池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

文字の大きさ
157 / 300

星空の下

しおりを挟む
「ところでクリス」


ここへ来て二週間ほど経ったある日、私は勉強する手を止めて、ノートに向かって唸っているクリスに聞いた。


「王都へはいつ帰るの?」


ずっと頭の片隅にあった疑問。聞かなくても帰る時になれば教えてくれるだろうと思っていたが、一向に帰る気配がない。長くてもせいぜい一週間程度かと思っていた旅行だ。足りないものは買えばいいし、不自由は特にないけど。


「あれ、言ってなかったっけ?」


クリスは私の問いに、ペンを置いてノートをパタンと閉じた。もう勉強する気はないのだろう。確かに嫌になる気持ちも分からなくはないが。もう少ししたかったが仕方がない。私もペンを置いた。


「休暇いっぱいこっちだよ」


……ん? 休暇いっぱい?


「まあさすがに学校が始まる一週間前には帰ろうとは思ってるけど」


ということはあと二週間程度こっちなのか。……聞いてないけど!

いや別にいいけどね。王都に帰ったって別にすることはないし。あー、でもこっちにいたらエレナとの電話ができないか。携帯ないし。まあいいか。

また次にこういうことがあるなら、ちゃんと出発前に色々聞こうと私は決意した。



「あー、今日も楽しかった」


寝る前に少し歩きたい気分になり、私は外へ出た。アリアはもう部屋に下がってもらったので私は一人だ。クリスはもうベッドで寝息を立てていた。

こっちへ来て生活がとても充実しているような気がする。勉強と剣と馬と、たまに町へ行く。朝日とともに目覚め、活動し、虫の声を聞いて眠りにつく。もぎたての野菜をかじったり、風を切って走ったり、緑の匂いを胸いっぱいに吸い込んだり。

王都では絶対にできない暮らしだ。……ああ、叔父様に何度も付き合わされた魔法トークもだね。あれはもういいけど。

温い風を浴びて、私は立ち止まった。あっちの方に町の明かりがぼんやりと見える他は真っ暗だ。上を向くと空いっぱいの星が目に飛び込んできた。

星の明かりがこんなに眩しいなんて知らなかった。愛玲奈の時のおばあちゃんの家ですらこんなにも綺麗な星空は見たことがない。

後ろから小さな足音が聞こえた。振り返らなくても足音だけで分かるようになっていることになんの違和感もなかった。


「エレナ様の、あなたの故郷はどのようなところなのですか?」


後ろから静かな声が聞こえた。てっきり一人で外に出たことに対する小言を言われるものだった私は少し驚いた。が、すぐに振り返ってアリアの表情を見た。

真っ暗であまり見えない。だけどどこか寂しそうに聞こえたのはきっと気のせいではない。


「ここへ来て、エレナ様はとても羽を伸ばしておられます。エレナ様の故郷はこのような場所だったのですか?」


私が本物のエレナではないと知っていながら今まで何も聞いて来なかったアリア。どうして今になってそんなことを言うのか不思議で仕方がない。だけど悪意がないのは分かっている。ただ気になっただけなのかもしれない。


「いいえ、私が育ったのはこんなに静かなところではないわ。いつも人の声が聞こえてきて、夜でも明るくて」


私の家は都会にあったわけではない。人の声だってうるさいと感じたことはあまりない。だけど今ここからあそこに戻ったらきっとうるさくて、眩しくてたまらないんだろうなと思う。ド田舎にあるおばあちゃんの家ですら。


「こことは全く違うのに、それでもここにいると我が家を思い出すの。不思議ね」


王都での暮らし程忙しくないからかもしれない。ここは時間がゆっくり流れている。だから色々なことが頭をよぎる。


「……帰りたいのですか?」


その問いに答えることに迷いはなかった。


「いいえ、わたくしの生きる場所はこの世界。ここで精いっぱい生きていく覚悟はもうとっくに決まっているわ」


恐らくエレナとして数年生きた私はもう愛玲奈には戻れない。きっとエレナも愛玲奈として生きることしかできないだろう。お母さんにはエレナがいる。私にはアリアや、クリスや、お義母様。たくさんの人がいる。だからきっと寂しくない。


「……だけど、もしもう一度お母さんに会えることがあるなら、思いっきり抱き締めて欲しいな」


ただ、それだけ。

っと、ちょっとしんみりしてしまった。何も言わないアリアに私は意識して明るい声で言った。


「わたくし、もう眠くなってしまったわ。お部屋に戻るわ。勝手に出歩いてごめんなさい」


屋敷の中へと入る私の後ろを、アリアは静かについて来た。



翌日の目覚めはあまりいいものではなかった。

……久しぶりに愛玲奈の時の夢を見たな。

昨日あんな話をしたせいか、夢にお母さんや千香が出てきたのだ。そういえば私、エレナになる前は攻略対象に、カイ達にキャーキャー言っていたんだよね。実際にカイ達が身近にいる今では考えられない。


「エレナ、昨日の夜どこに行っていたの?」


アリアが来る前に、とクリスが服を着替えながらそう聞いてきた。少しドキッとして、なぜか私は嘘を言っていた。


「どこにも行っていないわ。ああ、お手洗いには行ったかしら。どうしたの?」


そう言って正直に散歩に出ていたと言えばよかった、と後悔した。クリスに対して嘘をついてしまったことに胸が痛んだ。クリスはよく分からない表情で私を見て、そして近付いて来た。

何を考えているのかよく分からない。何をされるのか、と身構えると、クリスはふっと笑って、私の背中へと手を回した。

……えっと、何これ。私今抱きつかれてる? なんで?

頭の中が?でいっぱいになる私を気にせず、クリスはぎゅっと腕に力を込めた。とても温かい。


「クリス? 突然どうしたの?」


訳が分からず、クリスの腕から逃れようとするが、クリスは腕から力を緩めずに言った。


「んー? なんとなく?」

「なんとなくって何よ」


そう文句を言った私だったが、心地の良い温かさに心が落ち着き、逃れようとするのを止めてクリスの背へと手を回した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...