池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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光の魔法

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「おい、騎士は呼んだんだろうな」


ヘンドリックお兄様だった。私へと視線を向けることはなく、苦しんでいる男たちを見ながら言った。


「ああ、もうすぐ来ると思う。だから死なない程度で頼むよ」


次いで後ろから聞こえた声に振り返る。


「ヨハン様!」


ヨハンがカイの隣にしゃがんでいた。ヨハンは私を見ると、作ったような微笑みを浮かべた。私もはっとしてしゃがみこむ。

息はしている。だけど意識はない。ばっと服をめくると、真っ赤になったお腹が見えた。傷口は血でよく見えない。分かるのは今でも血は止まっていないということだ。


「……かなり危ない」


上から聞こえた声はヘンドリックお兄様だった。お兄様は私の上からカイを覗き込んで舌打ちをした。その後ろに倒れている男たちが見えた。

あっちはどうにかなった。だけどカイは……私のせいだ。私が油断していたから。もっと周りを気を付けなかったから。


「ヨハン様、殿下は、助かるのでしょうか」


そう言う私の声が震えていた。怖い。今まで近しい人が死んだことなんてない。しかもこんな目の前で。

私の言葉にヨハン様は首を振った。


「難しいだろう。怪我を治す魔法陣はまだ完成していない」


怪我を治す魔法陣。

……魔法陣じゃなくて魔法だけど私使えるじゃん。今までテンパってて忘れていたけど。私だったらカイを助けれられる? だけど今ここで治してしまうと私が光の属性を持っていることは明らかになるだろう。

そう考えて首を振る。そんなことどうでもいい。私にしか助けられないならするしかないじゃん。

魔法でタクトを作る。今まで人前で魔法を使う時はタクト無しでしてきたけど、やっぱりある方が使いやすいのだ。ヨハンは私の手に現れたタクトを見て目を見張った。

……水と風だけだって言っているしね。もういいよ。びっくりでもなんでもしていればいい。私はカイを助けるのだから。

タクトを振って傷がふさがるイメージをする。ついでに輸血のイメージも。ちょっとずつだった。だけどちょっとずつでも傷はふさがっていく。最終的には傷口は全くなくなり、流れた血だけが残った。

……できた? 血も少しは戻ったと思うんだけど、なんせこんな大きな傷を治すのは初めてなので分からない。水魔法で血を全て洗い流す。

さっきまで土色だったカイの顔に少しだけだが赤みがさしていた。


「これで、助かりますか?」


カイから視線を上げないままそう言った私の言葉に返事はなかった。不思議に思って顔を上げると、ヨハンは信じられない物を見たような表情で私を見ていた。

いや、見たような、じゃなくて見たんだよね。そりゃ伝説にもなるような光の魔力だもん。ふいと上に視線を向けると、お兄様はため息をついて、仕方なさそうに口を開いた。


「助かるだろう」


その時、騎士が何人も来た。中にはヴェルナー様もいた。ヴェルナー様は全体をさっと一瞥すると、テキパキと指示を出し始めた。男たちが捕縛されて連れていかれる。そしてカイも運ばれていく。

もう大丈夫。そう思うとようやくほっと息をつくことができた。

だけど私はこれからどうなるのだろうか。どうか、今まで通りの生活を許可して欲しい。この魔力を使うために、とお城へ閉じ込められ、学校へ行くことも許されない可能性がある、とアリアが言っていた。

気持ちはわかる。この力でいくつもの命が救える。怪我は治せるし、薬草から薬を作ることもできる。しかも私は他にも四つの属性を持っている。国にとってこんなにも都合のいい魔力持ちは他にいないだろう。

不安になって、私は思わずそこにあった服の裾を握った。

ひっぱられた感覚が分かったのか、ヘンドリックお兄様が「おい」と私を見た。だけど離さない。こんな冷たい目をしていてもお兄様だ。本当ならヨハンの方がよかったけどあっちにいるし。いないよりはマシだ。

ヴェルナー様が私たちの方を見た。


「状況の説明を求める」


全部を知っているのは私だ。私が口を開こうとすると、先にお兄様が言った。


「それは陛下へとします。面会の手続きを」


ヴェルナー様が頷いて、すぐに陛下の執務室へと向かった。きゅっと手に力を入れると、お兄様は呆れたように私を見た。


「離せ」


なんでよ、妹が不安がっているんだから少しくらい服を貸してくれてもいいじゃん。汚すわけじゃないんだから! ムカついて、私は更に力いっぱい握る。


「嫌です」


まさか私がそう言うとは思わなかったのか、お兄様は少し驚いたような表情を浮かべた。が、何も言わない。ヨハンが私達の方へとやってきて、服を握っている私の手に視線を向ける。


「エレナちゃん、よく頑張ったね」


そう言って頭を撫でられ、何とも言えない気持ちが込み上がって来た。嬉しさと後悔と情けなさ。

喋ったら泣いてしまいそうになり、私は何も言葉を発せなかった。目に涙を浮かべる私を見て、ヨハンは困ったような表情を浮かべた。

頑張ったねって言ってもらえたのは素直に嬉しい。だけどそもそもは私のせいだ。私が油断していたから。私が冷静でいられなくて、光の魔法を忘れていたから。

油断していなかったら、すぐに怪我を治せたら、そしたらきっとカイはあんな危ない目には合わなかった。

そう思っていたら勢いよく、ドン、と突き飛ばされた。後ろへとたたらを踏んで、こけないように踏ん張る。

前を向くとお兄様の冷たい目が私を見ていた。


「またこけるのか」


――お前が私の妹だというのなら立て。その程度でこけるな。

前のお兄様の言葉が頭の中に響く。むかっとした。私のことをそんなに嫌いではないと言いながらも、こんな時でも少しも優しくしてくれないことに。

……だけど来てくれたもん。もしかしたらカイの為だったのかもしれないけど。


「こけません。わたくしはヘンドリック・フィオーレの妹、エレナ・フィオーレですもの」


真っすぐにヘンドリックお兄様を見据えてそう言うことができた。以前の私だったらどうでもよかった。ヘンドリックお兄様に認められなくても、なんと思われても。だけど、今は違う。

このかっこいいお兄様に認められたいし、できれば嫌われたくない。私はきっともう前の愛玲奈ではない。エレナになってしまったのだ。

ヘンドリックお兄様は、満足そうにふん、と鼻で笑った。


「上出来だ」


……上出来だ? え、もしかして褒められた?

じわじわと喜びが込み上がってくる。頬が緩むどころではない。心のままに笑顔を浮かべると、それを見たお兄様は少し呆れたような表情を浮かべ、「行くぞ」と踵を返した。
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