追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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「この先はまだ寒い。必要なら先の村で防寒着を買おう」


エーリッヒ様の言葉に反応したのはギドだった。なぜなら私たちは元々ユルンへ来ることが決まっていたので防寒着を用意しているから。今困っているのはギドだけだ。


「やっとかよ。教会からこっち街どころか村一つもねえ。ずっと自然しかねえんだもんな」

「いいじゃない。こんなにも自然を見るのは久しぶりよ」


ファルラニアでは見ない景色ばかり。だけど自然に囲まれるというのは存外気持ちがいい。久しぶりに心が安らいだ。

少し走ると馬車が村へと入った。エーリッヒ様を先頭に降りると、中年の女性がこちらを見て笑った。


「もしかしてエーリッヒ様かい……?久しぶりじゃない!随分と男前になったね」


大きな声だったので周りにいた人たちの視線もこちらへと向いた。敬語はなく、とても馴れ馴れしい態度だけど、エーリッヒ様は当たり前のように「ああ」と頷いた。

村人たちがエーリッヒ様を囲む。その表情はやはり変わることはないが、村の人達に気にした様子はない。エーリッヒ様を見ていると最初にエーリッヒ様に話しかけた女の人が私を見た。


「おや?お嬢ちゃんたちはどこから来たんだい?お、こっちのお兄ちゃんは偉い美形だね」


そんな風に話しかけられるのは初めてで、少し戸惑ってしまった。どういうふうに答えたらいいのか分からない。それはリヒャルトも同じなようで、視線が彷徨っている。


「あばちゃん、俺は?俺も結構イケてるだろ?」


そう言って前に出たのはギドだった。そのまま2人で話し出す。少しだけほっとした。リヒャルトも隣でため息をついていた。

その後、用意がなかったギドの防寒着を買い、昼食を食べることになった。村の食堂で5人で座る。


「はいよ、お待たせ」


料理を持って来たのは先ほどの女の人だった。女の人はエーリッヒ様を見て言う。


「このお嬢ちゃんはエーリッヒ様の嫁かい?可愛い子じゃないか」


思わぬ言葉に咽せそうになった。まさかそう見えるとは思わなかった。エーリッヒ様も少し驚いたようで、きまりが悪そうに私を見た。


「そうではない。そういうことはあまり言わないでくれ」


固く答えるエーリッヒ様に、女の人は豪快に笑った。


「相変わらずだね、エーリッヒ様は」


一度厨房へ入り、また料理を持って来る。


「エーリッヒ様は、言葉は少ないしムスッとしているけど、優しい人だ。お嬢ちゃんも勘違いしないでおくれよ」


エーリッヒ様は愛されているのだと思った。こんな風に言ってもらえるなんてきっと嬉しいだろう。


「ええ、寡黙だしいつも難しいお顔をされてられる方だけど、優しいことは知っています。だってあなた達にすごく慕われてますもの」


私がそう答えると女の人は「よく分かっているじゃない」と嬉しそうに笑った。

そしてもう一皿持ってくる。


「サービスだよ。ゆっくりしていっておくれ」


頬が緩んだ。寒いけれど、とてもあたたかいところだ。この国へ来たことは間違いではなかったのかもしれない。

その時ふと気が付いた。顔が強張ったのが自分でも分かった。テーブルに並んだ皿の一つを見る。見間違えじゃない。

リヒャルトとギドの視線を感じた。視線が合うと、「どいつだ?」と聞かれる。


「……まだ食べないでください」


エーリッヒ様にそれだけ言って、店の中、座っている人たちを見る。その中に1人見つけた。


「深緑の服の中年の男」

「りょーかい」


ギドは立ち上がるとその男の元へ一直線に歩いて行った。男が狼狽えて立ち上がった。


「あんた、俺達の料理に毒を盛っただろ」

「なっ……!」


明らかに焦った様子の男。店内がざわりとなる。


「悪いな、証拠はなくとも確証がある。ちょっと話しようぜ」


ギドが男の方に手をまわし、隣の椅子に座った。誰もがそちらに注目している。エーリッヒ様は全く戸惑いを見せなかった。


「お、俺はそんなことしていない、他のやつだ……」

「確証があるんだって。それで?誰を狙ったんだ?教えてくれよ」


強張っていた男の顔がどんどんと恐怖に歪んでいく。毒を盛ったことがバレたからか、ギドが怖いからか。どっちもかも。

込み上げてくる恐怖に勝てなかったのだろう。男はパニックになって走り出した。ただし逃げたのではない。まっすぐこちらへ向かって来ている。その延長線上にいるのはエーリッヒ様。

彼は眉をひそめて見るだけで動かない。私は適当に拾った小石を投げた。男の額に当たり、足が止まる。怪我をするほどの大きさではないけれどかなりの痛みはあるはず。


「おいおい、いきなり走り出すからだぜ?」


ギドはそう言いながら背後から男の首に腕を回した。かろうじて息はできるだろうがかなり苦しいはずだ。男はもがく。


「答えろよ。誰を狙ったんだ?」


男はうめくばかりで一向に答えない。ギドは力を緩めない。このままでは男の意識が飛んでしまう。そう思った時だった。


「ギド、離して良い。狙いは私だ。その顔は見覚えがある」


ぱっと手を離したギドは何事もなかったかのように椅子へ座ると、私に「これだけか?」と毒の入った皿を指さした。私の頷きを見て1人でさっさと別の皿の料理を食べ始める。


「感謝した方がいい。お前は救われたのだ」


エーリッヒ様の冷たい声が聞こえ、思わずそちらを見た。エーリッヒ様が見下ろしている男はキッと睨み返す。


「罰がなんだ!そんなもの怖くなんかねえよ!お前を殺せばドミニク様が王になるんだ!ドミニク様は娘を助けてくれる!」


ここでもまた『罰』だ。この国ではその言葉は何か意味を持っている気がする。


「知らないのか?兄はもう死んだ。私を殺せば他の者が王として立つだけだ。それは兄ではない」


『ドミニク様』はエーリッヒ様のお兄様。心の中のメモ帳に書き込む。


「お前の娘は金を出しても治らぬ病だ。それにお前は勘違いをしている。罰はお前だけではなくお前の娘も背負うことになるのだ」


衝撃に見開かれる目。私は今の会話で分かったことを整理する。

男はエーリッヒ様の前王であるお兄様の関係者。男の娘は病気で、前王は王になったら娘を助けてくれる。そのためにエーリッヒ様を毒殺しようとする。だが前王は死んでいて、罰は娘も受けなくてはならないので、エーリッヒ様を殺しても無意味。

……罰とは刑のことかしら?

なんとなく事情は分かったけど、少し違和感がある。まだ全てを読めていない感じ。キーワードは『罰』だろう。

周りの村人達の顔色がとても悪い。確かに同じ村から王を殺そうとする人が出たことは衝撃だろうが、それにしても顔色が悪すぎる。何かに怯えているようにも見える。


「大丈夫だ。誰も死んでいない。この男は牢にでも入れておけ」


周りの人がほっと息を吐き、男の腕を縛り上げる。


「娘は城で預かる。よく考え、心が変わったら来い」


男が返事をする前に連れて行かれた。


「……なんか異様な雰囲気ですね」

「僕も思った」


マリーの言葉にリヒャルトも頷く。ギドが食べながら呟いた。


「宗教だな。前に同じような雰囲気の村を見たことがある」


教会での祝福を思い出す。


「村人はともかく、王まで宗教にのめり込んでるなんて、やべえ国に来ちまったかもな」


ギドがため息をつきながらそう言う。エーリッヒ様には聞こえていないようだ。

ふと教会で会ったあの人のことを思い出した。エーリッヒ様は「厄介な老人」と呼んでいた。リヒャルトは納得したように頷いたが、私の考えはギドとは少し違うような気がした。
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