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さあっと目の前の景色が変わる。私が立っていたのはいつぞやに皆でピクニックをしたあの場所だった。
おお、意外とお城から近くにいたんだ。もっと遠いのかと思っていた。
「ここは僕のお気に入りの場所だよ。空気が綺麗で、風が気持ちよくて、静か。学生の頃からよくここに来たんだ」
「わたくしも同感ですわ。ここはとてもいい場所です」
にっこりと笑うとユリウス殿下は悲しそうに微笑んだ。
「さっきの君の方が好きだな。自然体で」
「それはありがとうございます。だけどわたくしはエレナ・フィオーレですので」
すっかり令嬢言葉に慣れてしまった私は、愛玲奈の時のように喋るのは少し違和感がある。さっきは自然と出ていたけど。
私はもうとっくにこの世界のエレナなのだから。
「さて、十分ゆっくりしましたので、わたくしはこの辺でお暇させていただきますわ」
笑顔でそう言うと、ユリウス殿下も笑顔で答えた。
「そういうわけにはいかないよ」
一瞬、ヒュンッと風が私を包んだ。いつでも攻撃できるという脅しだろう。魔法の力で敵うなんて思ってはいけない。私もたいがいだけどユリウス殿下は私以上にチートなのだ。
「では教えてくださいませ。何のためにわたくしをここへ連れて来たのですか? いつまでも何も言われず、もう飽きましたの」
「君は特別カイに気に入られているからね」
たったそれだけ。だけどそれは私の予想を確定させる言葉だった。
まあそんなことだろうとは思っていた。やっぱりユリウス殿下は国のことしか考えていない。
「そんなにこの国が大事なら、ユリウス殿下が皇帝の座につけばよろしいのに」
半分冗談。半分本気。まあ私が推すのはカイだから全力で阻止するけど。
「それはカイを殺してもいいということかな?」
「そんなわけないでしょう。殿下ともなれば人の記憶くらい書き換えることは可能なのでは?」
いくら魔法でもそんなことがあってたまるか。そう思いながら口にした言葉だった。100%冗談だった。しかし、ユリウス殿下はあっさりと頷いた。
「まあできるけど」
「できるんかい!!」
つい本心が口から出てしまった。慌てて口を押さえ、コホンと咳払いをする。ユリウス殿下はそんな私を見て笑っていた。
「できるけど、しないよ」
「あら、どうしてですの?」
ユリウス殿下が行方不明になった事実を消し、本来の第一皇子として帝位につく。こんなことしなくてもそれが一番手っ取り早いだろうに。
不思議に思い首を傾げる。
「だって君はそういうの嫌だろう?」
「え? そりゃまあ人の記憶を変えるなんて褒められたことではありませんわね」
愛玲奈時代に読んだ中でも、結構な数の物語が人の記憶をいじる系の魔法や力は禁忌とされていた。当然、そんな数多くの物語に触れて来た私もあまりいいイメージはないし、どうぞ、なんて簡単に言えない。
「君に嫌われたくないからね」
「そうですか。てっきりユリウス殿下は目的の為に手段は選ばない方だと思っておりましたわ」
それなら人の命を奪うようなことをしないで欲しいけど。そう口にする前にユリウス殿下が言う。
「もう誰かを殺しもしないよ」
「え?」
今なんて言った? もう誰も殺さない? 本当にそう言ったの? あのユリウス殿下が?
ポカンとしてユリウス殿下を見る私はとても間抜けだろう。分かっているけど驚きすぎて繕えない。だってあのユリウス殿下だよ? 大勢が救われるなら少数を犠牲にすることをためらわないユリウス殿下だよ? そんなことある?
ユリウス殿下は「そんなに驚かなくても」と苦笑した。いや、だって……。
「あの日、どこの誰かも分からないような男の為に涙を流した君がいまだに理解できない。だけど、君が誰かの死を悲しみ、涙を流すのは面白くない」
ああ、そうですか。
「君は僕の為だけに泣いておくれ」
優しい手が私の髪をすっと撫でた。触れるか触れないかのギリギリのところで。
……本当にこの人の私への感情が良く分からない。これなら愛とか恋とか言ってくれた方が分かりやすくていい。
「自分を人質に取るような方の為に泣くことはできませんわ」
ユリウス殿下の手を払うと、殿下は困ったように笑った。聞き分けのない子供を見るような目。
私はおかしいことは言ってないと思うけど。
「それで、要求はなんなんです?」
「カイに選んでもらっているよ。天秤にかけたのは君と、この国だ」
私とこの国。そんなもの天秤にかけるまでもないだろう。だけどユリウス殿下にはカイにとって私がそれほど大事にしているように見えたんだ。
「カイはそろそと決めた頃だろうね。どちらを選ぶか気にならない?」
「いいえ」
きっぱりと首を振る。そんなこと全く気にならない。だって考えなくても分かる。
「殿下の答えは一つだけですわ。あの方がわたくしを選ぶわけがありませんもの」
カイは皇帝になる。これはもう既に決まっている未来。私が結構かき回してしまったけど、これが覆ることはあってはならない。私がカイの作る未来を見たいから。
ユリウス殿下が何をしても私が絶対にカイを帝位につける。その為には私が足を引っ張るわけにはいかないのだ。カイが私を選ばないのは分かっている。だけどカイは優しいから。あまり遅くなってしまっては心配をかけてしまう。早く帰らなければ。
「では、わたくしはこれで失礼いたしますね」
私はにっこりと笑ってそう言った。
おお、意外とお城から近くにいたんだ。もっと遠いのかと思っていた。
「ここは僕のお気に入りの場所だよ。空気が綺麗で、風が気持ちよくて、静か。学生の頃からよくここに来たんだ」
「わたくしも同感ですわ。ここはとてもいい場所です」
にっこりと笑うとユリウス殿下は悲しそうに微笑んだ。
「さっきの君の方が好きだな。自然体で」
「それはありがとうございます。だけどわたくしはエレナ・フィオーレですので」
すっかり令嬢言葉に慣れてしまった私は、愛玲奈の時のように喋るのは少し違和感がある。さっきは自然と出ていたけど。
私はもうとっくにこの世界のエレナなのだから。
「さて、十分ゆっくりしましたので、わたくしはこの辺でお暇させていただきますわ」
笑顔でそう言うと、ユリウス殿下も笑顔で答えた。
「そういうわけにはいかないよ」
一瞬、ヒュンッと風が私を包んだ。いつでも攻撃できるという脅しだろう。魔法の力で敵うなんて思ってはいけない。私もたいがいだけどユリウス殿下は私以上にチートなのだ。
「では教えてくださいませ。何のためにわたくしをここへ連れて来たのですか? いつまでも何も言われず、もう飽きましたの」
「君は特別カイに気に入られているからね」
たったそれだけ。だけどそれは私の予想を確定させる言葉だった。
まあそんなことだろうとは思っていた。やっぱりユリウス殿下は国のことしか考えていない。
「そんなにこの国が大事なら、ユリウス殿下が皇帝の座につけばよろしいのに」
半分冗談。半分本気。まあ私が推すのはカイだから全力で阻止するけど。
「それはカイを殺してもいいということかな?」
「そんなわけないでしょう。殿下ともなれば人の記憶くらい書き換えることは可能なのでは?」
いくら魔法でもそんなことがあってたまるか。そう思いながら口にした言葉だった。100%冗談だった。しかし、ユリウス殿下はあっさりと頷いた。
「まあできるけど」
「できるんかい!!」
つい本心が口から出てしまった。慌てて口を押さえ、コホンと咳払いをする。ユリウス殿下はそんな私を見て笑っていた。
「できるけど、しないよ」
「あら、どうしてですの?」
ユリウス殿下が行方不明になった事実を消し、本来の第一皇子として帝位につく。こんなことしなくてもそれが一番手っ取り早いだろうに。
不思議に思い首を傾げる。
「だって君はそういうの嫌だろう?」
「え? そりゃまあ人の記憶を変えるなんて褒められたことではありませんわね」
愛玲奈時代に読んだ中でも、結構な数の物語が人の記憶をいじる系の魔法や力は禁忌とされていた。当然、そんな数多くの物語に触れて来た私もあまりいいイメージはないし、どうぞ、なんて簡単に言えない。
「君に嫌われたくないからね」
「そうですか。てっきりユリウス殿下は目的の為に手段は選ばない方だと思っておりましたわ」
それなら人の命を奪うようなことをしないで欲しいけど。そう口にする前にユリウス殿下が言う。
「もう誰かを殺しもしないよ」
「え?」
今なんて言った? もう誰も殺さない? 本当にそう言ったの? あのユリウス殿下が?
ポカンとしてユリウス殿下を見る私はとても間抜けだろう。分かっているけど驚きすぎて繕えない。だってあのユリウス殿下だよ? 大勢が救われるなら少数を犠牲にすることをためらわないユリウス殿下だよ? そんなことある?
ユリウス殿下は「そんなに驚かなくても」と苦笑した。いや、だって……。
「あの日、どこの誰かも分からないような男の為に涙を流した君がいまだに理解できない。だけど、君が誰かの死を悲しみ、涙を流すのは面白くない」
ああ、そうですか。
「君は僕の為だけに泣いておくれ」
優しい手が私の髪をすっと撫でた。触れるか触れないかのギリギリのところで。
……本当にこの人の私への感情が良く分からない。これなら愛とか恋とか言ってくれた方が分かりやすくていい。
「自分を人質に取るような方の為に泣くことはできませんわ」
ユリウス殿下の手を払うと、殿下は困ったように笑った。聞き分けのない子供を見るような目。
私はおかしいことは言ってないと思うけど。
「それで、要求はなんなんです?」
「カイに選んでもらっているよ。天秤にかけたのは君と、この国だ」
私とこの国。そんなもの天秤にかけるまでもないだろう。だけどユリウス殿下にはカイにとって私がそれほど大事にしているように見えたんだ。
「カイはそろそと決めた頃だろうね。どちらを選ぶか気にならない?」
「いいえ」
きっぱりと首を振る。そんなこと全く気にならない。だって考えなくても分かる。
「殿下の答えは一つだけですわ。あの方がわたくしを選ぶわけがありませんもの」
カイは皇帝になる。これはもう既に決まっている未来。私が結構かき回してしまったけど、これが覆ることはあってはならない。私がカイの作る未来を見たいから。
ユリウス殿下が何をしても私が絶対にカイを帝位につける。その為には私が足を引っ張るわけにはいかないのだ。カイが私を選ばないのは分かっている。だけどカイは優しいから。あまり遅くなってしまっては心配をかけてしまう。早く帰らなければ。
「では、わたくしはこれで失礼いたしますね」
私はにっこりと笑ってそう言った。
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