池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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眠りの理由

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二ヶ月。

そんなに長く寝てたのか、と思うと同時にそんなものか、とも思う。ほら、漫画とか小説とかだと一回寝たら数年起きない、とかよくあるじゃん? それを考えるとたったの二ヶ月だ。

……でも八月ってことは長期休暇に入っているんだよね。つまり試験を一回受けてないってことだよね。これどうなるんだろう。退学とかなったら嫌なんだけど……。後でヨハンに聞いてみよう。


「驚かないのか?」


お兄様が意外そうに私を見る。驚いたといえば驚いたけど。


「皆様の声が聞こえてましたもの。早く起きてって。だからわたくしが長く寝ていたことは分かってましたわ。それよりも原因を教えてくださいませ」

「ああ、原因はあの手枷だ」


手枷? あの魔法が使えないように嵌められたやつだよね? なんか副作用的なのがあったのかな?


「あれには魔力を吸う魔法陣が書いてあった」

「魔力を吸う魔法陣……」


だから魔法が使えなかったのか。魔法に変換するための魔力が吸われるんじゃ使えるわけないもんね。納得納得。


「別に珍しい魔法陣でも使い方でもない。普通の人間だったら魔法が使えないくらいのなんてことのない魔法陣だ」


……なんか嫌な言い方だな。まるで私が普通じゃないみたいじゃん。

まあお兄様が失礼なのも言葉を選ばないのも今に始まったことではない。このくらいで突っかかっていては話が進まない。


「わたくしだと違うのでしょうか?」

「ああ、お前は魔力の総量が多すぎて魔法陣が誤作動していたようだ」


魔法陣が誤作動ってそんなことあるの? 家電じゃないんだから……。

しかしヨハンが何も言わないということはその通りなのだろう。魔法陣が誤作動して私は寝た、と。

意味がよく分からない。

首を傾げるとヨハンがふふっと笑った。


「誤作動を起こした魔法陣が、エレナちゃんの魔力だけじゃなく、生命力も吸ってしまったみたいなんだ」

「生命力、ですか」

「うん、そうは言っても少しだけだったからよかったんだけどね」


魔力を吸う魔法陣が誤作動で生命力も吸う。そんな漫画みたいなことがあってたまるか。そう思ったけど、私が今ここにいる時点で漫画みたいなことは起こっているので不思議なことではないかもしれない。


「どうしてそうなったかはまだ分かってないんだけどね」

「そうですか」


まあその辺りの話は別に興味ない。


「それよりも、ここはお城ですよね? どうしてわたくしはおうちではなくお城で寝ていたのです?」

一日とかならまだしも、数日起きないなんてなったら家に運んでくれたらよかったのに。そしたらアリアが面倒みてくれただろうに……。って、私が寝ている間この体はどうなっていたのだろう。お風呂なんて入れるわけないよね。

自分で腕の匂いを嗅いでみるが別に臭くはない。いや自分の匂いは分からないって言うし、私今すっごい臭いんじゃない!? 嘘、それは女子としてすごく恥ずかしい……。

あわあわとしている私を見て、お兄様が呆れたようにため息をつく。そしてフォローしてくれたのはクリスだった。


「大丈夫だよ、エレナ。アリアが毎日ここに来て体を拭いてたから! 数日に一回はお風呂に入れてくれてたし! 汚くないから安心して!」

「ほ、本当……?」


それならよかった。アリア、ありがとう!!

ホッと胸を撫で下ろす。お兄様はそんなことどうでもいいと言わんばかりの表情だが、私にはどうでもよくないのだ。あー、本当によかった。


「……あら? だけどそれならなおさらわたくしは家に帰ったほうがよかったのでは?」

「城の方が安全だからだ」

「安全……? わたくしはまだ何か危険な状況なのでしょうか?」


攫われたけど無事に助けられたし、黒幕も始末したってユリウス殿下が……


「ユリウス殿下!!」


忘れていた。どうしてあの日、あそこに来たのがユリウス殿下だったのか。後から来た皆も既に誘拐犯が死んでいることについて何も言わなかったし……お兄様たちはもしかしたらユリウス殿下がいたことを知っているんじゃないか。

あの時、最初に来たのがユリウス殿下じゃなければ、もしかしたらあの男の人を子供のところへ帰せたかもしれない。時間はかかったかもしれないけど。そう思うとあの時の悔しい気持ちが湧き上がってくる。


「どうしてあそこにユリウス殿下が来たのです? どうして殿下は誘拐犯を殺したのです? 私が何を言っても止めなかったのはなぜです?」


捲し立てるようにそう言うと、クリスが慌てて「落ち着いてよ」と近づいて来る。

ユリウス殿下の名前が出て驚かない三人はやはり知っていたのだ。


「落ち着けないわよ! 知っていたの!? クリスも知っていたのね!? それならどうして止めてくれなかったのよ!」


次の瞬間バッシャンと冷たい水がかけられた。いつぞやを彷彿させるそれはお兄様の仕業に他ならない。

ポタポタと雫が垂れる。一日に二度も水を被るなんて初めてだ。


「順番に説明する。聞きたいのなら黙れ」


その妙に落ち着いた態度が腹立たしくて、ダメだと思いながらも舌打ちをしてしまった。
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