池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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理想の告白

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「試験は文句なしの合格よ。よく頑張りましたね」


ノイナー先生の言葉を聞いて、私は心の中でガッツポーズをした。が、表面上は笑顔を浮かべるだけ。


「ありがとうございます。これで一安心ですわ」


本当は飛び上がって喜びたいくらいは嬉しかった。自分によくやったと言いたかった。だけどそれができないのが令嬢というものだ。この生活ももう長いが、こういう時に愛玲奈がまだ出て来そうになる。

表情を取り繕ってノイナー先生から離れる。後ろを向いたら顔がにやけてしまった。だけど誰が見ているかも分からない学校の中だ。気を抜くことはできない。


「その顔は合格したみたいだね」


この声はクリス。しかしその姿は見えない。きょろきょろと周りを見回すと、曲がり角の向こうからクリスが姿を現した。いや、クリスだけではない。カイにレオンにマクシミリアン。それからリリー。いつもの顔ぶれが並んでいた。

皆にあのにやけ顔を見られたのかと思うと、顔が熱くなってくる。

……なんで皆ここにいるのよ。

そう心の中で文句を言うが、皆私の勉強を手伝ってくれたので、結果が気になっていたのかもしれない。


「皆様のおかげで合格することができましたわ。ありがとうございました」


皆がいなかったら私はもっと大変な思いをしていたかもしれない。頭を上げると、カイの声が聞こえた。


「エレナ、頭は下げないで。私たちは皆いつもエレナに助けられているんだ。お礼を言うのは私たちの方だよ」

「そうですよ。エレナ様はいつも頑張りすぎです。どんな小さなことでも私たちを頼ってください」


リリーが「ね?」とカイに同意を求める。カイも「うん」と頷く。

……なんか仲良しになってるような気がする。前よりも距離が近付いたというか、お互いの信頼が見えるというか。まあ私が寝ている間に色々あったみたいだし。

あ、そういえばあの時カミラが泣いていたような気がする。あれから会っても何も言わないし、私も自分のことで精いっぱいで忘れていたけど……。

これはいけない。すぐに行って話を聞いてあげないと。

が、そういうわけにもいかない。勝手に歩き出そうとした足をグッと止めて、再び皆の方を見る。


「そのようなことはありませんわ。だけどありがとうございます。もちろん、何かあったら遠慮なく頼らせていただきますわ」


とりあえず話を終わらせ、この場を解散させようとする。そしたら寮に戻って、カミラの部屋を訪ねてみよう。そう思った私を引き留めたのはカイだった。


「エレナ、少し話がしたいんだけど、いいかな?」

「え? は、はい。構いませんわ」


嫌だけどカイにそう言われたら仕方がない。カイだって「いいかな?」と聞いてはいるけど、断られるとは微塵も思っていないだろう。


「じゃあ行こうか」

「はい。クリス、ごめんなさい、先に戻っていてちょうだい」


クリスに一言そう言って私はカイの後に続いた。


カイは中庭で足を止めた。ちらほらと人の姿が見え、こっちの姿も見え、まあ悪い場所ではない。室内で二人きりより断然マシ。

カイは私を振り返ると、少しきまりの悪そうな顔で笑った。


「父上がエレナに言ったそうだね」


陛下が? 何か言われたっけ?

身に覚えのない話だが、必死に考えてみる。


「……なんの話でしょう?」


そう言って、思い出した。あれだ、カイの婚約打診。私が思い出したことに気が付いたのか、カイが苦笑いを浮かべる。私もとりあえず笑っておく。

……気まずい。

こういう話題はただでさえ気まずいのに、すっかり忘れていたこともカイにばれている。言い訳のしようもない。


「その様子だと、私のことを意識もしてくれていなかったみたいだね」

「……色々ありましたもので」


なんて言ってみるが、これは明らかに私が悪い。多分。しかしカイは気を悪くした様子はないようだ。「そうだね」と頷いて笑ってくれた。


「エレナの気持ちは分かっている。ただ、私は自分の口ではなく、父上から伝わったことが心残りなんだ」


そう言うやいなや、カイはすっと真剣な表情で私を見た。纏う雰囲気が急に変わる。それは私の知っているカイではなく、愛玲奈の時に知っていた、カイ・アルベルトだった。

思わず目が惹かれる。そのかっこよさに見惚れてしまう。


「エレナ、私は君のことが好きだ。君が光属性の使い手だからじゃない。皇子としてではなく、カイとして、君のことが欲しい」


言葉が何も出てこなかった。それはいつかの私が夢見た理想の告白そのものだった。知らず涙がこぼれた。どうしてかは分からない。

カイがどんな表情をしているのかは見れなかった。


「……ありがとうございます。とても光栄ですわ」


本当に光栄なことだ。愛玲奈の時の自分だったら迷いなく頷いていただろう。いや、愛玲奈だったらそもそもカイの目に留まることはなかっただろうけど。

言葉を続けようと口を開くが、先にカイがふっと笑った。


「ちゃんと伝えたらエレナの気持ちも揺らぐかと思っていたけど、そんなことはなかったみたいだね」

「……夢がありますの。殿下のお隣に立つことはそれに近付くことなのかもしれませんが、同時に遠くなってしまうのが分かります。だから、私は他の方法でその景色を見たいと思っております」


ファンタジー世界を堪能したいとか、カミラをいい子にしたいとか、ベアトリクスの断罪を阻止したいとか、そんな目先の希望ではない。エレナとして生きてきて、最近ようやく見つけた私の夢。

ここでカイの手を取ることが一番の近道だとは分かっている。だけどそれではだめなのだ。それでは意味がない。

曖昧な言葉だったが、カイは何も聞かなかった。


「……そっか。エレナにならできるよ。きっと、何でも。ただ、エレナの思い描く未来に私もいたらいいと思っていたんだけどな」

「いいえ、殿下。わたくしの思い描く未来に殿下はいらっしゃいます。わたくしは殿下のお手を取ることはできませんが、殿下から離れる気は毛頭ございませんわ」


だってどうしてもカイの協力は必要だし。まあこれは私の都合のいい考えだけど。


「もちろん、殿下がもうわたくしの顔など見たくないとおっしゃるのでしたら、お側にはもういられませんが」


振っておきながら利用しようなんてとても図々しいとは思う。だからカイがそう言うのなら、夢は叶わないにしろ、私にできることをするだけだ。

しかしカイは首を横に振った。


「いいや、私も今まで通りエレナには近くにいて欲しい。そしてこれからも私のことを助けて欲しいと思っている」

「もちろんですわ、殿下。わたくしにできることでしたら何でも致します」


カイが私の前に右手を差し出してきた。その意図がすぐに分かり、私はその手を右手で握る。

晴れ渡る暑い日の午後、私たちは握手を交わした。
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