池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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待ち続けた先生

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学園に付くとすぐに空気が変わった。

人の話し声が聞こえ、戻って来たんだと実感する。たった十分ほどの移動。それでも人のいない街並みは寂しく見えた。

便利だけど頻繁に使いたいものではない。そう考えると私に助け出されたユリウス殿下が異空間で逃げ回っていたのはとても寂しかっただろうなと思う。

私は無意識にユリウス殿下を見ていたようで、目が合って「どうしたの?」といったように首を傾げられた。


「あ、いえ、なんでも。行きましょうか」


私が先導して三人で歩く。少し前まで追い続けていたユリウス殿下とこうして一緒に歩くことに強い違和感を覚えた。

少し歩いただけでたくさんの視線がこちらに向いた。もちろん今の学生たちのほとんどが私のことを知っている。在学期間がかぶっているだけでなく、自分で言うのもなんだけど私は有名だから。

顔見知りの子達は笑顔で会釈してくれる。しかしその視線は興味を帯びてユリウス殿下へと向いていることが分かった。

こんなにかっこよくて目立つ人だ。気になるのも仕方がない。しかし今は何も言うことはできない。

私はできるだけ誰とも目を合わせず、少しだけ足を速めた。



「こちらです」


目的の場所についてそう言うとユリウス殿下は懐かしそうにその扉を見た。何度も通い、長い時間を過ごした場所だろう。思い出も想いもたくさん詰まっているに違いない。

私が扉を開けようと手を伸ばすと、その手が届く前に開いた。そして誰よりも先にユリウス殿下が中へと入る。

図書室のベルメール先生。ベルメール先生だけはユリウス殿下を忘れていないんじゃないかと思っている。女の勘。

ユリウス殿下が足を止める。後ろからではよく分からないけどその視線はベルメール先生へと向いているだろう。ベルメール先生は顔を上げない。本に夢中になっているのだ。

少しの間静かな時間が流れた。


「……先生」


優しい、柔らかな声だった。その声だけでユリウス殿下にとってベルメール先生は特別なのだと分かる。それはきっと私とは別の形。

ベルメール先生の本をめくる手がピタッと止まった。そしてゆっくりと顔を上げる。その目が涙ぐんでいるのは気のせいではないだろう。


「……殿下」

「すみません、待たせてしまいましたね」


ベルメール先生の目から一気に涙がこぼれた。立ち上がって何度も首を縦に振る。


「ええ、ええ……お待ちしておりました。やっと、お渡しできます」


ベルメール先生が手元の紙を束をユリウス殿下に差し出した。

あ、あれ、ベルメール先生がずっと持っていたやつ。いつ来ても必ず先生の手元にある紙の束。中を見たことはなかったけど、ユリウス殿下に渡すやつだったんだ。


「こんなにも……ありがとうございます」


紙の束を受けとったユリウス殿下が噛みしめるようにお礼を言った。

……会わせて良かった。連れてきてよかった。

二人で話したいこともあるかもしれない。私はクリスの手を引いて図書室の奥へと向かった。この図書室は広い。置くまで行けば会話は聞こえないだろう。

適当に本を手に取って読んだことがないことを確認して椅子に座る。クリスは本を持たずに私の隣に座った。

ぺら、と紙をめくる音がして、向こうから話し声が聞こえる。何を話しているかまでは聞こえない。丁度いい位だ。


「ベルメール先生は忘れていなかったの?」

「そうみたいね」


本から視線をはずさずにそれだけ言う。あの感じを見るとヴェルナー様のように会ったから思い出した、とういうわけではないだろう。


「そうみたい、って……知っていたから連れて来たんでしょ?」

「まあ、そうね」


学生時代のほとんどを図書室で過ごしたユリウス殿下。ベルメール先生ともたくさんの時間を過ごしただろう。忘れていないのは思い出の深さなのか、強い意志なのか、分からないけど。


「どうしてエレナはそれが分かったの?」

「口ぶりと態度、かしら……?」


はっきりと根拠をあげることはできない。ただ私がベルメール先生を見ていてそう思っただけ。そしてベルメール先生が待っていたのはあの本を読める人間ではなくユリウス殿下本人なのではないか、と。

なんとなくそう思っただけ。


「ほら、クリスも本を読んで待っているといいわよ。これなんか結構興味深そうよ」


私が呼んでいる本をクリスに勧めると、クリスはため息を吐いて立ち上がった。


「読めないよ」

「あら、どうして?」


本を読む気分ではないのかな、なんて思って首を傾げると、クリスは本棚の本を一冊手に取って言った。


「古語だから」


ああ、なるほど。



声がかけられたのはそう時間が経たない内だった。まだ序盤の方しか読んでいないというのに。そう思って顔を上げるとユリウス殿下は和らかな笑みを浮かべていた。ベルメール先生は隣にはいない。

どうやらお話は終わったようだ。


「もう戻られますか?」

「うん、戻ろう」


まあユリウス殿下がいいって言うならいいけど。本を閉じ、魔法で本棚へと戻すと、ユリウス殿下が「君は古語も読めるんだね」と笑った。


「ええ、優秀な側仕えがいますので」


すごいのは私ではなくアリア。古語だけでなくこの世界の全てを私に教えてくれたアリア。

……いつか私が結婚してお城に入ることになった時にアリアを連れて行けるように手を回しておかなければいけないな。
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