池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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特別の理由

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目を開けるとシンプルな、しかし豪華な天井が見えた。

ここ、どこだ? うちでも寮でもないぞ。

ぼうっとしたままそう考える。

ああ、そうだ。ユリウス殿下につかまっているんだった。

覚醒した頭でようやくそこに至り、私は再び布団へと寝転がった。捕まってもう一週間。特に何をするでもなく、気が向いた時に本を読んで過ごすこの生活は悪くはない。口うるさいアリアもいない。勉強もしなくていい。誰の目も気にしなくていい。たまにユリウス殿下が来ることをのぞけば。

だけど、寂しい。ここ最近は常にクリスが隣にいたので、基本的ににぎやかだったし。最初の数日は静かに本が読めてラッキーなんて思っていたけど、さすがに一週間は長い。もうこの際アリアのお小言でもいいので聞きたい。

コンコン、とノックが聞こえてドアが開いた。慌てて飛び起き、髪を整える。そんな私をみてユリウス殿下はくすくすと笑った。


「乙女のお部屋でしてよ。扉を開けるのは返事を聞いてからにしてくださいませ」

「それはごめんね。君に早く会いたくて、つい」


厳密にいえばここは私の部屋ではない。ユリウス殿下が魔法で作り出した異空間にある屋敷の一部屋。ベッドも机も椅子も、本までも、ユリウス殿下が作り出したもの。つまり、ユリウス殿下の物。

しかし私に使っていいと与えられたのだから、私の部屋だと言っても過言ではないだろう。なんてジャイアン的思考。

椅子に座り、向かいの椅子を魔法で引くと、私が何も言わなくてもユリウス殿下はそこに座った。


「お茶でもどうかな?」

「いただきますわ」


ここに来て最低限の食事はユリウス殿下が持って来てくれている。しかし、家や寮にいた頃のように好きな時にお茶を飲んだりお菓子を食べたりはできていない。

どうしても甘いものが欲しい時は魔法で作って食べてはいるけど。それができることを知っているから、ユリウス殿下は不必要なものは持ってこないんだろうけど。

でもあれあんまり好きじゃないんだよね。もちろん美味しいのは美味しいけど、食べた気がしないって言うか……。というか実際栄養にはなってないしね。

だから本物のお茶が飲めるのはとても嬉しい。

いれてくれたお茶をすすり、ユリウス殿下を見る。


「それで、わたくしはいつまでここにいればいいんですの?」


私の質問が意外だったのか、ユリウス殿下は目を丸くして言った。


「あれ? 帰りたいの? 快適でしょ?」


それはそうだ。とても快適。後はお茶とお菓子があれば文句がないくらいには。


「だけど、ここには皆がおりませんもの」

「僕がいるじゃない。僕じゃダメかな?」

「ええ、ダメです」


ユリウス殿下はユリウス殿下。皆の代わりになんてなれるわけがない。


「僕のことが嫌い?」


ユリウス殿下が嫌いか? そんなこと分かり切っている。しかし、言葉ははっきりと出てこなかった。


「ええ……」


寮を襲撃し、皆を傷付けた。ベアトリクスを利用し、始末しようとした。私をさらったあのおじさんの命を奪った。どれも許しがたいことだ。しかし、嫌いという言葉にはとても違和感があった。


「……嫌いかと問われれば、嫌いではないと答えるしかありません。憎しみや怒りを抱いたことは何度もあります。だけど、ユリウス殿下のすることは間違っているとは思えません。やり方はもう少し考えて欲しいところですが……」


ユリウス殿下は手っ取り早さを優先し、これまでやって来たんだろう。その過程は許せない。だけど、国のことを考えた結果だ。

その点だけを見れば、私にも非はある。さっさと名乗りを上げるべきだった。私の魔法で救われる命を見ていると後悔ばかりが募る。

私の言葉にユリウス殿下が笑った。上品に、だけどとても嬉しそうに。

……なんだかなぁ。

基本的にこの手の顔に弱いんだと自分でも分かる。これまで色々あった人だけど、好かれて悪い気はしない。


「殿下はおっしゃいましたね。わたくしは特別だと。あれはどういう意味かお聞きしても?」


ずっと気になっていた。どうしてユリウス殿下は私を傷付けないのか。私のことを大切にするのか。私を特別だと言うのか。聞くにはいい機会だ。

ユリウス殿下は私の顔を見て微笑んだ。優しい、穏やかな表情だった。


「ある日突然自分の魔法に食われ、一人閉じ込められた僕の気持ちが分かる?」


一人閉じ込められた気持ち。なんとなく想像はつく。言葉で言うのは簡単だ。だけどそれはきっと味わった人にしか分からない感情。

ここで私が頷くのは違う。首を横に振ると、ユリウス殿下は続けた。


「誰の姿も気配もなく、声も聞こえず、たった一人。出口は何となく分かるのに出ることはできない。自分が誰か分からなくなりながらも、なんとか生きている。そんな状況。そこに現れた君を見た時の僕の気持ちは?」


ああ、そっか。あそこに迷い込めたのはあの時点で光属性を持っていた私だけ。ずっとあそこにいたユリウス殿下にとって、私が初めての自分以外の誰かだったんだ。


「君は僕のことを『お城の神様』と呼んだね?」


最初は本当に神様かと思っていたから。だって第一皇子なんて設定にもなかったし、ストーリーにも出てこなかったんだもん。まさかあんなところにいるとも思わなかったし。


「僕にとって、君は女神に見えたよ」


そう言ってユリウス殿下はとても優しい表情で笑い、私を見た。
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