし、表情も相変わらず仏頂面だけど。
「そう思うか?」
「ええ、私が何年一緒にいると思っているのです?声だけで分かりますよ」
穏やかにそう言った声は慈愛に満ちていた。エーリッヒ様も少し表情が柔らかいする気がする。2人の間には強い信頼があるのだと思った。
「今夜はあの村で休みましょう」
前方には小さな村が見えた。
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