池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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ヨハンとヘンドリック

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「陛下への悪口が聞こえてきたのはこの部屋かな」


その声に皆がはっとして扉の方を見た。ベアトリクスでさえも言葉を切って振り返る。的確なその言葉で、ようやく自分の言ったことがどういうことなのか気付いたのだろうか、ばっと手で口を押える。


「大丈夫? エレナちゃん」

「……ヨハン様、と、ヘンドリックお兄様?」


なんでヘンドリックお兄様がここに? お兄様は冷たい目で私を見ていたが、すっと私の前へと来る。ベアトリクスが思わずと言った様子で後ずさりし、お兄様は私を見下ろした。会うのは一年ぶりだけど、更に冷たくなっている気がする。


「立て」

「え……?」


何を言われるかと身構えていたし、まさか、実の兄から心配もされずにそんなことを言われるとは思わなかったし。とにかく私はその言葉をすぐに理解することができなかった。

お兄様は変わらず冷たい目で私を見下ろして、手を貸してくれるわけでもない。


「二度も言わせるな。お前が私の妹だというのなら立て。その程度でこけるな」


私が、ヘンドリックお兄様の、妹だと思うのなら……。

ほっぺも口の中も痛い。お兄様はとても冷たい。心が折れそうな状況。だけど気が付いたら私は立ち上がっていた。


「わたくしはヘンドリックお兄様の妹です」


とても冷たい目と声。私を毛嫌いしていることは知っている。それ以外のことは何も知らない。だけど、なぜかこの人に認められたいと思った。

ヘンドリックお兄様は私を一瞥すると、ベアトリクスへと向き直った。ヨハンは私を見て微笑むと、お兄様の横に立つ。私からは二人の背中しか見えない。

エレナより五つ上だけど愛玲奈よりは年下のその背中がとても頼もしく見えた。


「クラッセン公爵令嬢、ご自分が何を言ったお分かりでしょうか?」

「言いたかったら言いなさいよ。カイ様にでも陛下にでも! だけど伯爵家ごときが何を言っても無駄よ」


ベアトリクスの傲慢な声が聞こえる。きっと悪いのは周りの大人たちだ。公爵家の令嬢だからって甘やかして、誰も怒らなかったのだろう。さっき誰も彼女を止めなかったように。

今まで好き放題してきたに違いない。


「陛下は聞いている。お前の口から直接、な」

「は?」


はい? 陛下いるの? きょろきょろしてみるが姿は見えない。どういうことだろう。


「私たちは陛下に用があったのでさっきまで執務室におりました。すると、あなたの声が届いたのです。もちろん、その場におられた陛下も聞いておられます」


声を届けるって風の魔法だよね。ばっと振り返ってクリスを見る。クリスは俯いたまま視線をあげなかった。

……様子がおかしい。


「出来る妹を持つと誇らしいね」


ヨハンがそう笑って言う。


「陛下からの伝言を預かっています。『今回は許す。だが次はない。もう二度と城へは来るな』。以上です」


ベアトリクスはきっと顔色が悪くなっているだろう。言葉が出ないに違いない。だっていまだにカイの婚約者席を狙っていたのだから。これでその道はとぎれたと言っても過言ではない。

少し沈黙が降り、そしてすぐにばたばたと部屋を出て行く足音が聞こえた。

……だから令嬢の足音じゃないって。学校に入って貴族だと認められたらこの国で一番身分の高い令嬢になるんだよね、多分。それがこれって残念過ぎる。

そんなことを考えていると、ヨハンとお兄様がくるっと振り返った。向こう側にはもう誰の姿もない。いや、執事さんが開いたままの扉を閉めていた。


「助けて下さり、ありがとうございました」


二人へと頭を下げると、ぽんと、優しくなでる手があった。まさかお兄様ではないだろうけど、一応確認するとやはりヨハンだった。そしてそのまま私の横をすり抜けると、俯いているままのクリスの前に立った。

やはりクリスの様子がおかしい。あんなクリスは見たことがない。


「クリス、ちゃんとエレナちゃんを見なさい」


え、待って、見ないで! 絶対ほっぺ腫れてるじゃん! 絶対今ブサイクじゃん! はっとして慌てて手でほっぺを覆う。クリスは私へと視線を向けると顔を歪めた。


「どうするべきだったか分かるね?」


ヨハンの言葉にクリスが小さく頷く。いや、待って、どういう状況!? え、ヨハン怒ってんの!? クリス怒られているの!? なんで!?


「……あの、ヨハン様? どうしてそんなに怒ってらっしゃるのですか?」


ヨハンとクリスを見るが何も言わない。ヘンドリックお兄様を見上げてみるが、お兄様も私を目が合うとふん、とそらした。……また何も分かってないの私だけ!!


「エレナ、ごめん。私何もできなくて」


クリスがすっと私の前へ来る。今にも泣いてしまいそうな表情だ。いつものクリスと違いすぎて、私はどう反応したらいいのか分からない。


「何もできなくはないでしょう。ちゃんと魔法を使って助けてくれたじゃない。おかげで今後はこのお城の中では心穏やかに過ごせそうですもの」


行き帰りは護衛付き。家以外で唯一護衛の外れるお城の中。直接手は出せなくてもあちこちからベアトリクスの視線を感じていた。別に害はないけどうっとおしかったからね。

クリスは勢いよく私に抱き着くと、ぐすぐすと泣き出してしまった。え、これどうしたらいいの? 友達に抱き着かれて泣かれるって愛玲奈時代にも経験したことないんだけど。

助けを求めてヨハンを見ると、仕方なさそうに肩をすくめた。そしてそのまま自分の椅子に座った。お兄ちゃん当てにならないよ!! 私は戸惑いながらもその背を撫でた。
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