池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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魔法省にて

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冬が近づいたある日、私が一人で魔法省へと向かっていると、見覚えのある姿が見えた。私は迷わず小走りでその人に近付く。と、あっちも私に気が付いたようで、ちっ、と舌打ちが聞こえた。


「お久しぶりです、ヘンドリックお兄様」


お兄様は私を見下ろして、嫌そうな顔をすると、さっさと歩き出した。おお、ちょっと待ってよ。無視しなくてもいいじゃん。そう思い慌てて着いて行く。

どうも同じ方向に行くらしい。

……もしかしてゆっくり歩いてくれてる?

前にお兄様と一緒に歩いた時は着いて行くのに必死だったが、今は普通に歩いていても置いていかれない。それとも私が成長したのだろうか。そう思った時、お兄様がちらっとこっちを見た。

しっかりと目が合い、また舌打ちをされる。

やっぱりゆっくり歩いてくれている。私の歩幅を見ながら歩いてくれている。思わず顔がにやけた。だけどきっとにやにやしていたらお兄様は怒って置いて言ってしまうだろうから、きゅっと表情を引き締めようと努力をする。

お、魔法省着いた! いつもの扉が見えて、お兄様へと視線を向けると、お兄様は扉を開けて入って行った。

あれ、まさかの行き先同じだったの?

お兄様が開けっぱなしにしたままの扉から中に入ると、奥の部屋へと向かうお兄様の背中が見えた。床に散らばっている書類は遠慮なく踏んでいっている。

ええ、あれ踏んじゃっていいの!?

例え踏んでもいいと言われてもそんなことはできない。私はいつものように魔法で書類を片付けながら綺麗になった床を踏んで歩いた。


「おはようございます、マルゴット様」

「おはようございます、エレナ様」


私が顔を出すと、マルゴット様はお兄様と何かを話していたが、すぐに顔を上げて私を見た。そして私の今日のお手伝いを取りに向こうの部屋へと行った。お兄様はと言うと、何かよく分からない道具をいじっている。


「お兄様、それは何ですの?」


お兄様は私をちらっと見て、すぐに道具に視線を戻した。今更無視されたところでどうにも思わない。お兄様が実は少し優しいって知ってるからね!

お兄様は少しの間いじっていたが、ふいと顔を上げた。


「ちょうどいい。これに魔法を使え。声を飛ばす魔法だ」


お兄様は私の前に紙を一枚置いて、その上によく分からない道具を置いた。

これに声を飛ばす魔法をかける? なにそれ、え、そんなことできる? どう頑張っても想像できない。……とりあえずやってみるか。

声を飛ばす魔法声を飛ばす魔法……。うあぁ! できない!

お兄様は道具の下から紙を引き抜くとそれを見てため息をついた。


「なんだこれは。ただの魔力じゃないか」

「すみません、だけどどうしても想像できなくて……もっと分かりやすい魔法じゃ駄目でしょうか?」


何の道具かは分からないけど、もっと、こう、物を燃やすとか、凍らせるとか、場所の指定をして使う魔法だったらできる気がする。


「……物を温める魔法だ」


おお、それならできそう。つまり、この道具を温めるつもりですればいいんだよね? そのくらいは想像しなくてもできる。

私が得意げな顔をすると、お兄様は道具を紙からどけた。そこには魔法陣が一つ。


「あら、あなたたち、仲良くしてますのね。知り合いかしら?」


そこにマルゴット様が戻って来た。私たちを見て笑っている。マルゴット様には仲良くしているように見えるのだろうか。ヘンドリックお兄様は険しい顔しているんだけど。


「妹です、先生」

「まあ、そうだったの! 兄妹そろって優秀ですのね」


先生? お兄様の? マルゴット様が?

首を傾げている私を無視して、お兄様はマルゴット様に紙を手渡した。


「これを」

「これは……ここがこうで、これがああで……もしかして物を温める魔法陣ですか?」


マルゴット様が呆然とそう言った。全く意味が分からない私は二人の会話を聞いているだけだ。


「それが作った魔法陣です。これは研究のしがいがあるのではないでしょうか」


お兄様の言葉にマルゴット様がばっと私を見た。

え、何……目がらんらんと輝いていてちょっと怖い。と思えば、マルゴット様は魔法陣を手にどこかへ言ってしまった。


「お兄様、説明を求めます」


ヘンドリックお兄様は次の紙を私の前に置いて、面倒くさそうに口を開いた。


「これは魔法を魔法陣へと変換する道具だ。……なんでもいい、何か魔法を使え」


なんでもいいと言われても……目だけで「早くしろ」と促され、私は水で金魚を作った。それを道具の中にダイブさせる。

道具をのけると、魔法陣になっていた。お兄様が驚いたようにそれに触った。すると、さっき私が作った水の金魚が魔法陣の上をくるくると泳ぐ。

なるほど、作った魔法から変換した魔法陣は実際に使えるんだ。


「すごいですわ!」


マルゴット様がハイテンションで戻って来た。手にはいくつもの紙。そして私の作った魔法陣があった。マルゴット様が何回も書いたのだろう。


「これは歴史を変えますわ!」

「あ、あの、何がそんなにすごいのでしょう?」


全く意味が分からない私はマルゴット様を見るが、私の声が届いていないのか、魔法陣にくぎ付けで、一向に私の方は見ない。

仕方なくお兄様に視線を向ける。今度は面倒くさそうな素振りを見せずに説明してくれた。


「今使っている魔法陣は何百年、何千年とかけて簡潔に作り直されたものだ。これ以上の簡素化は無理だというところまできていたが、お前の魔法陣はそれをさらに簡素化している」


……うん? つまり、私歴史を塗り替ちゃったってこと? 嘘でしょ! 知らないよ、そんなの。魔法陣のことも書き方も習ったけど、魔法を使う時に意識したことなんてないし……。


そんな大それたことするつもりなんてなかった。歴史に名前を残すなんてそんなことしたくない。


「……なかったことになりませんかね?」


ダメもとでお兄様に聞いてみるがお兄様はやはり首を横に振った。


「ああなった先生はもう止められん」


なんですとおぉぉぉ!

私はさっさと魔力を魔法石に移し、逃げるように魔法省を出た。

どうか、どうか平穏に過ごせますように!
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