池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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会って欲しい人

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「じゃあ始めようか」


そう言うユリウス殿下の目の前には魔法薬の瓶が数本並んでいる。さすがに国民全員の記憶を書き換えるにはユリウス殿下と言えど魔力が足りないようだ。

……そりゃそうか。

婚約が決まったあの日から一週間後。お城からの呼び出しがあり、来てみればこういう状況。別にわざわざ呼ばなくてもいいのに。とは思ったけどまあ呼ばれたのなら来るしかない。

隣に立つクリスは不満そうな顔をしている。丁度うちに遊びに来ていたので道連れにしたのだ。もちろん嫌そうにはしていたけど、いたのだから付き合ってもらおう。

ユリウス殿下が国民の記憶を書き換えて、皇位継承権を放棄して、私との婚約を発表。今後の流れはこうだろう。カイとリリーも無事にくっついたし、これでハッピーエンド。どうにかここまで来ることができた。ゲームの終了は多分カイとリリーの結婚までじゃないかと思う。

実際二人の結婚の話はもう既に出ている。そう遠くない内に実現するだろう。後はそれを待つだけ。

これまで長かった。なんて思うが、ゲームは終わっても私のエレナとしての人生はまだ続くのだ。安心はできない。

ユリウス殿下の魔力が動く気配がする。大量の魔力が広がって、魔法陣をうっすらと描き始めた時だった。


「お待ちください!」


自分でも思った以上に大きな声が出た。ユリウス殿下の魔力がピタッと止まり、段々と薄れていくのが分かった。


「申し訳ありません。この魔法による記憶の書き換えは国民皆にかかるのでしょうか?」

「うん、そうだね。一部を除いて皆を対象とするよ」

「その一部とは?」


この問いに答えたのはユリウス殿下ではなく陛下だった。


「まず私。それからエレナ、クリス」


陛下が私とクリスを順番に見る。まあそれは想定内。


「カイ、リリー、レオン、マクシミリアン、あとは……ヨハンとヘンドリックくらいだな」

「皇后陛下も、お父様も、ヴェルナー様も、ですか……?」

「真実を知るものは少ない方が良い」


そうは言っても皇后陛下まで、と思う。親なのだ。いなくなって帰って来た息子。いなくなった事実から消してしまうのは違うと思う。


「……この事実を共有すると言うことは共に心を痛めるということ。全てなかったことにするのが優しさだ」


陛下の言うことは分からなくもない。そういう考え方もあるのだろう。どちらにせよ陛下の決めたこと。私に何か言う権利はない。


「分かりました。でしたら少しだけわたくしに時間をくださいませ。ユリウス殿下に会っていただきたい方がいらっしゃいます。陛下、よろしいでしょうか?」


今更少しくらい遅くなったところで別にいいだろう。一応聞いたけどダメだと言われても無理やり連れて行くつもり。


「陛下、ダメだって言ったって多分無駄です」


流石クリス。私のことをよく知っている。陛下が頷くのを見て私はユリウス殿下を見た。


「では行きましょう」

「どこへ?」

「学園ですわ」


私の言葉と同時に空気が変わる。気が付けば私たちは異空間にいた。陛下だけがいない。


「学園まで異空間を作ったよ。これで早く行ける」


ユリウス殿下、私、クリスの目の前に突然馬が現れた。

……確かにこれなら人目を気にせずに行ける。

魔法とは本当に便利なものだ。

いつもと変わらない景色。だけど全く人のいない道を馬で駆ける。私が今まで見てきた異空間には二種類ある。全く何もないまっさらな空間。そして今みたいに外の世界と同じ作りの空間。

どちらにしてもユリウス殿下の魔力の中で、外の世界と重なって存在している。つまり、外の世界の一メートルは異空間でも一メートルで距離が変わることはない。

つまり今回みたいに早くどこかへ行きたいときは何もない空間の方が突っ切っていけるんじゃないかと思った私。しかしそれを口に出した途端クリスは呆れた顔をし、ユリウス殿下は微笑んだ。


「それだとどの方向に進んでいるか分からなくなるからね」


……確かに。

ユリウス殿下がそうしないということは何か不都合があるということ。今後ユリウス殿下の前で思い付きで何かを言うのは止めようと心から思った。
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