池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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ベアトリクスの突撃

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暑い夏がやって来た。だけど暑いからと言ってこれ以上の薄着はできない。私は魔法で部屋の温度を丁度良くして過ごしていた。

魔法陣はあるから外よりは涼しいけど、もう少し涼しい方がいいんだよね。

だがそれはお城ではできない。私が魔法を使えることを知っているのはクリスとカイ、そしてヨハンだけだからだ。もう少し待てば、秋になれば私の誕生日が来る。そしたら魔法だって堂々と使えるのに……!

だが秋になれば冷房はもう必要ない。切実に魔法を使いたいのは今なのだ。仕方がない。来年からは絶対に快適に過ごすぞ!

その一心で私はひたすら魔法の勉強をした。


いつもの部屋でクリスと二人でお喋りをしていた時だった。ドアの向こうに人の気配を感じた。足音が複数。

勉強も剣のお稽古もそれぞれ進み方が違うので、バラバラなことがある。だから私はてっきり誰かが帰って来たのだと思った。

勢いよく開かれた扉の向こう側。そこにいたのはベアトリクスだった。またノック無しか。

それにしても直接話すのは久しぶりだ。何回かお城の中で見かけていたし、ベアトリクスの仕業らしい襲撃はあったけど。

ベアトリクスはきょろきょろと部屋の中を見回して、私を見た。そしてふん、と鼻を鳴らす。


「頭を下げなさい、わたくしを誰だと思っているの?」


うん? いきなり入ってきてそれ? 傲慢な態度は相変わらず。身分を笠に着ているのも相変わらず。一年経ち、少しは成長がみられるかと思ったが、変わったのは見た目だけだったようだ。

まだ学校に入学していないから私もベアトリクスも貴族じゃないよ。言うのも面倒で、にっこりと笑うと、ベアトリクスは私を睨んだ。


「無礼よ! わたくしは魔法学校への入学案内があったのよ! わたくしは貴族よ!」


入学案内? 何それ、私知らないんだけど。もしかして私学校入れないの? エレナは学校行っていたよね!? なんで!?

表情に出さないように気を付けてはいるが、内心大慌てだ。ずっと学校に入る前提だった。もし学校に入れなかったら貴族になれない私はどうなるんだろう。あれ、でも学校って言っても一つじゃないよね? 他の学校に入ったら貴族になれるんだよね。

だってそうじゃないと貴族になれる子供なんてほんのちょっとだもん。ああ、でもできれば皆と同じ学校に入りたい……!


「それわたくしにもありましたわよ。正式には魔力量が受験資格に達していることへの通知でしたよね。貴族として認められるのは受験に合格し、入学してからじゃありませんこと?」


クリスの言葉にほっと息をつく。なるほど、魔力量に関することなら誕生日が来てからだよね。よかった。

ベアトリクスは、う、と言葉に詰まって、責める方向を変えてきた。


「それにしても、あなたがここで殿方に囲まれていることを、あなたの婚約者は知っているのかしら?」


そういえば婚約者いたな。最後に会ったのはいつだっけ。先月? ローマン侯爵家でお茶会した時だ。あれ以来何度か会っているラルフだが、会うたびに私を伯爵家の娘だと蔑み、礼儀知らずだと罵られる。

流石に両家の親がそろっているお茶会ではそんなことはなかったが、婚約者である私へと笑顔を向けないどころか、話も振って来なかった。


「もちろん知らないのでしょう。自分の婚約者がこのように外聞の悪いことをしているのは、許せるはずがありませんものね」

「あら、ラルフ様はご存じですわ」


だって最初のあの日一緒に連れて来たし。私の言葉にベアトリクスはぽかんとしていた。本当に知らないのだと思っていたようで、私を脅すつもりだったのだろう。

ラルフもベアトリクスも本当に残念な頭だ。


「クラッセン公爵令嬢、わたくし、ここへは遊びに来ているわけではありませんの。わたくしは王命でお城へとお勉強をしに来ていますのよ。もちろん、皆様とお茶をすることはございますが。それでも殿方と二人きりにはならないように気を付けておりますもの」

「王命……」


呆然とそう呟くベアトリクス。あれ、そんなにびっくりするようなことなの?


「こ、このわたくしとの婚約を断っておきながらこんな女を!? しかも婚約者もちの伯爵家の娘を!? 信じられない! 陛下は何を考えているのよ!!」


今度は急に怒り出した。いや、何、そんな怒ることあった? いきなり怒るって怖いんだけど。

手元に何かあったら投げるような勢いだ。そして今度は陛下への文句を言い始めた。

……いやいや、お城の中で陛下の悪口を言うってやばくない? メイドさんも止めなよ。何人かいるのに誰も止めないってどういうこと?


「クラッセン公爵令嬢! いけません! お止めください!」

「わたくしに指図するなんて何様のつもりなの!?」


私の制止も聞かず、ベアトリクスはどんどんヒートアップしていく。

いや、ほんとにやばいって。これ不敬罪だよ。処刑されてもおかしくないよ。しかもめっちゃ声大きいし。クリスは全く止めようとしない。私が必死に止めているのを見ているだけだ。

誰も来ない内に止めようと思い、立ち上がってベアトリクスに近付く。


「クラッセン公爵令嬢!!」

「うるさい!」


途端、頬から脳へと衝撃が走り、私は勢いのまま後ろへとこけた。一瞬何があったのか理解できなくて、ベアトリクスを見上げる。ベアトリクスは私を見下ろしたまま、感情的に私を罵っている。

口の中に血の味が広がった。

嘘でしょ……せめて平手でしょ。今グーパンだったんだけど。仮にも公爵令嬢でしょ? グーは止めようよ……。というか、殴った手痛くないのかな。

痛いけど、それ以上に令嬢にグーで殴られたことがショックだった。私は今まで令嬢らしく、と頑張って来たのに本物の令嬢が令嬢らしくない行動をするなんて……。

ベアトリクスの後ろに立っているメイドさんたちは流石にやばいと思ったのかおろおろしている。が、誰も止めない。というか、止められないんだろうな。

さて、どうしようか。立ち上がる気力もなく、こけた体勢のままベアトリクスを見上げて考えていた時だった。冷静な声が部屋の中に響いた。
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