池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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仲間外れなフロレンツ

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「エレナちゃん!!」


それは突然だった。

急に来るな、とかレディの部屋にノック無しに入って来るな、とか色々言いたいことはあったが出てきたのはなんてことない言葉だった。


「……急にどうしたの? フロレンツ」


驚いて持っていたカップからお茶がこぼれてしまった。幸い机の上だったので服は汚れていない。アリアがサッと拭いてくれるが、その目は厳しくフロレンツに向かっている。

……怒っている。これが私だったら長時間のお説教だったことだろう。


「あ! クリスもいる!」


例のごとく私の前に座るクリスをフロレンツが指さした。


「フロレンツ、人を指さしちゃダメよ」


人のこと言えるかな、と自分の行動を振り返りながらそう言うと、フロレンツは素直に手を引っ込めた。こういうところが可愛い。


「それで、どうしたのかしら?」


椅子に座るよう手で促してそう聞くとフロレンツは「色々あったんだって?」と言った。その色々とは何を指すのだろうか。


「えっと、フロレンツ? もう少し詳しく話してくれると助かるのだけど……」


それだけでは何も分からない。クリスは我関せずと言った様子だし。こういう面倒な時にクリスは素早く引く。賢いと言うかなんと言うか……。


「レオンもマクシミリアンもよく分からないことを言うんだ。本来ならいなかった人だ、とか記憶がどうのとか」


……それはユリウス殿下の一件だろうか。そういえばフロレンツは記憶書き換え組だったなと思う。そして記憶を書き換える前も何も知らなかったはずだ。攻略対象の一人なのに蚊帳の外。可哀そうなことをしたかもしれない。

まあ一つ言い訳をするなら、会うことがなかったんだもん! カイは当事者だし、レオンとマクシミリアンはカイとセット。ヨハンとヘンドリックお兄様は保護者。だけどフロレンツは学年も違うし……。わざわざ巻き込む必要がないと思ったのだ。


「どういうこと? 二人とも聞きたいならエレナちゃんに聞けって言うんだけど」


……押し付けたな。

恐らく二人ともフロレンツも同じように記憶保持組だと思っていたのだろう。しかしミスしておいて後は私に、なんて今度一言文句を言わせてもらおう。


「フロレンツ、申し訳ないけれど言えないわ」


記憶の底から書き換わっているのだ。どうせ言ったって信じることは難しいだろうし、あまり混乱させるようなことは言いたくない。全てが上手くいっているのだ。下手なことはしたくない。


「どうして! 僕だけ仲間外れなんてひどいよ!」


あー、ザ・年下って感じ。かっこいいっていうより可愛い。この数年でフロレンツも背が伸び、私と同じくらいはある。それでも可愛さは健在だ。


「いつだって僕はのけものだ。皆が集まっている時に僕は呼ばれない。集まっていることすら知らない。エレナちゃんの婚約のことだって知らなかった」


……それは否定できない。


「僕がエレナちゃんをお嫁にもらおうと思っていたのに」


小さな声でそう聞こえ、ぎょっとした。

確かに前にもそんなことを言っていたかもしれない。すっかり忘れていた。なんと言っていいのか分からずに考える。

……よし! 婚約に関してはフル無視だ!


「わたくしは仲間外れにしているつもりはないけれど、悪いとは思っているわ。だけどもう終わったことなの。フロレンツが知る必要はないのよ」

「僕は知りたい」


うーん……どうしてもって言うなら言うのは別に構わない。だけど私がここで教えたってフロレンツの記憶が戻ることはない。まあ全部じゃなくても少しくらい話してあげるか。核心はつかず、フロレンツが納得するように。なんと言うべきか。どこまで話すべきか。


「フロレンツ」


それまで黙っていたクリスが口を開いた。何かフロレンツを納得させることを言ってくれるのだろうか。少し期待しているとクリスの口から出たのは全然違った。


「エレナ困ってるよ。女の子困らすなんてかっこ悪い。言えないのは言えないんだから仕方ないじゃん」


……もう少し優しく言ってあげなよ。


「知ったって仕方ないよ。エレナも言ったけどもう終わったことなんだから」

「ちょっと、クリス……」


フロレンツのショックが目に見えるよう。何かフォローしないと……。


「クリスの馬鹿! もういいよ! 今度は僕が何か隠し事してやるんだから!」


立ち上がってそう言ったフロレンツはさっさと部屋を出て行ってしまった。あー、納得させることなく追い返しちゃった。


「ほんとに子供だよね、フロレンツって」

「……同じようにクリスだけ何も知らない状況になったらクリスは黙って諦めるの?」


一応そう聞いてみるとクリスはあっけらかんとして言った。


「そんなわけないじゃん」


ですよねぇ。クリスはそういう子だ。分かっていた。

ごめん、フロレンツ。

心の中でそう謝って、今度会う時にちゃんと謝ろうと思った。
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