池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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罪悪感

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ヘンドリックお兄様とヨハンと一緒に陛下の執務室へと入ると、陛下は頭を抱えていた。すでに人払いはされているとはいえ、陛下へ挨拶もなしというわけにはいかない。

ちら、と私を見ただけで何も言わない陛下に、私が膝をつこうとすると、お兄様が後ろから私を押しのけて前に出た。


「陛下、このままではよくないのでは?」


お兄様の言葉に顔を上げた陛下は、苦々しい笑みを浮かべた。


「そなたの目は本当に父そっくりだな」


お兄様の目がお父様の目とそっくり? お父様もこんな冷たい目するの?

そう思って、この場にお父様がいないことに今気が付いた。いつもは周りにいる執事さん達もいない。この部屋の中は陛下とお兄様、ヨハン、そして私だけだった。


「ヘンドリック、相手はクラッセン公爵家だ。証拠もないこの事件では処罰なんてできないだろう」


ヨハンが私の後ろからお兄様へと言ったが、お兄様はヨハンを見もしない。


「証拠なんていくらでも捏造できる。あの家は放っておいたらダメだ。今までは目を瞑って来たのでしょうが、潮時です」


いやいやいや、捏造は駄目だよ。……というかそんなに堂々と皇帝陛下に意見していいの? だってまだ学校も卒業していないんだよ。言ってみれば大人びたただの子供だよ。

陛下が怒りださないか心配だったが、それは杞憂だったようだ。陛下は難しい顔をしたままお兄様を見た。


「無理だ。聞けば今回の件、被害は出ていないのだろう? 皇子と宰相の娘が狙われたが、無事に保護された。これが結果だ」

「結果論でしかありません。実際、殿下はかなり危ない目に合った。一歩間違えればもうこの世にはいなかったのです」

「そうですね。それはヘンドリックの言う通りです。陛下、クラッセン公爵令嬢は今や殿下の婚約者候補でもありません。処罰は難しくとも何か手を打っていただかなければ、いつだって大変な思いをしているのは彼女なのです」


ヨハンの訴えに陛下は私へと視線を向けた。お兄様もヨハンも私を見る。

え、いや、私を見られても……私だって完全なる被害者じゃないからね。最初に首を突っ込んだのは私の判断だし。私の方が色々と陛下に迷惑かけてるし。そりゃ命狙われてるのは怖いけど。


「わたくしは別にどうも思っておりませんわ。ですが、殿下の護衛は城内でもつけるべきだと思われます。まさか城内でこのようなことが起こるなんて誰も思っておりませんでしたが、実際今回起きたのですもの」


城内での戦闘はしない。それが貴族としての暗黙の了解で、過去にそれが起こったことはなかった。少なくとも近代では。大昔に一度、大きな戦争になった時にあっただけだ。

それが一度破られたということは今後もあると思った方がいい。

私はクラッセン公爵がどんな人なのか知らない。だけどこれはベアトリクスが勝手にしたことだろうな、と思う。だって公爵ともあろう人がそんな貴族の矜持を落とすようなことをするとは思えないし。

陛下は小さく頷くと、手元の書類に目を向けた。


「ところで、報告では負傷者無しと聞いたが、最初の報告ではカイは怪我をしていたはずだ。どういうことだ?」


……来た。なんと言うべきか。

ごまかしはきくか。……きくと思う。光属性はそれほどまでに伝説の存在なのだ。たとえ目の前で見せられても信じられない程に。

すっとヨハンが私の前に出て、お兄様の隣に並んだ。


「簡単なこと。エレナが見間違えたのです」

「殿下は初めから怪我などしておられず、ちょっと服が切れただけ。それを見間違えたのでしょう」


ヨハンとお兄様が口裏を合わせたようにそう言う。まさかお兄様までもが私をかばってくれるとは思ってもみなかった。私は余計なことを言わないようにきゅっと口を固く結んだ。

本当は全部話すつもりだった。私のこの力がいくつもの命を救うことができることが分かっているから。実際、お兄様やヨハンがいなかったら話していただろう。だけど、こうして背にかばわれて私は思ってしまったのだ。

もう少し普通に過ごしたい。もう少ししたらヒロインがでてくるから大丈夫。ゲームでも光の魔力が必要になったようなことなんて描かれていなかったし。そう思ってしまった。

俯いていると視線を感じた。陛下の視線だ。


「まさか陛下は怪我を治す魔法が存在しているとでも思っているのですか?」


ちょっと! すごい馬鹿にする口調じゃん! 相手は陛下だよ!? お兄様の首が飛んじゃうよ!?

微笑みを浮かべたままそんなことを考えていると、陛下は私から視線をそらした。


「……分かった。今回の件、説明は特にいらぬ。疲れているだろうから下がってよい」


その言葉に私たちは執務室を出た。

安堵した。それと同時に胸に黒いもやもやが押し寄せてきた。渦巻く罪悪感に胸がきゅっと締め付けられる。

これでよかったのだろうか。

この力を隠し、人の為に使わないこと。私にしか救えない人がいるかもしれないのに。目の前で死にかけていたカイを救い、その思いが現実味を帯びてやってきた。やっぱり全てを話すべきだったのだろうか。

立ち止まって俯くと、横を歩いていた二人の足も止まったのが分かった。足が動かなかった。迷いと後悔が足元で渦巻いていた。

エレナは隠していた。今までだって隠してきた。それならこのまま隠しておいたらいいじゃないか。そう思っても、それは悪いことだと私の中の私が言う。

人の為にこの力を使い、人を助けることが、力を持っている私のするべきことだと。助けられるはずの人を見捨てるのか、と。

分からない、分からないよ。私には分からないよ。私はこんな力は望んでいなかった。ましてやあと数年で同じ力を持つヒロインが現れるのだ。そうなった時、私はきっとお払い箱だ。

だけどその数年の間に何人が怪我で、病気で死んでしまうか。

考え出したら止まらない。正しいのは何か。それはきっとたくさんの人を助けることのできる選択だ。気が付くと私は陛下の執務室へと来た道を戻っていた。
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