池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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クリスの来訪

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「バルトルト、もう少しペースをあげましょう」


ぐっと地面を蹴っていつもより早めに走ると、とても気分が良かった。

バルトルトも私の横にぴったりとついて走っている。


「お姉さま、頑張ってください!」

「ありがとう、カミラ」


私と一緒に剣の稽古をしたいと言っていたカミラは、今はベンチに座ってこっちを見ている。

あの日、お義母様との話が終わった後、私はカミラと一緒に走った。

だけどカミラにはまだきつかったようで、すぐに値を上げたのだ。

それから一週間、カミラは一緒には稽古しないけど、毎日見学している。

まあ別に体力がなくても令嬢には関係ないしね。それにカミラはようやく外に出られるようになったんだから、無理をする必要はないと思うし。


「ねえ、バルトルト、わたくし、あとどのくらいで剣を持てるようになるかしら?」

「まだまだですな。最低でもあとひと月はこの調子で頑張っていただきます」


そりゃそうよね。まだひと月も経ってないしね。

バルトルトの返事には特にがっかりすることはない。そもそもただ聞いてみただけだし。

それにしても暑い。夏も終わりでしょ。なんでまだこんなにも暑いのよ。何、もしかしてこっちの世界は向こうとは四季が違うの? 夏が長いとか? うわぁ、それは嫌だな。

全く衰えない暑さにそう思っていると、向こうの方から誰かが歩いて来るのが分かった。

うん?

思わず足が止まり、少し遅れてバルトルトも足を止めて振り返る。


「カミラ、はあそこにいるわね。じゃああれは誰かしら?」


気のせいかと思ったけど、多分気のせいじゃない。

いつもの私と同じような可愛いワンピースを着た女の子だ。

どこかの令嬢? なわけないよね。だって一人だし。でもあんなフリフリのワンピースをその辺の子供が来ているわけないよね。


「ふむ、この屋敷では見たことがないですな」

「間違いなくこっちに来ているわよね?」

「そうですね」


クルトお兄様の友達?

手を止めてこっちを見ているクルトお兄様に視線を送ると、首を横に振られた。

お兄様の知り合いじゃないのか。というかこの距離でよく顔まで見えるな。私にはよく見えないんだけど。

カミラは外に知り合いもいるはずないし……。


「あ!」


段々近付いてきて顔がはっきり見えた。あの子は間違いなく私のお客さんだ。

なんでこんなところに一人でいるのよ……。

頭を抱えたくなったが、とりあえず私もそっちに向かって歩いた。


「こんにちは、クリスティーナ様。どうしてこちらにいるのかしら?」

「こんにちは、エレナ様。もちろん遊びに来ましてよ」


にっこりと令嬢らしい笑みを浮かべると、クリスも令嬢らしく笑った。

あのお茶会の日に会ったクリスよね、間違いなく。


「お一人で、ですか?」

「ええ」


そう頷きながらクリスはバルトルトをちらっと見た。意図を察してため息をつきたくなった。


「バルトルト、悪いけれど、二人で話させてもらえるかしら? わたくしのお友達です。後で紹介しますわ」

「はっ」


バルトルトがカミラたちの方へと歩いて行く。よく見ると、皆こっちを見ていた。

まだアリアにもクリスのこと話していないしな……。


「それで、どうやっていらしたの?」

「もちろん、歩いて来たよ」

「ですよねぇ」


普通に話しても聞こえない距離ではあるけど、念のためこそこそと小さな声で話す。アリアがこっちの様子を伺っているのが視界の端に見える。


「歩いて来てもよろしいの? 怒られません?」

「大丈夫だよ。うちの母様寛大だから。みっともない真似だけしなかったらいいって。だからエレナに会いに来ちゃった」


それは寛大なんじゃなくて、諦められているのでは。と思ったが、言わない。一応友達?だし。


「クリス、うちでは一人で歩いてよその家に行くことは普通ではありません」

「うん、うちもだよ」


笑顔で明るく頷いたクリスに、私はため息が抑えられなかった。

悪い子じゃないと思うけど、変だ。とても変わっている。


「……そう」


友達が家に遊びに来るのは普通に嬉しい。ただ、一つ問題は、クリスといたら軽い口調がうつってしまいそうになる。

せっかく頑張って言葉遣いをマスターしたのに……。

肩を落として皆の方へと向かう。クリスはとても機嫌が良さそうに、るんるんと歩いている。


「エレナ、そちらは?」


クルトお兄様が私の説明を待てなかったのか、クリスへと視線を向けた。

私はにっこりと笑う。


「先日のお茶会で会いましたの。今日はわざわざ遊びにいらしてくれたそうですわ」

「クリスティーナ・クレヴィングです。仲良くしてくださいませ」

「エレナの兄、クルトです。こっちは妹のカミラ。こちらこそよろしく」


お互い微笑んで終わり。

あれ、初対面の挨拶はしないのかな。私もクリスとはしてないけど……。

身分差がある時だけなのかな。それとも公の場ではないから? ……後でアリアに聞いてみよう。


「ところで、今は何をされておられましたの?」

「今は剣のお稽古ですわ。そうは言ってもわたくしはまだ体力づくりですけどね」


クリスは驚いたように私の顔を見て、笑った。

もしかして、一緒にするって言うんじゃ……。

まだ会うのは二回目だし、ちゃんと話もしていないけど、なんとなく嫌な予感がした。

それはまずいよ。よそ様の令嬢に剣の稽古をさせるって……クリスのお母さんに知られたら私が怒られちゃうよ!


「あの、クリス様……」

「わたくしもご一緒させていただきたいわ。よろしいでしょう?」


にっこりと微笑まれて、私は駄目とは言えなかった。

だって私もしてるし……!

こうしてクリスは毎日うちに来て、一緒に剣のお稽古をすることになった。


ちなみに、後でアリアに確認した初対面の挨拶の件は、自分よりも身分が高い人に対してするものだそうだ。
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