追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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誓いーーマリー

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小さな村だった。貧しいけれど穏やかな日々。父さんがいて、母さんがいて、村の人たちもいい人で、幸せだった。お金がなくても、お腹いっぱい食べられなくても幸せだった。村の人と結婚して、子供を産んで、孫が生まれて、ずっとそうして生きていくのだと思っていた。

それが変わったのは12歳の時だった。一人の旅人が村を訪れた。彼は倒れた。村の皆が疲れからくる熱だと思っていた。だけど違ったのだ。

村人は次々と倒れた。高熱が続き、最後には死ぬ。流行病だともっと早く気が付いていればどうにかなったのか、それは分からない。3ヶ月もせずに村人は大半が死んだ。その頃、父と母も倒れた。


「マリー、村を出なさい。隣のパウルと一緒に。ここではもう生きていけない」

「嫌、嫌よ。父さんと母さんを置いていけない」


カタ、と背後で音がした。振り返るとパウルが立っていた。


「……マリー、親父が死んだ。お袋ももう死ぬ」

「パウル……?」


頬に涙の跡がある。パウルはいつもの悪ガキの顔ではない。鋭い目で私を見ると、右手を掴んだ。強い力だった。


「行くぞ」


引きずられるように歩きながらも、私は抵抗した。


「だめよ、父さんと母さんの看病をしないと……!このままじゃ」

「無駄だ!」


大きな声が私の言葉を遮った。振り返ったパウルの苦しそうな顔を見て、もうダメなのだと悟った。


「看病して治るなら皆治ってる。何人が死んだ?これから何人が死ぬ?最後の一人が死ぬまでだ。ここにいたら俺たちだって死ぬ」


パウルの真剣な顔など初めて見た。涙が溢れた。パウルに手を引かれて森に入った。村を出たのは二人とも初めてで、どこへ行けばいいかなど全く分からなかった。

昼は歩き、夜は木の根元で寝た。夏だから凍えることはなかったが、喉の渇きに苦しめられた。

パウルは言った。もう皆病気になった。俺たちもいつ発症するか分からない、と。とにかく助けてくれる誰かを探すしかないのだと。

3日目にパウルが倒れた。


「パウル……!」


駆け寄り、抱き上げるとあまりの熱さに驚いた。村の人たちと同じだ。呆然とする私を押し退け、パウルは言った。


「いい、お前はまだ動けるだろ。行け」

「いや……!」


パチン、と小さな音と、左頬に痛みが走った。叩かれたのだ、と気が付きパウルを見ると、パウルは笑った。


「マリー、生きろ。生きて、村のことを誰かに伝えろ。じゃないと親父たちはずっとあのままだ」


溢れそうになった涙を唇を噛んで堪えた。あの森の奥の小さな寂しい村。もう既に死体を埋める体力がある人はいない。あのままだと動物に食い荒らされるだろう。パウルの言う通りだ。


「絶対に助けに来るから。死なないで……!」


走った。ただただ走った。自分がどこへ向かっているのかも分からず走った。方向などもはや分からなかった。一日も経たない内に私も体が熱くなった。それでも足を動かした。力の入らない足で、倒れても這ってでも進んだ。ただ生きたいと思った。パウルとまた会うために。

根性だけで這っていると森の終わりが見えた。残った力を振り絞って立ち上がり歩いた。たった数メートルが遥か先のように見えた。とうとう私は道に出た。しかし周りに家は見えない。人の姿もない。

もう立っていられず、私は道の真ん中に倒れた。朦朧とする意識の中でガラガラという音を聞いた。馬車の音だ。私はここで轢かれて死ぬのだと思った。



夢を見た。父さんと母さんと幸せに暮らす夢。パウルと結婚して子供を産む夢。もうどれも叶わない。

何度も目が覚めた。右手がずっと冷たかった。柔らかくて冷たい何かが触れている。何度目かに目が覚めた時にそれが手だと気が付いた。だけど誰の手なのかは見えなかった。

起きた時、そこは天国だと思った。高い天井に白い壁、床。ふかふかでいい匂いのする布団にうちよりも広い部屋。私はやはりあの時馬車に轢かれたか、村の皆と同じ病気で死んだのだ、と納得した。

だから、扉が開いて顔を出した女の子は天使だと本気で思った。村で一番可愛いと言われていた友達ですら比べ物にならない容姿も、艶やかな髪も天使だから当たり前だと。

しかし私は死んでいなかった。確かにそこは天国ではあったが、私が思った天国ではなかった。


「良かったわ、頑張ったわね」


笑顔の綺麗な女の人が言った。


「何も心配しなくていい」


穏やかな男の人が言った。


「あなたのお名前を聞いてもいい?」


私よりも小さなとても可愛い天使が言った。


「マリー」

「私はリーゼロッテよ。よろしくね」

「リーゼロッテ、様……」


偉い人だとは分かっていた。差し出された右手を握ってもいいのかと迷い、恐る恐る握る。そしてあの冷たい手の持ち主がこの子だったのだと知った。その瞬間涙が溢れた。女の子は驚いたように手を引いた。


「わわ、ごめんなさい。私、手が冷たいってよく言われるの」

「ち、違う……そうじゃないの」


困らせたいわけではなかった。だけど今生きているのだと思ったら涙が止まらない。はっとした。


「パウルは……?村の人たちは?」


あれから何日経っているのだろう。もう手遅れだったら?と心臓がバクバクした。私だけ柔らかなベッドで寝ていたなんて、そんなこと自分で自分が許せない。

3人はそっと視線を伏せた。


「君は、意識を失う直前に『村を』と言ったんだ。それで山狩りをした。だけど見つけたのは3日後で、村の人たちは皆死んでいた。丁寧に埋葬したよ」


血の気が引いた。だけどなんとなく予想はしていた。


「パウルは……山の中に男の子が一人いなかった?」

「あの子はパウルと言うのだね。パウルは次の日に見つかった。生きていたよ」


光がさした。それなら、と言おうとして、3人の表情が暗いことに気が付いた。


「だけどもう間に合わなかった。昨日息を引き取ったよ」


息を引き取ったと言う意味は分からなかったけど死んでしまったことだけは分かった。言葉が出なかった。俯くと涙が滲んだ。

私がもっと早くに村を出ていたら皆助かったのだろうか。パウルは死ななかったのだろうか。私が、もっと早くーー。

パタ、と涙が落ちた。だけどそれは私のではなかった。


「ごめんなさい……助けられなくてごめんなさい……!」


リーゼロッテ様だった。助けられなかった、助けたかった、と声をあげて泣いていた。なんて人なのだと思った。ただの平民の私を救い、手を握ってくれた。会ったこともない村の人たちを助けたかったと泣いた。私よりも小さいのに。

私はこの方に一生を捧げようと誓った。


リーゼロッテ様と共に過ごした。ご主人様と奥様は敬語も使えない、読み書きもできない、簡単な計算すらできない私に教育を施してくれた。リーゼロッテ様は家族を愛しており、ご主人様の素晴らしさ、奥様の優しさ、リヒャルト様の可愛さを毎日語っていた。私はそれを聞くのがとても楽しかった。

しかしその日々も2年で終わりを迎えた。ご主人様が亡くなった。リーゼロッテ様は何かに怯えるようになり、屋敷の侍女、侍従、使用人の半数以上を解雇した。その中にリヒャルト様の教師もいて、リーゼロッテ様は自らがリヒャルト様の教育をした。一度見たことがあるそれは、本当にリーゼロッテ様なのかと思うくらい厳しかった。

ある日、リーゼロッテ様と庭にいると、向こうの方にリヒャルト様がいるのを見た。最近、リーゼロッテ様はリヒャルト様に厳しい態度ばかりとられる。もしかして時期当主の座を羨んでいるのだろうか。そう思っていた。だけどリーゼロッテ様は目を細めて愛しそうにリヒャルト様を見ていた。私は聞いた。


「リーゼロッテ様はリヒャルト様を愛してられるのに、どうして厳しく接するのですか?」

「リヒャルトは時期当主になるの。誰にも甘えられない立場になるのよ。強くならなければいけないわ。だから私が厳しくするの。愛も優しさもお母様や周りの人がくれるわ。だけど厳しい人はいないもの」


理不尽を知らないと生きていけないわ。リーゼロッテ様はそう言った。まだ9歳の子供が言うことだとは到底思えなかった。


「……例え世の中の全てがリーゼロッテ様の敵になろうとも、私だけはリーゼロッテ様のお側にいます。絶対に」


そんな月並みな言葉しか出なかったことが悔しかった。私の心はもっと強い気持ちなのに。リーゼロッテ様は「ありがとう」と嬉しそうに笑った。

だけど、少しすると私はリーゼロッテ様から遠ざけられた。使用人として屋敷に残ることは許されたが、言葉を交わすどころか姿すら見ることができなかった。もうリーゼロッテ様に私は必要ないのだと思った。それでも少しでも近くにいたくてずっとヴァルデ家の使用人として生きようと思った。


だから、リーゼロッテ様がユルンに一緒に来てくれと言った時は驚いた。驚いて、嬉しくて、もう言葉では表せない気持ちだった。

迷わなかった。行く先でどんな扱いを受けてもいい。リーゼロッテ様と離れるくらいならどんな苦行でも受けられる。

私は誓ったのだから。リーゼロッテ様の手が冷たいことを知った日、誰かの為に涙を流す姿を見た日、そして一人で立とうとする姿を見た時、リーゼロッテ様に全てを捧げると。


「……例えリーゼロッテ様の歩む道の先にどのような地獄が広がっていようとも、私はどこまでもお供致します」
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