池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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同室のクリス

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「いらっしゃい」


寮の中はとても綺麗だった。本物のお城を知らなかったら、まるでお城の中にいるように感じただろう。白を基調とした高級感のある造りだ。

そこには女の人が一人立っていた。とても優しそうな綺麗な女の人だ。二十代後半くらいに見える。


「あなた達で最後よ。私は女子寮の寮母、クラウディアよ。よろしくね、エレナ、クリスティーナ」


わあ、早速名前覚えられてる。それにしてもクリスがクリスティーナって呼ばれてるの初めて聞いたかもしれない。私だって呼ぶけど、なんか違和感がすごい。


「はい、よろしくお願い致します」

「じゃあ早速だけど、寮の説明するわね。まず建物は四階建てよ。一階には食堂や共有スペースがあって、部屋は二階から上ね。二階が男爵家と子爵家の一部。三階が子爵家の一部と伯爵家。四階が侯爵家と公爵家よ。学年ではなく家格で分けられているから、上級生との関係には気を付けてちょうだいね」


なるほど。じゃあ私たちは三階か。というか、もしかして三階まで毎日上り下りしないといけないの? この世界ってエスカレーターはあるのかな。なかったらちょっと辛いな。


「決まりや門限は特にないわ。他の生徒の迷惑にならない限りは自由に過ごしてもらって構わないけれど、節度は持っておいてね」


門限ないの? 大丈夫なの? そう思ったがよく考えると、ここにいるのは皆貴族の娘たちだけで、夜に出歩くような真似はしないだろう。


「それから、はい、これが部屋の鍵よ。基本的に二人部屋で、あなた達は306号室ね」


306と書かれたタグのついたおしゃれなカギを一つずつ渡された。おお、クリスと同じ部屋! よっしゃ!!

と、喜んだのは私だけだったのか、クリスが困惑したような声を出した。


「あの、クラウディア様。わたくしとエレナ様が同じ部屋ですの? 失礼ですが間違えてはおられませんか?」


あれ、クリスは嬉しくないの? いつもだったら喜びそうなのに。


「間違えてはおりませんよ。できるだけ家格が近い二人を同じ部屋にしているもの。何か問題があるかしら?」

「あ、いえ……」


やはりクリスは困ったような表情を浮かべていて、私の方をちらっと見ては、ゆっくりと首を横に振った。


「いえ、問題はありませんが……」

「わたくしはクリスティーナ様と同じ部屋でとても嬉しいですわよ。クリスティーナ様は違って?」


さっきまで普通だったのに急に不自然な態度をとるクリスに首を傾げて聞くと、ちょっと迷う素振りを見せたが、すぐにいつものように笑ってくれた。


「いいえ、わたくしも嬉しいですわ。今のことは忘れてくださいませ」


ほっと息をつくと、クラウディア様は「仲が良いわね」と笑った。えへへ、それほどでもあるけど。


「じゃあ早速お部屋に行きましょう、エレナ様」

「ええ、そうね。早くどんな部屋なのか見たいですわ」


私たちの言葉にクラウディア様は微笑まし気に頷いた。


「荷物は既に置いてあるはずよ。何か困ったことがあったらいつでも声をかけてちょうだい。わたくしはそこの部屋にいるわ」

「はい、ありがとうございました」


クラウディア様と別れ、クリスと二人で並んで歩く。「階段あそこだね」というクリスの視線の先を辿ると、そこには本当に階段があった。……まじか。エスカレーターはなしか。

仕方がないので階段を上る。別に疲れはしない。だけどこれを毎日上り下りすると考えたらとても面倒だ。それにしても家格が高い人ほど上の階って、嬉しくないよね?

私みたいに鍛えている令嬢はいったい何人いるのだろうか。毎日四階まで登るのは令嬢にはとてもきついのではないだろうか。……これは授業にも出たくなくなるわ。もう部屋に引きこもっていたい。

三階まで登る途中で何人かの女の子を抜かしてきた。息が上がっていて今にも倒れそうなんじゃないかと思う子も中にはいた。そして、ベアトリクスもいた。はーはーと肩で息をしながらも大きな声で「誰か私を運びなさいよ」と文句を言っていた。まだまだ元気そうだったので、こっちから話しかけることはしなかったけど。


「あ、ここですわね、306号室」


鍵をさして回すと、カチャ、と音がして扉が開いた。部屋はかなり広かった。寮って言うと漫画で読んだくらいでしか知らないもんね。すごい狭くてベッドと机くらいしか置けないくらいなのをイメージしていた。それも二段ベッド。

実際に置いてあるのはベッドと机とクローゼットだ。だけどベッドの大きさが違う。余裕でダブルベッドくらいのサイズはある天蓋付きのベッドだ。机はアンティークな感じのおしゃれな机。クローゼットは愛玲奈時代に使っていたものの二倍くらいは大きい。


「思っていたよりも広いね。びっくりしたよ」


部屋の中に二人しかいないので、クリスはすぐに令嬢モードではなくなる。が、私はこっちのクリスの方が好きなので同じ部屋で良かったと、改めて思った。


「ですわね。この家具はうちで用意した物かしら? クリスのとは違うわね」

「うん、そうだと思うよ。これうちで使ってたやつと似てるもん」


クローゼットを開けて見ると、すでに服がかけられていた。普段着のワンピースが十着に、ちょっとフォーマルなワンピースが五着。訓練着が三着。予備の制服も三着ある。こっちの引出しには下着と寝着か。

こっちには……ああ、ドレスか。ダンスも授業であるんだよね。もしかしたらそれで使うのかもしれない。


「ところでお洗濯はどうするのかしら?」


洗濯機はさすがにこの世界にはないだろうし。かといって令嬢に手で洗えとは言わないだろう。


「ヘンドリック様は魔法で洗ってたって。兄様はヘンドリック様に洗ってもらったり、自分で魔法陣を書いたりしてたみたい」


理解はできるけど、納得はできない。だってこの学校に服を洗えるほどの魔法の使い手が何人いるというのだろうか。魔法陣だってそう簡単に書けるものではない。勉強したって書けない人は書けないのだ。詳しいことは知らないけどそういう風にできているらしい。


「他の人は?」

「お金がある人は魔法陣を買うらしいよ。魔法科の生徒がたまにお小遣い稼ぎで売ってるらしい。でも結構高いし、魔法陣なんて一回しか使えないから、大抵の人は洗濯場で手で洗うらしいよ。ヘンドリック様なんてよく洗濯をしてくれって頼まれてたみたい。エレナも面倒なことにならないように気を付けた方が良いかも」


……なるほど。この学校は結構スパルタだな。そう思うと同時に、洗濯を頼まれても冷たい表情で断るヘンドリックお兄様が容易に想像できて、乾いた笑いがこぼれた。
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