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じゃじゃ馬娘
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「それで?」
嬉しくてニヤニヤしていた私に声をかけたのはクリスだった。その一言で私もハッとして表情を引き締める。忘れてはないよ。ちょっとカミラのことしか考えていなかっただけ。
コホンと咳ばらいをしてユリウス殿下を見る。
「申し訳ありませんが、わたくしはもう誰とも婚約をするつもりはございませんので」
そう言った途端、ゴン、と頭に鈍い痛みを覚えた。
いったぁ! 誰よ!
勢いよく振り向くとそこにはヘンドリックお兄様が。
「父上がお前を殴りたそうな顔をしていたもので」
「ああ、そうですか」
だからって本当に殴らなくてもいいのに。と思ってお父様の方を見ると、そこには見るからに怒っているであろう顔のお父様がいた。
……お兄様に殴られなかったらお父様に殴られていたかもしれない。
思えば今まで散々好き勝手をしてきた。もちろんすべてと言わずともお父様の耳に入っているはずだ。これまで怒られなかったのが奇跡だったのかもしれない。
「お待ちくださいませ、お父様。どうしてユリウス殿下とわたくしを婚約させたいのです?」
お父様は仕事に関しては一生懸命だ。だけど別に野心はない。別に私がどの身分の人と婚約しようが構わないはず。つまりユリウス殿下と私が婚約することでお父様に何かあるわけではないだろう。
「……陛下、申し訳ありませんが、宰相ではなく父親として発言させていただいてもよろしいでしょうか?」
陛下にそう確認を取るお父様。その声が怒りに震えているような気がする。もしかして私はお父様を更に怒らせてしまったのだろうか。
クリスに視線を送って助けを求める。クリスは私と目が合った途端、「エレナが悪い」と小さな声で言った。
……まじか。
「どうしても何も、殿下がそう望まれるのだ。なぜうちに断る権利があると思っている?」
いやまあそれは分かるよ。でも陛下もユリウス殿下もカイも上下関係にそんな厳しくないじゃん。いつも私身分を考えて行動してるよ。今くらいわがまま言ったっていいじゃん。
とは言葉には出さない。しかし顔には出ていたようだ。お父様の怒りが深くなる。
「……相手が殿下でなくとも私は喜んで差し出そう。こんなじゃじゃ馬を婚約者に望むなんて二人もいない。私はお前に結婚して少しは落ち着いて欲しいのだ」
「失礼ですわ! 誰がじゃじゃ馬だというのです!」
思わずそう言い返すとお父様は深い深いため息を吐いた。肺の中の空気が全て出たんじゃないかと思うくらい。
な、なによ、そんなため息つかなくてもいいじゃんか。
「そういうところだ」
ふっと遠い目をして皮肉な笑顔を浮かべたお父様に何も言い返せなかった。
確かに今までお父様に言い返したことはなかった。それは猫をかぶっていたからで、私が今反射的に口答えしたということはその猫がはがれかかっているということだ。
自分でも気が付かなかったけどクリスやヘンドリックお兄様と話をする時はいつもこんな感じなので、他の人に対してもそうなっていたようだ。
……じゃじゃ馬だという自覚はないけど、令嬢としては良くないだろう。もしアリアやお義母様の前だったら確実に怒られていた。
ヨハンに助けを求めて視線を送るとヨハンはそれに気が付いてくれた。優しいヨハンならもしかして……!
なんて少しの期待を持ったが、ヨハンが穏やかに微笑んで私から目を逸らした。とても助けてくれる雰囲気ではない。
「諦めろ。一昨日あの場にあれだけの人数がいたのに誰も止めなかったのはそれが一番いいと思ったからだ。今回の件でお前の味方は一人もいない。そうだろ、クリス?」
クリス! クリスだけは私の味方をしてくれるかもしれない。ここまで何も言ってくれなかったけど。すがるような目でクリスを見るとクリスはため息を吐いた。
「エレナ、腹は立つけど、ヘンドリック様と兄様は基本的に正しいんだよ」
な、なんと……! クリスまでもあっち側か!
「というかなんでエレナはそんなに嫌がっているの? ラルフなんかより全然いいでしょ。かっこいいし優しいし頼れるし」
まあそれは否定しない。見た目はドストライク。優しさは少し首を傾げたいところはあるけど、とても頼りにはなる。
「皆様はユリウス殿下のされたことを忘れたのですか? たくさんの生徒が傷付きました。失われた命もあります。どうしてそんな方を許すことができるというのでしょう?」
「前にヨハンから聞いたのだろう? 殿下に罪はない」
そんなことは分かっている。
「エレナ、そなたは理解しているだろう。犠牲を出してでもしなければならないことがある。そしてそれをするのが皇家の人間のすることだと」
ハッとしてカイを見るとカイは泣きそうな、苦しそうな表情で下を向いていた。リリーも目を伏せている。そう、優しいこの二人を支えて生きていこうと思った。いざとなれば私が汚れ仕事をするつもりでもいた。
それは十分に理解している。
「問題はそこではありません。ユリウス殿下、あの時少しでも罪の意識はありましたか? 傷付く皆に申し訳ないと思いましたか? そうするのが当然だと平然とあの惨劇を起こしたんじゃありませんか?」
私は謝罪も後悔も一度も聞いていない。それが心に引っかかっている。ユリウス殿下は表情一つも変えない。そして少し考えると言った。
「……君が言うのなら僕は何年でも牢に入る。死んで償えと言うならこの命を差し出すよ。どうして欲しい?」
カッと目の前が赤くなった。気が付いた時には私は立ち上がっていた。作法も礼儀も忘れて音を立てて。そんなものを繕っていられるほど冷静ではいられなかった。
「もういいです! 婚約でもなんでも好きにしてください! 私だって好きにさせてもらいますから!!」
そう捨て台詞を残して私は部屋を飛び出た。涙が勝手にあふれて来た。
嬉しくてニヤニヤしていた私に声をかけたのはクリスだった。その一言で私もハッとして表情を引き締める。忘れてはないよ。ちょっとカミラのことしか考えていなかっただけ。
コホンと咳ばらいをしてユリウス殿下を見る。
「申し訳ありませんが、わたくしはもう誰とも婚約をするつもりはございませんので」
そう言った途端、ゴン、と頭に鈍い痛みを覚えた。
いったぁ! 誰よ!
勢いよく振り向くとそこにはヘンドリックお兄様が。
「父上がお前を殴りたそうな顔をしていたもので」
「ああ、そうですか」
だからって本当に殴らなくてもいいのに。と思ってお父様の方を見ると、そこには見るからに怒っているであろう顔のお父様がいた。
……お兄様に殴られなかったらお父様に殴られていたかもしれない。
思えば今まで散々好き勝手をしてきた。もちろんすべてと言わずともお父様の耳に入っているはずだ。これまで怒られなかったのが奇跡だったのかもしれない。
「お待ちくださいませ、お父様。どうしてユリウス殿下とわたくしを婚約させたいのです?」
お父様は仕事に関しては一生懸命だ。だけど別に野心はない。別に私がどの身分の人と婚約しようが構わないはず。つまりユリウス殿下と私が婚約することでお父様に何かあるわけではないだろう。
「……陛下、申し訳ありませんが、宰相ではなく父親として発言させていただいてもよろしいでしょうか?」
陛下にそう確認を取るお父様。その声が怒りに震えているような気がする。もしかして私はお父様を更に怒らせてしまったのだろうか。
クリスに視線を送って助けを求める。クリスは私と目が合った途端、「エレナが悪い」と小さな声で言った。
……まじか。
「どうしても何も、殿下がそう望まれるのだ。なぜうちに断る権利があると思っている?」
いやまあそれは分かるよ。でも陛下もユリウス殿下もカイも上下関係にそんな厳しくないじゃん。いつも私身分を考えて行動してるよ。今くらいわがまま言ったっていいじゃん。
とは言葉には出さない。しかし顔には出ていたようだ。お父様の怒りが深くなる。
「……相手が殿下でなくとも私は喜んで差し出そう。こんなじゃじゃ馬を婚約者に望むなんて二人もいない。私はお前に結婚して少しは落ち着いて欲しいのだ」
「失礼ですわ! 誰がじゃじゃ馬だというのです!」
思わずそう言い返すとお父様は深い深いため息を吐いた。肺の中の空気が全て出たんじゃないかと思うくらい。
な、なによ、そんなため息つかなくてもいいじゃんか。
「そういうところだ」
ふっと遠い目をして皮肉な笑顔を浮かべたお父様に何も言い返せなかった。
確かに今までお父様に言い返したことはなかった。それは猫をかぶっていたからで、私が今反射的に口答えしたということはその猫がはがれかかっているということだ。
自分でも気が付かなかったけどクリスやヘンドリックお兄様と話をする時はいつもこんな感じなので、他の人に対してもそうなっていたようだ。
……じゃじゃ馬だという自覚はないけど、令嬢としては良くないだろう。もしアリアやお義母様の前だったら確実に怒られていた。
ヨハンに助けを求めて視線を送るとヨハンはそれに気が付いてくれた。優しいヨハンならもしかして……!
なんて少しの期待を持ったが、ヨハンが穏やかに微笑んで私から目を逸らした。とても助けてくれる雰囲気ではない。
「諦めろ。一昨日あの場にあれだけの人数がいたのに誰も止めなかったのはそれが一番いいと思ったからだ。今回の件でお前の味方は一人もいない。そうだろ、クリス?」
クリス! クリスだけは私の味方をしてくれるかもしれない。ここまで何も言ってくれなかったけど。すがるような目でクリスを見るとクリスはため息を吐いた。
「エレナ、腹は立つけど、ヘンドリック様と兄様は基本的に正しいんだよ」
な、なんと……! クリスまでもあっち側か!
「というかなんでエレナはそんなに嫌がっているの? ラルフなんかより全然いいでしょ。かっこいいし優しいし頼れるし」
まあそれは否定しない。見た目はドストライク。優しさは少し首を傾げたいところはあるけど、とても頼りにはなる。
「皆様はユリウス殿下のされたことを忘れたのですか? たくさんの生徒が傷付きました。失われた命もあります。どうしてそんな方を許すことができるというのでしょう?」
「前にヨハンから聞いたのだろう? 殿下に罪はない」
そんなことは分かっている。
「エレナ、そなたは理解しているだろう。犠牲を出してでもしなければならないことがある。そしてそれをするのが皇家の人間のすることだと」
ハッとしてカイを見るとカイは泣きそうな、苦しそうな表情で下を向いていた。リリーも目を伏せている。そう、優しいこの二人を支えて生きていこうと思った。いざとなれば私が汚れ仕事をするつもりでもいた。
それは十分に理解している。
「問題はそこではありません。ユリウス殿下、あの時少しでも罪の意識はありましたか? 傷付く皆に申し訳ないと思いましたか? そうするのが当然だと平然とあの惨劇を起こしたんじゃありませんか?」
私は謝罪も後悔も一度も聞いていない。それが心に引っかかっている。ユリウス殿下は表情一つも変えない。そして少し考えると言った。
「……君が言うのなら僕は何年でも牢に入る。死んで償えと言うならこの命を差し出すよ。どうして欲しい?」
カッと目の前が赤くなった。気が付いた時には私は立ち上がっていた。作法も礼儀も忘れて音を立てて。そんなものを繕っていられるほど冷静ではいられなかった。
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