池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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悔し涙

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「エレナ! 次こっち!」

「エレナちゃん、ごめん、先にこっちを!!」


片っ端から光魔法で治していくが、何せ数が多い。大怪我の子も数えきれないほどいて、もう誰がいつ死んでしまってもおかしくない状況だ。

カイやヨハン、クリス、主に私の周りにいつもいるメンバーががあちこち飛び回っては、急いで治療が必要な子を見つけている。私は呼ばれるままにそこへ行って怪我を治すだけだ。

しかし目が回るほど忙しい。もはや周りの目も気にしている余裕はない。怪我が比較的軽い子達が私の動きを目で追っているのは分かっているけど。

……一気に怪我を治せたらこんなにあっちこっちしなくても大丈夫なのにな。

もうこんなことはごめんだけど、もしもの時の為に練習しておこうと決意した。


「エレナ! ごめん、ちょっと急いで!!」

「エレナ! こっちもだ!」


クリスとレオンに同時に呼ばれ、私は必死で怪我を治して回った。


三十分もすればだいぶ落ち着き、私はようやく息をつくことができた。だけどまだまだ怪我人は残っている。もうひと頑張りだ、と動こうとすると、めまいがしてこけそうになった。ガシッと手首をつかまれてどうにかこけずに踏みとどまる。


「後は怪我の軽い人たちばかりでしょう? あっちから来てもらえばいいわ」


ベアトリクスだった。私の手を握ったまま、「治す必要もない怪我ばかりよ」と小さな声で文句を言っているのが聞こえた。


「ああ、そうしよう」


ヨハンが頷いて、列になるように指示を出す。あっという間に私の前にはずらっと人が並んだ。好奇心、戸惑い、疑心。皆の顔には色々な感情が見える。おそらく私があちらの世界で魔法を目にしていたら同じような顔をしたんじゃないかと思う。

ため息が一つこぼれ、私は前に並んだ人たちの傷をひたすら治し続けた。
 

攻撃が始まったのが夜も開ける前。皆の怪我を治し終わった頃にはすっかり日も登っていて、騒ぎを聞きつけたお城からの騎士団が来ていた。

疲れたー……。

列に並んだ最後の一人を治し終わり、私はほっと息をついた。あれだけの騒ぎで死人はなし。被害は最小限だ。クリスとヘンドリックお兄様が私の方へ寄ってくる。その元気な顔を見ると安心した。

本当に、一時はどうなることかと思った。皆が無事でよかった。

カイやレオン、マクシミリアン、フロレンツも寄ってきて私を囲んだ。


「エレナちゃん、大活躍だったね!」

「あの時のエレナ、すごくかっこよかった」

「お前のおかげで皆無事だ。やったな!」


口々にそう言われ、少し照れくさい。ふとカイと目が合った。カイは私の手を取る。

うん? 何か握らされたな。何だろう。そう思って手を開こうとすると、カイは私の手をぎゅっと握って、そのまま額を手に付けた。

うげ、何これ……。周りの目が気になって、きょろきょろする。皆がこちらを見ていた。うん、だよねー……。


「あ、あの、殿下?」

「何もできなくて、ごめん」


震える声でカイが言った。その表情は見えない。


「戦うことも治すことも、全部エレナがいなかったらできなかった」


いや、私がいなかったらそもそもこんなこと起きてないんだけど。そう思ったが、それを口に出せる雰囲気ではない。


「私は、何もできなかった……!」


手が濡れていることに気が付いた。カイの涙だ。泣くほど悔しいのか。そう思って、少し嬉しくなった。カイがそういう風に思ってくれることに。

そんな状況ではないのに唇の端が自然と上がった。


「殿下、今そうやって涙を流せるのでしたら大丈夫ですわ」


カイに顔を上げるように手で促す。カイは涙で濡れた目で私を見た。

うっわ、もうカイじゃん! ゲームのカイじゃん! 子供だ子供だと思っていたけど、いつの間にか顔も変わっていることに気が付いた。よく考えるとゲームの開始まであと一年もないし、そんなもんか。

それにしても泣き顔までかっこいいなんてさすが攻略対象。そんなどうでもいいことを考える。


「殿下は未来に必要な方。今は何もできなくていいのです。こうやって泣くことのできる殿下のつくる国は、きっととてもいいものになりますもの」


にっこりと微笑むと、カイは一瞬驚いた表情をし、そして雲がはれたような顔で笑った。

……まあ今はこんなもんか。正直もう少し強くなって欲しいとは思うけど、それで皆の先頭に立って戦われても問題だ。何よりもこんなところでで心折れたら困るし。

チラッとお兄様を見ると、小さく頷いていた。


「ですので、お怪我を隠すようなことはしてはいけませんわよ」


軽くカイの腕をはたいてみる。


「い……っ!」


カイはピシッと固まって、痛みを耐えている。それを治して、次にレオンへと目を向けると、レオンは私から視線をそらした。それでもかまわずにずっと見続けていると、観念したようにとぼとぼ私の前まで来る。


「痛みを我慢することはかっこいいことではございませんわよ」


恐らくレオンは右足。正直もう皆ボロボロなのでどこに大きい怪我をしているかなんて見ただけでは分からない。それでも歩くときに右足を庇っていることは分かっていた。


「我慢してるわけじゃねえよ。こんなことに魔力を使わせんのはもったいないだろ」


口をとがらせてそういうレオンに、私は思わず笑ってしまった。こう見えて優しいレオンである。


「怪我を治すことに魔力を使うのは決してもったいないことではありません。魔法は誰かを救うためにあるものですから」


私はそう言ってレオンの怪我を治した。
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