池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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ヨハンの声が聞こえたと同時に、お兄様は私の視界から消えた。ひゅっと風を切る音が聞こえて咄嗟にしゃがむと、頭上すれすれを剣が通過した。

体勢を整え、距離を取ると、お兄様は感心したように笑っていた。黒い笑顔だ。

……今の本気だったよね。あれ当たってたら死んでたよきっと! やっぱり私嫌われてるんじゃない!?


「魔力とはこういう風に使うものだ。今ここで物にしろ」

「え、お兄様魔法使ってらっしゃるのですか?」


待ってよ、どこに!? お兄様って水だよね。どこにも水なんて見当たらないんだけど!!

訳が分からないが、教えてくれるほど甘い人じゃないことは分かっている。お兄様はまた私の視界から消える。え、待ってよ、速すぎない? あの速さが魔法だよね!?

またぎりぎりで避ける。どこからくる攻撃なのか分からないし、避けることに精いっぱいで反撃をする余裕なんて全くない。せめて何の魔法か分かったら互角になるかもしれない。


「エレナ! 頑張って!」


カイの声が飛んでくる。周りがガヤガヤしているのが気になる。が、悠長にそれを聞いている暇などない。ひたすら剣を避けて、ちょっと速さに慣れてきたころだった。

……お兄様、さっき魔法を使っているとは言ってないよね? 魔力を使うって、もしかして漫画とかでよくあったあれ? あの身体強化とかいうやつ?

試しに魔力を全身に巡らせてみる。身体強化、身体強化……。が、集中できない。だってそんなことしてたら私死んじゃうし! ちょっとくらい手加減してくれてもいいのに!!

とりあえず目に魔力を集めてみる。

……見える! それまではほとんど見えなかったお兄様の動きがはっきりと見えるようになった。よし!

ちょっと余裕をもって避けれるようになるとだいぶ楽になった。今度こそ全身に魔力を巡らせる。……体が軽い。いつもは魔力の中に私がいる。だけど今は私の中に魔力がある。はっきりとそれが分かった。

お兄様の剣を避けて反撃をする。ちょっとタイミングがずれて、防がれてしまった。私から距離を取ったお兄様は唇を吊り上げて笑った。


「もうできたか」

「ええ、お兄様のおかげですわ」


とは言ってももう疲れた。体は軽くなったけど、少し気を抜くと魔力はすぐに外に出てしまう。常に集中していないとこれは難しい。

……こんなことできるのってこの国に一体どれだけいるんだろう。騎士団長のヴェルナー様ですらこんなことしていないでしょ!

勝ち負けなんてどうでもいい。ただ早く決着をつけてしまいたい。ぐっと地面を踏みこんでお兄様に向かって走り出した時だった。目の前に赤い何かが見えた。

何あれ、火!? このままだともろに突っ込んでしまうことが分かった。だけど強化した体で出したスピードは速すぎてどうやって止まったらいいのか分からない。

はぁあ!? 何あれ、魔法だよね!? 誰の仕業よ!? 明らかな悪意が見えるが、止まれない以上突っ込むしかない。このままのスピードで抜けたら火傷はしないよね? そうだよね?

熱さを覚悟して目をぎゅっと閉じたその時、ぐん、と反対方向への重力を感じた。ぐえっと思わず声が出てしまいそうになったが、なんとか堪えて、身体強化を止めて自分に光魔法を使う。そうでもしないと耐えられない程の痛みと苦しさから逃れるために。

そして強い風が吹いた。と思えば、目の前にあった炎が消えていた。そして私の足は地面から浮いていた。

あっという間の出来事に呆然としていたが、ハッとして状況を把握する。まず私はヘンドリックお兄様の方に担がれていた。そして、クリスが駆け寄って来た。その向こうにとても疲れた表情のベアトリクスが座り込んでいた。

……なるほど。お兄様は私を地面に下ろすと、ベアトリクスの方を厳しい表情で睨んだ。


「エレナ! 大丈夫!?」

「ええ、大丈夫よ。消してくれたのはクリスよね? ありがとう」


ギャラリーたちに聞こえないようにそう返事をすると、クリスはほっとしたように息をついた。

まずあの炎はベアトリクスの仕業だ。地面に座り込んでいるのはおそらく魔法を使って疲れたからだと思われる。そして私を助けようと動いてくれたのはクリスとヘンドリックお兄様の二人。

ヘンドリックお兄様は止まれない私を抱えることで止めた。クリスは私がそのまま突っ込むことを予想して炎を吹き消してくれた。お兄様はともかく、咄嗟に動けたクリスはすごい。ギャラリー達やカイ、ヨハンですらまだ呆然としているのだから。


「興ざめだ。行くぞ、エレナ」


ヘンドリックお兄様は冷たい声でそう言うと、もう一度ベアトリクスをきつく睨み、さっさと歩き出してしまった。……残念ながら魔法を使った証拠は残らない。ベアトリクスがいくら疲れ切っていても、それは証拠にはならない。

となると、私が今するのはこの場から離れることだ。


「ええ、クリスティーナ様、参りましょう」


お兄様の後に続いてクリスと一緒に歩き出すと、ヨハンやカイ達もハッとしたようについて来た。それと同時に周りで試合を見ていた人たちが騒ぎ出した。ベアトリクスはまだ座り込んだままだ。

私は逃げるように足早にその場を離れた。
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