池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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ベアトリクスの気持ち

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何をそんなに怒っているんだろう。

呑気にそんなことを考える。私にはベアトリクスの考えがいまいち分からない。


「あの女が出てきて、あなたの立場が危うくなっているのよ!? うちのお父様だってあなたのことを疎んでいる。エレナを消すために色々と裏から手を回しているの! だからわたくしが子供たちくらいはエレナの方に取り込もうとしているのに……なんであなたがそんなに呑気なのよ!」


そんなこと言われても……。だって今焦ったってどうにもならないし。というかクラッセン公爵のことは陛下が目を付けているから大事にはならないんじゃないかと思っている。

――光属性の使い手を傷付けないでください。彼女に何かがあった時は、この国の滅ぶ時です。

ユリウス殿下がどんなつもりで陛下にそう言ったのかはよく分からない。だけど陛下はそれを本気だと思っているから、私の身の安全は保障されているはず。


「ベアトリクス様はどうしてそんなふうに怒ってくださるのでしょうか?」


ベアトリクスがこんなに憤慨している理由が分からない。カイを巡っての確執はなくなったが、私は決してベアトリクスに好かれているとは思っていない。私だって別に好きなわけでもないし。利害の一致というやつだ。


「国の為というならリリー様だって光属性を持っておられますもの。わたくしは誰かを落としてまで自分の身を案じたくはありませんわ」


もちろん殺される気はないけど。でもこの国の光属性の使い手はリリーでいいと思っている。ベアトリクスは私がしゃべっている間に少し落ち着いたのか、先ほど机をたたいた右手を、左手でさすっている。

すんごいムスッとしながら。


「……ムカつくのよ」


ムカつく? 何が?

実は私はベアトリクスに好かれていたのかな、なんて考えていた私は、予想外の言葉に目を丸くした。


「それが当たり前だというような顔でエレナに守られ、隣にいる。自分の存在がエレナをどんな目にあわせるかも知らずに」


えっと……私がリリーを保護したのがまずかったのかな? 最初に話しかけたのは私だし。


「エレナは自分で努力をして皆に認められるようになったというのに、あの女はそれを当然に享受しようとしている」


いや、リリーはそんなつもりないと思うけど。いい子だし、下心なんてなく、ただ最初に仲良くなった私と一緒にいるだけ。距離を詰めたのは私の方からだし。別に私は何とも思っていないんだけど、ベアトリクスはそうではないらしい。

顔を見ただけですごく怒っているのが分かる。


「それだけではないわ。あの作ったような笑顔も、平民丸出しの仕草も、何もかもが気に入らないわ。わたくしとは根本的に合わないのよ」


思わず苦笑いを浮かべてしまう。つまり私のことは口実で、ただリリーのことが好きになれない、と。あくまで二人はヒロインと悪役令嬢なのだ。ベアトリクスが悪役令嬢の座を降りようとも、リリーとは相入れない。ゲームの絶対的な何かがあるのかもしれない。

そう言ってベアトリクスははあ、とため息を吐いた。口に出してしまってすっきりしたのかもしれない。静かな表情で私を見る。


「わたくしだって嫌いだからなんて理由ではいじめませんわ。だけどわたくしは止めませんわ。あの女を貶し、落とし、エレナの光属性の使い手としての立場を確かなものにする。エレナになんと言われようとも」


……これは困った。やはり人生はそう簡単ではないようだ。全く私の思った通りにならない。泣きたくなるほどに。


「わたくしがそんなもの必要ないと言っても?」

「ええ」

「どうしてそこまでしてくださるのです?」

「……嫌いじゃないからよ」


ポツリと小さな声。パッと顔を上げてベアトリクスを見ると、頬が少しだけ赤く見える。

……これはもしかして、デレた?

ふふっとレオナ様が笑う。


「素直じゃありませんね。正直にエレナ様のことがお好きだから、とおっしゃればよろしいのに」


やっぱりそういうことだよね。


「う、うるさいっ!」


レオナ様の言葉でベアトリクスの顔は真っ赤になっており、「違うわよっ!」と必死に否定している姿がとても可愛く見える。うん、可愛い子のツンデレは素晴らしい。

私が立ち上がると、それまでぷんぷんと怒っていたベアトリクスと、ベアトリクスを揶揄っていたレオナ様がこちらを見た。


「ベアトリクス様のお考えはよく分かりました。しかし少しだけお待ちいただけませんか? リリー様を傷付けずにすむ方法があるのでしたら、わたくしはそちらの方が嬉しいですもの」


ベアトリクスは私のことを心配しているだけだ。

つまりはリリーが光属性の使い手として扱われ、私がその立場になくなっても私の安全は絶対だと分かればいい。部屋に帰ってクリスと話をしてみよう。

ベアトリクスは私の言葉に何の返事もしなかったが、分かってくれたと思っておこう。


「そろそろお部屋に戻りますわ。突然お邪魔して申し訳ありませんでした」


二人に、というかほとんどレオナ様に向かって頭を下げるとレオナ様は「いいのよ」と微笑んでくれる。ベアトリクスはツンとそっぽを向いたままでこちらを見もしないけど。


「お見送りしますわ」

「まあ、わざわざありがとうございます」


レオナ様は見送りに来てくれ、そして小さな声で言った。


「最近ベアトリクス様はエレナ様のことばかりお話しされるのですよ。心配されるお気持ちはわたくしもよく分かります。どうか悪く思わないでくださいませ」

「はい、分かっていますわ。ありがとうございます」


挨拶をして部屋を出る。一人で廊下を歩いていると、自分の頬が緩んでいることに気が付いた。やっぱりベアトリクスはもう悪役令嬢ではない。例えリリーと仲良くなれなくても、それでもすごく嬉しかった。
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