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平民の子供
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「お姉ちゃんたちは、お貴族様なのに、お供の人はいないんですか?」
先ほども聞いたけど、『お貴族様』という言葉は聞いていてあまり感じが良くない。なんか必要以上に持ち上げられていて、皮肉を感じる。まあこの子達の周りの大人がそう言っているんだろうけど。仕方がない。
「ええ、今日は二人で来たかったの。でもばれたら怒られるから、このことは誰にも内緒よ」
口の前で人差し指を立ててみると、お姉ちゃんも同じように真似をする。妹は両手で口を押さえてコクコクと頷いた。「ばれたら怒られる」という言葉で自分が怒られた時のことを思い出したのかもしれない。心なしか顔色が悪い……気がする。
分かる、分かるよ。怒られるって考えただけでもぞわぞわするよね。
なんて心の中で同意をしていると、クリスはいつもと変わらない様子でさらっと言った。
「君たちも子供なのに親と一緒にいないんだ?」
……ここでぶっこむか。
確かにお父さんが亡くなってどんな生活をしているだろうとは思っていたけど……まあ切り出してくれて助かった。あんまり不自然じゃないし。
どんな答えが返って来るだろうかと思ってドキドキしていると、私の想像とは違い、お姉ちゃんはあっさりと「はい」と頷いた。クリスが更に深く聞く。
「お母さんとお父さんと一緒にいなくてもいいの?」
「お母さんは私がもっと小さい頃に死んでしまいました。お父さんはもうずっといません」
……どういうことだ? お母さんが亡くなったっていうのは分かった。お父さんはずっといない? あの愉快事件からニ、三か月だよね。ずっとって言うほどの長さかな? もしかして人違い?
クリスに間違いではないかと視線を送ると、クリスは小さく首を横に振った。クリスも不思議そうな表情ではあるが、間違ってはいないようだ。
私たちが首を傾げているのを見て、女の子が付け加える。
「お父さんはたまにおうちにお金を置きに来ていたそうです。叔母さんが言っていました。だけど、いつも私たちが寝ている時間で、私たちは会うことはありません」
仕事でずっと家を空けているってことか。汚い仕事に手を出すくらいだ。働いても働いてもお金はたまらなかったのかもしれない。
「……寂しくはないの?」
ついそう聞いていた。今までも碌に会うことのなかった父親。この先はもう二度と会うことはできない。この子達は、いや、この子達の叔母さんすらもあの人がもういないことなんて知らないのかもしれない。
あの後、あの人はどうなったのか私は知らない。だけど平民で罪人だ。きっと手厚く葬られていることはないだろう。家族への連絡も、身元の確認もしていない気がする。
子供たちは私の質問にきょとんとした顔をして、そして笑った。
「いないのが当たり前ですから。叔母さんは優しいし、困ることはありません」
その言い方があまりに大人びていて、私は何の言葉も出てこなかった。カミラを見て、貴族の子供は勉強ばかりで大変だな、って思っていた。だけど、貴族の子供じゃなくても同じなんだ。
貴族の子供は貴族の世界で、平民の子供はこの世界で、それぞれ生きていくのに精いっぱいで、子供でいられる時間は少ない。貴族とか平民とか関係なく、この世界で生きていくと言うのはそういうことなのだ。
私があっちの世界でどれだけ恵まれていたのか。そう考えると、涙が出そうになった。
「……もうお父さんが帰って来なかったら、なんて考えない?」
クリスが珍しく静かな声で聞いた。それは私も聞きたくて、だけど聞けなかったことだ。お姉ちゃんはとても穏やかな表情で妹の方を見る。
妹はお腹がいっぱいになったからか、こくこくと舟をこいでいた。
「それでも、生きていくだけですから」
晴れやかにそう笑った顔を見て、私は心の底から分からされた。もし私に何か償いができれば、と思っていた。だけど、この子達に私ができることは何もない。
「私ももう少しで働ける年齢になります。お父さんがいなくても大丈夫。私がこの子を守りますから」
ここは私の出る幕ではない。
「……そう。踏み込んだことを聞いてごめんなさい。私たちはもう帰るわね。残ったのはあなた達で食べてちょうだい」
テーブルの上に残った食べ物をハンカチで包んであげると、お姉ちゃんは「ありがとうございます」と頭を下げた。お金を出すことは簡単だ。だけどきっとこの子達は、この子はそれを望んでいない。私に与えられるものは精々これくらいだ。……まあこれもクリスが買ったものだけど。
「またここに来ることがあったら、こうして一緒にご飯を食べてくれるかしら?」
「はい、もちろんです」
私とクリスが立ち上がると、お姉ちゃんも立ち上がって私たちを見上げる。
「帰りの道は大丈夫ですか?」
そういえば帰り道の心配があったな。
クリスに視線を向けると、クリスはお城の方を見て、そして頷いた。
「多分大丈夫」
それを見てお姉ちゃんも頷く。妹の方は机に突っ伏して爆睡している。この状況で案内させるのも申し訳ない。
「いっぱいもらって、ありがとうございます」
お姉ちゃんが深々と頭を下げる。だけどお礼を言いたいのはこちらだ。
「こちらこそありがとう。とても楽しい時間だったわ。また会いましょう」
目的を果たすことはできたけど、本当はもう少しゆっくり話をしたかった。だけどここへは内緒で来たのだ。あまりゆっくりしていて、誰かにばれたら大変なことになる。
最後に手を振って、私はクリスの後に続き、広場を後にした。
先ほども聞いたけど、『お貴族様』という言葉は聞いていてあまり感じが良くない。なんか必要以上に持ち上げられていて、皮肉を感じる。まあこの子達の周りの大人がそう言っているんだろうけど。仕方がない。
「ええ、今日は二人で来たかったの。でもばれたら怒られるから、このことは誰にも内緒よ」
口の前で人差し指を立ててみると、お姉ちゃんも同じように真似をする。妹は両手で口を押さえてコクコクと頷いた。「ばれたら怒られる」という言葉で自分が怒られた時のことを思い出したのかもしれない。心なしか顔色が悪い……気がする。
分かる、分かるよ。怒られるって考えただけでもぞわぞわするよね。
なんて心の中で同意をしていると、クリスはいつもと変わらない様子でさらっと言った。
「君たちも子供なのに親と一緒にいないんだ?」
……ここでぶっこむか。
確かにお父さんが亡くなってどんな生活をしているだろうとは思っていたけど……まあ切り出してくれて助かった。あんまり不自然じゃないし。
どんな答えが返って来るだろうかと思ってドキドキしていると、私の想像とは違い、お姉ちゃんはあっさりと「はい」と頷いた。クリスが更に深く聞く。
「お母さんとお父さんと一緒にいなくてもいいの?」
「お母さんは私がもっと小さい頃に死んでしまいました。お父さんはもうずっといません」
……どういうことだ? お母さんが亡くなったっていうのは分かった。お父さんはずっといない? あの愉快事件からニ、三か月だよね。ずっとって言うほどの長さかな? もしかして人違い?
クリスに間違いではないかと視線を送ると、クリスは小さく首を横に振った。クリスも不思議そうな表情ではあるが、間違ってはいないようだ。
私たちが首を傾げているのを見て、女の子が付け加える。
「お父さんはたまにおうちにお金を置きに来ていたそうです。叔母さんが言っていました。だけど、いつも私たちが寝ている時間で、私たちは会うことはありません」
仕事でずっと家を空けているってことか。汚い仕事に手を出すくらいだ。働いても働いてもお金はたまらなかったのかもしれない。
「……寂しくはないの?」
ついそう聞いていた。今までも碌に会うことのなかった父親。この先はもう二度と会うことはできない。この子達は、いや、この子達の叔母さんすらもあの人がもういないことなんて知らないのかもしれない。
あの後、あの人はどうなったのか私は知らない。だけど平民で罪人だ。きっと手厚く葬られていることはないだろう。家族への連絡も、身元の確認もしていない気がする。
子供たちは私の質問にきょとんとした顔をして、そして笑った。
「いないのが当たり前ですから。叔母さんは優しいし、困ることはありません」
その言い方があまりに大人びていて、私は何の言葉も出てこなかった。カミラを見て、貴族の子供は勉強ばかりで大変だな、って思っていた。だけど、貴族の子供じゃなくても同じなんだ。
貴族の子供は貴族の世界で、平民の子供はこの世界で、それぞれ生きていくのに精いっぱいで、子供でいられる時間は少ない。貴族とか平民とか関係なく、この世界で生きていくと言うのはそういうことなのだ。
私があっちの世界でどれだけ恵まれていたのか。そう考えると、涙が出そうになった。
「……もうお父さんが帰って来なかったら、なんて考えない?」
クリスが珍しく静かな声で聞いた。それは私も聞きたくて、だけど聞けなかったことだ。お姉ちゃんはとても穏やかな表情で妹の方を見る。
妹はお腹がいっぱいになったからか、こくこくと舟をこいでいた。
「それでも、生きていくだけですから」
晴れやかにそう笑った顔を見て、私は心の底から分からされた。もし私に何か償いができれば、と思っていた。だけど、この子達に私ができることは何もない。
「私ももう少しで働ける年齢になります。お父さんがいなくても大丈夫。私がこの子を守りますから」
ここは私の出る幕ではない。
「……そう。踏み込んだことを聞いてごめんなさい。私たちはもう帰るわね。残ったのはあなた達で食べてちょうだい」
テーブルの上に残った食べ物をハンカチで包んであげると、お姉ちゃんは「ありがとうございます」と頭を下げた。お金を出すことは簡単だ。だけどきっとこの子達は、この子はそれを望んでいない。私に与えられるものは精々これくらいだ。……まあこれもクリスが買ったものだけど。
「またここに来ることがあったら、こうして一緒にご飯を食べてくれるかしら?」
「はい、もちろんです」
私とクリスが立ち上がると、お姉ちゃんも立ち上がって私たちを見上げる。
「帰りの道は大丈夫ですか?」
そういえば帰り道の心配があったな。
クリスに視線を向けると、クリスはお城の方を見て、そして頷いた。
「多分大丈夫」
それを見てお姉ちゃんも頷く。妹の方は机に突っ伏して爆睡している。この状況で案内させるのも申し訳ない。
「いっぱいもらって、ありがとうございます」
お姉ちゃんが深々と頭を下げる。だけどお礼を言いたいのはこちらだ。
「こちらこそありがとう。とても楽しい時間だったわ。また会いましょう」
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