池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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お忍びのお出かけ

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見慣れた部屋の中。机に向かってひたすらに手を動かす。頭はフル回転、心は無。

私が目を覚ましてから一週間が経った。体調は元々問題なかったのですぐに今までの生活に戻ったのだが、何せ二ヶ月も寝ていたのだ。

その間に受けられなかった試験は無かったことには出来ない。そこで、各教科で追試を受け、合格することでパスさせてもらえるようになった。のだが、これがかなり難しいのだ。

魔法科はカイとリリー。文官科はクリスとマクシミリアン。騎士科はレオンにそれぞれ教えてもらって、もうキャパオーバー。

だが合格しないわけにはいかないのでとりあえず頑張るしかない。


「エレナ、捗ってる?」


扉が開いて朝から出かけていたクリスが入って来た。ペンを置いてそちらに視線を向けると、クリスは一枚の紙を手に持っていた。


「頼まれていたの、調べ終わったよ」

「ありがとう」


紙を受け取り中を見る。手書きの地図だった。


「細かいところまでは分からなかったけど、大体その辺りみたい。どうする?」


どうする? その問いに顔を上げてクリスを見る。


「どうするって、何が?」

「今から行く?」


驚いてクリスの顔を見つめる。行こうとは思っていたけど、まさかクリスも一緒に行ってくれるつもりなのだろうか。

いや、でもここ下町だし。もし行ったことが誰かにバレたらそれはそれは怒られるだろう。


「まさか一人で行こうなんて思ってないよね?」


悩んでいるとクリスがズバッと「ダメだよ」と言った。


「行くことは内緒にしてあげるし、バレたら一緒に怒られてあげる。だから、私も連れて行って」


まっすぐなその瞳に、私は頷くしかなかった。



「こっちだよ」


クリスの指示に従ってこそこそと裏道を歩く。クリスは呆れたように私を見た。


「それにしても下町に行く道も知らないのによく一人で行こうとしてたね」

「ぅ……だ、だって、行ったことないもの。仕方ないじゃない!」


正直行くことしか考えてなかったので、それまでの道とか、人に見つからない道とか、全く頭になかった。クリスに一緒に来てもらって正解だったかもしれない。


「ここから貴族街を出るよ」

「ええ」


急にガラッと景色が変わる。真っ白だった道は茶色になり、ガタガタに。周りの建物は全体的に小汚く、ちょっとの地震で倒壊してしまいそうに見える。実際は結構しっかりした作りなんだろうけど。


「できるだけ地味な服は選んだけど、マントは絶対脱いじゃダメだよ」

「ええ、分かっているわ」


胸元でマントを握る。貴族が下町にいることは別に珍しいことではないらしい。しかし、貴族の子供がお供も付けずにいるのは危ない。お金が欲しい人にとっては恰好の的だ。

まあ一応剣も持って来たし、魔法も使えるから、そんじょそこらの破落戸なんて全く問題ないだろうけど。


「エレナ、この辺だけど……どうしてわざわざ来たの?」


周りをキョロキョロと見ながらクリスが聞いて来る。ここまで来たらもう隠す理由もない。


「私のせいで人生が変わってしまった人がいるの」

「エレナを攫った人でしょ。その人の家を調べて欲しいって言うくらいだもんね」


……まあ分かるよね。


「娘が二人いるんですって。わたくしにできることはないかもしれないけど、だけどどんな生活をしているのか一目見ておきたくて」


クリスが何か言いたそうに私の顔を見る。言いたいことは大体分かる。エレナは被害者じゃん、とか、そんなの関係ないじゃん、とか。


「分かっているわ。自分でも馬鹿だと思うもの」


クリスがふっと笑った。


「うん、馬鹿だと思う。でもエレナらしくていいと思うよ」


思いっきり馬鹿だと言われた。でも不思議と不快ではない。どっちかというと褒められたような温かさがあった。


「あ、エレナ、多分あの子たちだよ。調べた年齢と特徴が一致してる」

「そんなことまで調べてなんて頼んだ覚えはないわよ」

「念の為、ね」


もしかしたらクリスは私のしたいことが分かっていたのかもしれない。まあとりあえず有難いことには違いない。

三歳くらいと七歳くらいの女の子。手を繋いで歩いている様子はとても可愛らしい。

さて、どう接触しようか。私が考えていると、横からクリスがスッと出ていき、止める間も無く女の子たちの方へと近づいて行った。


「こんにちは」

「……こんにちは」


お姉ちゃんの方が警戒気味にクリスに挨拶を返す。妹をかばうように、後ろに下がらせるのが見えた。明らかに不振がっている。

いきなり近づいてどうするの!? ハラハラとしているとクリスはいつも通りの笑顔を浮かべた。


「突然ごめんね。お姉ちゃんたち、すごくお腹すいちゃって、もしよかったらお店まで案内してくれないかな?」


おお、なるほど。それなら少しは不信感も薄れるかもしれない。私もクリスの隣に立ち笑顔を見せる。女の子たちは二人で顔を見合わせたが、妹の方が勢いよく手を上げて「いいよ!」と頷いた。

ああ、かわいい。おもわずほっこりしてしまう。いけないいけない、遊びに来たわけではないのだ。

少し警戒が解けたのか、お姉ちゃんも頷いてくれた。

クリスは私の方を見て誇らしげに笑みを浮かべると、「行こ行こ」と女の子達を促して歩き始めた。

……あれ絶対本当にお腹空いてるな。
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