池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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婚約の理由

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「あ! エレナ!」


私がお城の正門の方へ回ると、クリスが私を待っていたのか、嬉しそうに駆けよって来た。ヘンドリックお兄様は馬車のところからこちらを見ている。


「さっきはごめんなさい、クリス」

「私こそごめんね。味方になってあげられなくて。話はできた? どうなったの?」


クリスの視線が一瞬だけ私の隣にいるユリウス殿下へと向いた。私も人のこと言えないけど、クリスもたいがいに礼儀がない。カイや陛下は昔から知っているからかと思っていたけどユリウス殿下に対してもこの態度。

まあそういうところが好きなんだけど。


「ええ、婚約はすることにしたわ。わたくしにとってもそう悪い話ではないもの」


クリスは私の言葉に「そうなんだ」と頷いた。かと思ったらキッとユリウス殿下を見た。


「皇子様とは言えエレナを泣かせたら許しませんからね!」


ユリウス殿下はその言葉に無言で頷いた。


「さ! 帰ろ!」


クリスに強引に手を引かれて馬車へと向かう。

ちょっと待って、まだ挨拶してないって……。歩きながら後ろを見るとユリウス殿下はひらひらと手を振っていた。


「またおいで。その時にゆっくり話をしよう」

「は、はい」


クリスは一向に足を緩めない。何か怒っているような気がする。


「ク、クリス……?」

「はい、乗って!」


ぐいぐい背中を押されて馬車へと乗り込む。まだヘンドリックお兄様も乗っていないというのに。すぐにクリスも乗り込んできた。その後にヘンドリックお兄様。

馬車はすぐに動き出した。ため息を吐いた私をクリスが見る。


「……何をそんなに怒っているの?」

「私やっぱり婚約に反対すればよかった!」


何を今更。さっきは目をそらしたくせに。


「もう遅いわよ。どうしたの?」

「さっきエレナが出て行ったあと、私すぐに追いかけようとしたんだよ。そしたら『僕が行くから来るな』って睨まれて……あの人エレナには優しいかもしれないけど私は好きじゃない!!」


あー……そうなんだ。としか言えない。まあその片鱗は見えていた。ユリウス殿下が私以外の皆に殺気を向けていたこともあるし、あまり他の人と会話をしないなとも思っていた。

キャンキャンと吠えるクリス。なんと言えばいいのか分からなくてお兄様へ視線を向けるとお兄様は私の視線に気付いてため息を吐いた。


「皇族なんてそんなものだ。陛下だって昔はそんな感じだったと聞いている」

「そんなわけないじゃないですか! エレナにばっかりにこにこにこにこしてるあの腹黒殿下と一緒にしちゃだめですよ!」

「クリス……」


睨まれたことがよっぽど許せないのか、愚痴が止まらない。こんなの他の人が聞いたら普通に不敬罪だ。頭が痛い。


「ごめん、クリス」


そう一言断って。


『黙って』


魔力を使ってそう言う。クリスの吠える声がピタッと止まる。


「それ便利だな」

「魔力を声にのせるだけですもの。簡単ですわ」


なんて会話をしているとクリスが何か言いたそうにこちらを見ていた。頬を膨らませて怒っているのが分かる。


「クリス、大きな声でそういうことを言わないの。不敬罪でしょっぴかれても知らないわよ」


ピクリとお兄様の眉が動く。ん?


「しょっぴかれるとはなんだ」

「え? ……え?」


しょっぴかれるってこの世界にない言葉? それとも貴族は使わない言葉? 確かにあんまり綺麗な言葉じゃないのかも……?

うーん、ここは……。


「なんですの? それ。わたくしそんなこと言っておりませんわ」


秘儀・知らないふり。こてんと首を傾げてみせる私にお兄様は不快そうに舌打ちをした。しかしどうやら見逃してくれるようだ。視線が私から別のところへ移った。

よし。


「……エレナ」


あ、魔力切れたか。まあ少ししか使ってないし。


「言いたいことは分かったし気持ちも分かるわ。わたくしだって腹が立つときはあるもの。だけど悪い人ではないのよ。できるだけ近寄らないようにすればいいわ」

「……うん」


まだ不満そうだけど言ったって仕方がないと思ったのかクリスは素直に頷いた。


「ほら、クリスのお家についたわ」


馬車が止まり、クリスが渋々と言った様子で馬車を降りた。


「明日遊びに行くからね」

「ええ、待っているわ」


明日の約束をして馬車が閉まる。ヘンドリックお兄様と二人。ガラガラと馬車の音だけが聞こえる。ふう、と下を向いて息をつくと視線を感じた。

顔を上げると何か言いたそうな顔でお兄様がこちらを見ていた。

……言いたいことがあるなら言えばいいのに。

そうは思ってもこちらから話は振らない。視線に気が付かなかったふりをして流れる窓の外の風景を眺める。お兄様が口を開いたのは馬車が止まってからだった。


「おい」


降りようと思って腰を上げる私をお兄様が呼び止める。もう一度座り「なんでしょう」と首を傾げるとお兄様はいつもの静かな表情で私を見た。


「なぜ婚約を決めた」


なぜ? なぜも何も皆がそういう風になるようにしたんでしょ。

まあだけど強いて言うなら、ユリウス殿下の罪悪感が見えたことと、冷静になって考えるとユリウス殿下と婚約するのはそう悪い話ではないと気付いたこと、それから……


「今日が初めてだったのです」

「何が?」

「ユリウス殿下に名前を呼ばれたのは」


なんだかんだ言って結構な回数会っているし、時間も立っている。だけど一度も呼ばれたことがなかった私の名前。それを初めて呼ばれた。


「……好きなのか?」

「そうですね、好意はありますが、男女のそれかと問われると頷けないところはあります」


この好きが恋愛感情なのかどうかは私にも分からない。


「だけど、あの方はこんなわたくしを認めてくださった。それがとてつもなく嬉しかったのです」


本物でなくともいいと言ってくれた。令嬢のエレナではなく私がいいと言ってくれた。私が偽物だと皆知らない中で唯一エレナと私を比べ、私を選んでくれた。

アリアは私が本物じゃないことは知っているけど、別に本物でも偽物でもいいって感じだし。

自然と笑顔が溢れた。そんな私を見てヘンドリックお兄様はポツリと呟く。


「……私が先に同じことを言っていたら、お前はその顔を私に向けたのか?」

「え?」


意味がよく分からなくて聞き返すと、ヘンドリックお兄様はもう私の方を見ることなく立ち上がった。そして私は一人、訳が分からないまま馬車の中に置き去りにされた。
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