池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

文字の大きさ
104 / 300

作者は誰?

しおりを挟む
「どうぞ」


ヨハンが三人分のお茶を机の上に置いてくれる。どうやらここは相談室のような感じの部屋らしい。他の人の目がないところに、というとここに案内されたのだ。


「ありがとうございます」


お茶に手を伸ばすと、ヨハンはどこか緊張した面持ちで私を見た。何、そんなに見られたら飲みにくいんだけど。そう思いながらもカップに口を付ける。……うん。


「ごめんね、お茶の入れ方はあまり詳しくないんだ」


ああ、そういうこと。理解ができた私はにっこりと笑って言った。


「いいえ、美味しいですわ。やはりこういうのは気持ちがこもっていると美味しいのでしょうか」


なんて、別に思ってないけどとりあえずそう言っておく。だって他にフォローが思いつかないんだもん。それに伯爵家の跡取り息子が自分でお茶を入れようと思う、それだけで十分だ。

しかし私の横でお茶を飲んだクリスはきゅっと顔のパーツを真ん中に寄せて変な顔をした。せっかく私が気を遣ってフォローしたというのに……。ヨハンはクリスのその表情を見て苦笑いを浮かべた。


「ありがとう、エレナちゃん」


どうやら私の気遣いは無駄になってしまったようだ。私はそれ以上何も言えず、話題を変える。


「ヨハン様、結論から言いますと、わたくしあの本を読むことができましたの」

「うん、そうだと思ったよ」


あれ、驚かないんだ。


「内容はたいしたことではありませんわ。読み方についても詳しいお話はまた後日に致しましょう。わたくし、とりあえずあの本を書いた人のことが知りたいのです」


果たして闇の魔法を大したことないと言ってしまってもいいものなのか分からなかったけど、でもとりあえず今はどっちでもいい内容だと思われる。多分。……後でヘンドリックお兄様に怒られたりしないよね? 大丈夫よね?


「……中にはそれぞれの属性についてと、闇属性について書かれてありました」


なんか黙っていたら怒られるような気がして、やっぱり話しておく。ヨハンだけだったら大丈夫なような気がするけどヘンドリックお兄様は駄目だ。情報を隠していると絶対に怒られる。それはそれは冷たい目で睨まれる。想像するだけでぞっとした。

闇属性について書かれていたことを一通り述べると、ヨハンは少し考えるような素振りを見せ、「うん」と頷いた。


「今の時点でそれについて判断できる材料がないね。闇属性なんて聞いたこともない。本当にあるのかも疑わしい」

「でも光属性があるなら闇属性だってあっても不思議じゃないよね?」


クリスの言葉に私も頷く。根拠は何もない。


「ええ、闇属性は存在します」


きっぱりと断言した私にヨハンはすっと冷静な視線を向けた。「どうして?」と言うその問いに私は満面の笑みを浮かべて答えた。


「女の勘ですわ」


ヨハンとクリスがぽかんとした顔で私を見る。次いで、二人そろって笑い出した。何よ、そんな笑うことないじゃん。だってほんとなんだもん。根拠なんてないよ。ゲームにだって出てこなかったし。でもあれは嘘じゃない。断言できる。なぜかは自分でも分からないけど。


「ははっ、幼くても女の子だ。女の勘は馬鹿にはできないね」


うん、馬鹿にされている感じはない。だけど笑われるのは面白くない。


「それよりも書いた人が知りたいのです。ヨハン様はどう思われますの?」


ちょっとだけぶすっとしてそう言うと、横からクリスがほっぺをつついてきた。ヨハンがそれを嗜めるように「クリス」と名前を呼ぶ。だがクリスは手を引っ込めない。……ふんっ!

パシッと勢いよく手で払いのけると、クリスは可笑しそうに笑い、また手を伸ばしてくる。私はその手を払う。するとクリスがまた手を伸ばしてきて私が払って……。ちょっと楽しくなってきたころ、ごほんと咳払いが聞こえた。ハッとしてガシッとクリスの手首をつかんで止めると、クリスは不満そうに唇を尖らせた。


「クリス、いい加減にしなさい」


ヨハンの鋭い口調にクリスはしぶしぶ手を引っ込める。しまった、つい楽しんでしまった。改めて背筋を伸ばしてヨハンを見ると、ヨハンは静かな声で言った。


「作者は身分が高く、魔法に長けている人だ」

「ええ、そうですわね。ベルメール先生が『あの方』と呼ぶくらいですもの。となると公爵家の方でしょうか?」

「そうだね、ベルメール先生は侯爵夫人だから、それより上の身分だろうね」


といっても違和感が拭えない。てっきり作者はここの生徒だったんじゃないかと思っていた。だけどいくら自分よりも身分が高くても生徒を『あの方』なんて呼び方をするのだろうか。っていうことは生徒ではないってことだけど、それはそれでなんか違うような気がする。

でも生徒でもなくて生徒以外でもないって他にいるわけがない。思わずため息をついてしまった。


「エレナちゃんは、この作者を探してどうしようと思っているの?」


作者を探してどうするのか? そんな深いことは考えていない。ただこの作者がどういう意図でこの本を書いて、図書室に置いたのか、どうして読める人を探すのかが気になるだけだ。


「あれを読める人を探している理由が知りたいだけですの。それによって名乗りを上げるかを判断しようと思いまして」

「名乗りを上げるということはエレナちゃんが全属性を持っていることが誰かに知られるということだよ。それでも?」


ああ、そうか。全属性持っていないと読めないんだから言い訳のしようもないもんね。だけど、


「その人が本当に困っていて全属性持ちを探しているというのなら力になりたいのです。本当に困っている人はこんな回りくどいことはしないかもしれませんが……」


私がそう言うと、クリスは「おおー」と感心したような声を出し、ヨハンは仕方がなさそうな、呆れたような表情を浮かべた。


「この件は私が少し調べてみるよ。だからエレナちゃんとクリスは学校生活を楽しんで。また何か分かったら教えるから」

「ええ、ありがとうございます。ところで、週末ヘンドリックお兄様に会いに行きたいのですが、魔法省へ行ったら会えるのでしょうか? 今回のお話もしておきたいですし」

「うん、魔法省で不健康な生活を送っているそうだから少し怒ってやってくれる? 大まかな話は先に私からしておくよ」


まじか! 不健康な生活はよくない。私は魔法省で働く人たちの顔と、目の下の隈を思い出してぞっとした。ヘンドリックお兄様がすっごいかっこ悪くなってたらどうしよう。ガリガリになって、頬もこけて、すっごい濃い隈ができていたらどうしよう……。

そうだ、お弁当を作って行ってあげよう!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...