池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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戸惑いの人選

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「エレナ」


後ろから名前を呼ばれ、振り返る。そこにはクルトお兄様が立っていた。あちこち擦り傷がいっぱいで、土に汚れているけど、その顔はいつも通りだ。

大きな怪我はなさそうでほっとする。


「クルトお兄様、ご無事でよかったですわ」

「全然力になれなくてごめん。僕の剣は何の役にも立てなかった」


カイと同じ表情を浮かべ、そう謝られる。が、別に私は何とも思っていない。

剣が役に立たないことはカイに聞いていたし、魔法をうまく使えないクルトお兄様にそんなことは最初から求めていない。役に立てたとか立ててないとか、そんなことよりも無事であったことが何よりも嬉しい。

それに……


「いいえ、クルトお兄様のおかげで皆が無事でここにいるのですわ」


傍らに置いていた短剣を持って見せると、クルトお兄様ははっとしてそれを見た。


「すまない、せっかくエレナがくれたというのにあの混戦でどこかへ……」

「謝ることなんてありませんわ」


実際これがなかったらユリウス殿下を止めるのはもっと苦労していただろうし。ついつい魔法に頼ってしまう私だけど、こうして魔力がなくなっても使える武器も持っておくべきかもしれない。

今回はたまたまクルトお兄様の短剣が近くに落ちていたからよかったけど。


「少々お借りしました。これはとても役に立ちましたわ。お兄様のおかげです」


そう言って短剣を手渡すと、クルトお兄様は苦笑した。


「役に立ったのは僕ではなく短剣だけどね」


うん、まあ、直接はそうだ。だけど短剣を落としてくれたのはお兄様だし、間接的にはお兄様のおかげ。私はクルトお兄様の言葉には応えずただ笑顔を向けておいた。


「それにしても驚いたよ。光属性が存在するなんて。それに複数の属性を使えるなんて」


なんと言ったらいいか分からなくて、私は曖昧に笑っておいた。クルトお兄様の言葉に周りの生徒たち皆が耳を傾けているのが分かった。

……まあそうなるか。別に覚悟はしていたけど、こうして皆に注目されるのはあまり気持ちが良くない。皆が皆いい感情ではなさそうだし。

そう思いながら強い視線を感じる方へ視線をやると、ラルフと目が合った。ラルフは私を睨んでいた。どうしてこんなに睨まれているのかはよく分からないけど。

ため息を吐くと、クイッと袖が引っ張られた。


「どうしたの? クリス」

「陛下が来られたみたいだよ」


クリスの視線の先を辿ると、騎士団長のヴェルナー様の姿が見えた。その後ろに陛下もいる。

……皇帝ともあろう人がこんなところにまで来なくてもいいと思うけど。よばれればこっちから行くし。

そうは思ったが、皇帝が出向くほどの事態なんだと分かってはいる。魔法学校への襲撃も、私の光属性も。誰が言ったか分からないけど、光属性を最初に使ってから一時間は優に超えている。陛下へ報告がいってここまで来るのには十分な時間だ。

陛下は私たちの前に来ると、それぞれの顔を見回し、そして言った。


「詳しい事情が聞きたい。何人いても良い。エレナ、そなたが選べ」


はいぃぃぃ!? 私が選ぶの!? 陛下が選んでよ!

心の中で驚愕してそう叫んでも、陛下は表情一つ変えない。いや、なんで私が……。困ってヘンドリックお兄様を見てみるが、ヘンドリックお兄様は「陛下はお前に言ったんだ」とそれだけ。

……まじか。とりあえず話題になるのは私の全属性、光属性とこの騒ぎだよね。だったらユリウス殿下のこともか。


「ではまずクリス、ヘンドリックお兄様、ヨハン様……はお忙しそうですわね」


魔法学校の教師であるヨハンは後片付けに奔放している。まあヘンドリックお兄様がいたらいいか。


「ベアトリクス様もご一緒に。それから……殿下も」


正直カイを呼ぶのは気が引けた。私の光属性のことは知っているけど、ユリウス殿下の件は全く何も言っていないし、皇位を継ぐカイとしては今更いなくなったお兄さんが出てくるのはどう思うのか。ちょっと不安。

視界の端に手を振ってアピールしているレオンの姿が見える。呼んであげたいのはやまやまだけど人数は少ない方がい。ユリウス殿下の姿を見たのは私とクリスと保護者組二人だけ。それを公表するかどうかの判断は陛下に任せたいのだ。


「当分は休校にする。寮の生徒も家に帰らせるように」


陛下は近くに立っていた側近にそう言うと、踵を返して外へと出て行った。

私たちも後に続いて外に出る。綺麗に整地された道はでこぼこに、手入れされていた植物は焦げて、ちぎれて、踏まれて。私の知らない魔法学校の風景がそこにはあった。

もちろんこうなっていることは分かっていたけど、こうして日が昇った明るい中で見るとかなり心にくるものがある。

怪我は綺麗に治って、一つの命も失われてはいない。だけど確実に心はすり減らされたのだ。隠していたものを暴かれたことには何も感じない。しかしこんなやり方をしたユリウス殿下に対して、私は不思議なくらい静かな心で怒りを覚えていた。
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