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話し合い
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お城の裏側の誰も来ないところで一人うずくまる。スカートが汚れるのも気にせず。涙を手の甲で拭う。
ユリウス殿下の言葉が頭の中を回る。私が言いたいのはそういうことじゃない。ただ一言後悔の言葉が欲しかっただけ。「私が言うなら」なんてそんなのは罪の意識じゃない。
生きてきた世界が違いすぎる。ユリウス殿下と私は言葉が通じない。これではだめだ。婚約したとしても上手くはいかない。歩み寄る気がないのだ。ユリウス殿下も、私も。
分かってる。
少ししてサク、と地面を踏む音が聞こえた。足音は少しだけ距離を残してそこで止まる。何も言われない。私も何も言わない。沈黙の時間が十分ほど過ぎた。
「……牢屋に入って欲しいとは思っていますけど、死んで欲しいとは思いません」
「うん」
「私はとても怒っています」
「うん」
「……あなたを嫌いになりそうです」
「それは嫌だな」
首だけで振り向くと困ったような笑みを浮かべたユリウス殿下が立っていた。すっかり魔力だけで分かるようになってしまった。この人だけは。
「近くに行ってもいいかな」
「どうぞ」
私も膝を立てて座り、スカートをできるだけ整えた。地面に、それも膝を立てて座っている時点で褒められたことではないけど、さすがにスカートの中が見えるのは私も嫌だ。膝を抱えると、ユリウス殿下が私の右隣に座った。
私は何も言わない。一人でここに来たということは何か話がしたくて私を探して来たのだろう。少しの沈黙ののち、静かな声が聞こえた。
「後悔はしていないよ。必要なことだったと思っている」
「……あの人を殺したのも?」
忘れられない。私の目の前で殺された平民の男の人。子供たちが待っていたというのに帰してあげられなかった。
「あの時は怒りで頭がいっぱいだった。だけど考えてみて。貴族をさらった平民が無事に帰れると思う?」
……思わない。
「死ぬよりも辛い目に遭って、最後に苦しんで死ぬ未来しか待っていないよ」
それでも生きていたら可能性はあったかもしれないのに。
「怒りに任せて殺したことを正当化するつもりはないよ。でもたとえ冷静だったとしても僕は同じことをするだろうね」
「それが優しさですか?」
「そうだね」
そういう優しさの形もあるかもしない。あのまま私が逃がしたって逃げられるわけもない。捕まって酷い目に遭って終わり。それはとても酷な結末だ。私が何を言っても変えることのできないことだろう。
ユリウス殿下の言っていることは一概に間違っているとは言えない。
「魔法省の黒幕はどうされましたか?」
「殺したよ」
短くそう答えるユリウス殿下。あまり深く聞いて欲しくないんだなと思う。おそらく簡単には殺していないのだろう。
「……人を殺すのは楽しいですか?」
これを聞くのは少し躊躇した。しかし聞かないと言う選択肢はなかった。いい機会だ。今ここでちゃんと話をしておかないとまた今日と同じことの繰り返しだ。
返事はすぐに返って来た。
「楽しいと思う?」
その表情が悲しそうで苦しそうで、まるで泣いているように見えた。
「……申し訳ありません」
分かっていた。
――数十人が死ぬかもしれないけど、数千人、数万人以上の人が救われる。僕は迷わなかったよ。
あの時そう言って泣きそうに笑ったユリウス殿下の顔を見た時から。好きでしているわけではないこと。誰よりもこの人が国民を守りたいと思っていること。
「僕は今まで嘘は言ったことがない。あの時生徒が何人死のうが僕には本当にどうでもよかったし、それでもっと多くの人が救われるなら迷いもしない。後悔したことは一度もないよ」
その非情な言葉を聞いても怒りなど全くない。この人はそういう世界で生まれ、育ってきた。それはユリウス殿下のせいではない。
「だけど犯した罪の大きさも数も僕が一番よく知っている」
ユリウス殿下は真っすぐな目で私を見て、そして微笑んだ。
「君が怒っている理由も僕を許せないのも分かっている。僕だって罪の意識がないわけではないんだよ」
今まで一度も聞いたことのない言葉。それが嘘ではないことは考えなくても分かった。罪悪感を抱く人の声だったから。
……心のどこかで分かっていた。私が怒っているのは、責めているのはただの八つ当たりだと。
「夢に見るのです。クリスやお兄様、皆が血だらけで私に言います。お前が力を隠したからこうなったのだ、と。本当にその通りだと思います。私が最初から隠さず名乗り出ていればきっとユリウス殿下はあんなことされなかった」
皆を傷付けることもなく、救えるはずだった命を救えた。
「人を救う光属性を誇りに思っています。だけど同時にこんな力持たなければ、とも思います。ユリウス殿下も覚えがあるのでは?」
ユリウス殿下こそ自らの力に振り回された方だ。そう思ったことは私以上に多いだろう。殿下は静かに頷いた。
「今まで申し訳ありませんでした。怒るのも責めるのもお門違いです。悪いのは私です」
最初から名乗り出るべきだった。もしくは本物のエレナのように隠し通すべきだった。カイにも近付かず、何にも首を突っ込まず静かに生きるべきだった。そうしたらきっと世界はもっと穏やかにハッピーエンドを迎えていた。
責められるべきは私だったのだ。
ユリウス殿下の言葉が頭の中を回る。私が言いたいのはそういうことじゃない。ただ一言後悔の言葉が欲しかっただけ。「私が言うなら」なんてそんなのは罪の意識じゃない。
生きてきた世界が違いすぎる。ユリウス殿下と私は言葉が通じない。これではだめだ。婚約したとしても上手くはいかない。歩み寄る気がないのだ。ユリウス殿下も、私も。
分かってる。
少ししてサク、と地面を踏む音が聞こえた。足音は少しだけ距離を残してそこで止まる。何も言われない。私も何も言わない。沈黙の時間が十分ほど過ぎた。
「……牢屋に入って欲しいとは思っていますけど、死んで欲しいとは思いません」
「うん」
「私はとても怒っています」
「うん」
「……あなたを嫌いになりそうです」
「それは嫌だな」
首だけで振り向くと困ったような笑みを浮かべたユリウス殿下が立っていた。すっかり魔力だけで分かるようになってしまった。この人だけは。
「近くに行ってもいいかな」
「どうぞ」
私も膝を立てて座り、スカートをできるだけ整えた。地面に、それも膝を立てて座っている時点で褒められたことではないけど、さすがにスカートの中が見えるのは私も嫌だ。膝を抱えると、ユリウス殿下が私の右隣に座った。
私は何も言わない。一人でここに来たということは何か話がしたくて私を探して来たのだろう。少しの沈黙ののち、静かな声が聞こえた。
「後悔はしていないよ。必要なことだったと思っている」
「……あの人を殺したのも?」
忘れられない。私の目の前で殺された平民の男の人。子供たちが待っていたというのに帰してあげられなかった。
「あの時は怒りで頭がいっぱいだった。だけど考えてみて。貴族をさらった平民が無事に帰れると思う?」
……思わない。
「死ぬよりも辛い目に遭って、最後に苦しんで死ぬ未来しか待っていないよ」
それでも生きていたら可能性はあったかもしれないのに。
「怒りに任せて殺したことを正当化するつもりはないよ。でもたとえ冷静だったとしても僕は同じことをするだろうね」
「それが優しさですか?」
「そうだね」
そういう優しさの形もあるかもしない。あのまま私が逃がしたって逃げられるわけもない。捕まって酷い目に遭って終わり。それはとても酷な結末だ。私が何を言っても変えることのできないことだろう。
ユリウス殿下の言っていることは一概に間違っているとは言えない。
「魔法省の黒幕はどうされましたか?」
「殺したよ」
短くそう答えるユリウス殿下。あまり深く聞いて欲しくないんだなと思う。おそらく簡単には殺していないのだろう。
「……人を殺すのは楽しいですか?」
これを聞くのは少し躊躇した。しかし聞かないと言う選択肢はなかった。いい機会だ。今ここでちゃんと話をしておかないとまた今日と同じことの繰り返しだ。
返事はすぐに返って来た。
「楽しいと思う?」
その表情が悲しそうで苦しそうで、まるで泣いているように見えた。
「……申し訳ありません」
分かっていた。
――数十人が死ぬかもしれないけど、数千人、数万人以上の人が救われる。僕は迷わなかったよ。
あの時そう言って泣きそうに笑ったユリウス殿下の顔を見た時から。好きでしているわけではないこと。誰よりもこの人が国民を守りたいと思っていること。
「僕は今まで嘘は言ったことがない。あの時生徒が何人死のうが僕には本当にどうでもよかったし、それでもっと多くの人が救われるなら迷いもしない。後悔したことは一度もないよ」
その非情な言葉を聞いても怒りなど全くない。この人はそういう世界で生まれ、育ってきた。それはユリウス殿下のせいではない。
「だけど犯した罪の大きさも数も僕が一番よく知っている」
ユリウス殿下は真っすぐな目で私を見て、そして微笑んだ。
「君が怒っている理由も僕を許せないのも分かっている。僕だって罪の意識がないわけではないんだよ」
今まで一度も聞いたことのない言葉。それが嘘ではないことは考えなくても分かった。罪悪感を抱く人の声だったから。
……心のどこかで分かっていた。私が怒っているのは、責めているのはただの八つ当たりだと。
「夢に見るのです。クリスやお兄様、皆が血だらけで私に言います。お前が力を隠したからこうなったのだ、と。本当にその通りだと思います。私が最初から隠さず名乗り出ていればきっとユリウス殿下はあんなことされなかった」
皆を傷付けることもなく、救えるはずだった命を救えた。
「人を救う光属性を誇りに思っています。だけど同時にこんな力持たなければ、とも思います。ユリウス殿下も覚えがあるのでは?」
ユリウス殿下こそ自らの力に振り回された方だ。そう思ったことは私以上に多いだろう。殿下は静かに頷いた。
「今まで申し訳ありませんでした。怒るのも責めるのもお門違いです。悪いのは私です」
最初から名乗り出るべきだった。もしくは本物のエレナのように隠し通すべきだった。カイにも近付かず、何にも首を突っ込まず静かに生きるべきだった。そうしたらきっと世界はもっと穏やかにハッピーエンドを迎えていた。
責められるべきは私だったのだ。
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