池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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一緒に

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どのくらいの間そうしていただろうか。私はとうとう椅子から立ち上がって扉の前に立った。

この扉は私かユリウス殿下が魔力を流せば鍵が開くようになっているらしい。そっと扉に触れ、魔力を流したが、鍵が開く音もしないし見た目にも分からない。

……これで開いたのだろうか。

ドアノブを持って扉を引くと、音もなく開いた。

開いちゃった。どうしよう。そう思うがもう引き返せない。

本を読んでいたユリウス殿下が顔を上げた。目が合う。


「どうしたの? 夜這い?」

「よっ……! 夜這いなんて、違います……」


狼狽える私を見てユリウス殿下は笑った。


「冗談だよ。どうぞ」


ユリウス殿下が本を閉じるのを見て私は殿下の部屋へと入った。同じ造り、家具の配置。違うのは細かい物と家具の装飾だけ。

それだけでこんなに雰囲気が変わる。この部屋はユリウス殿下にとても似合っていた。

正面の椅子に腰かける。どう話を切り出したらいいのかが分からなかった。


「夫婦と言えどノックはしようね。着替え中だったらどうしたの?」


そう言われるまで気が付かなかった。そういえばノックをしていない。というかほんとに開けるつもりがあったのか自分でも分からない。


「すみません……」

「それから、食事の時君にずっと見られていたからすごく食べにくかった」

「え……そんなに見ていたでしょうか?」

「うん」


無意識だ。正直ご飯の時のことをよく覚えていない。ただ私の部屋でお昼のように三人で食べたことだけ。何を食べたかすら分からない。


「……すみません」


なんかボーっとしている。

それにしてもユリウス殿下がこうして文句を言ってくるのは珍しい。どころか初めてかもしれない。ユリウス殿下が私の顔をじっと見てくる。なんとなく気まずくて目を逸らした。


「もうあと三時間もすれば出発します」

「うん」


そのくらいには皆寝静まるだろう。そうしたら警戒するのは夜番の騎士だけになる。抜け出すのはそう難しいことじゃない。

ユリウス殿下は頷くだけで何も言わない。何か言おうとして口を開けたが言葉が出なくてすぐに閉じた。そんな私にユリウス殿下は言う。


「言いたいことがあるなら言っていいよ。その為に寝ずに待っていたんだから」


……分かっていたのか。私が何か言いたいということ。それなら殿下から言い出してくれたらいいのに。私は自分が何を言いたいのかすらも分からない。


「どうしたの? 行きたくなくなった?」

「いいえ」


首を横に振る。そうじゃない。行きたくないわけではない。私は……


「一緒に、来てください」


そう口に出してしっくりきた。そう、私はユリウス殿下に一緒に来て欲しい。私が言いたかったのはこれだったのだ。ユリウス殿下は微笑む。いつものように。この微笑は何を考えているのか分からない。


「どうして?」


どうして? どうしてだろう。今までにないほど自分の気持ちが分からない。これは確かに私の心なのに。


「僕の魔法が便利だから?」

「違います……!」


そうじゃない。確かにユリウス殿下と私がいたら何でもできる。なんの不便もなく旅ができるだろう。だけどそうじゃない。ユリウス殿下を利用する為に一緒に来て欲しいわけじゃ。

一緒に来て欲しいと思ったから。置いて行きたくなかったから。そうじゃない。


「……離れたくない、から」


それが一番私の心を表す言葉だった。ユリウス殿下は一瞬だけ目を丸くして、そして微笑んだ。この顔は分かる。何を考えているか。


「嬉しいのですか?」

「うん、嬉しいね」


ユリウス殿下は分かっているのかと思っていた。私よりも、私の気持ちを理解しているのかと。


「一緒に来て欲しいと思っていたことは知っている。僕からそう言って欲しかったのも分かっていた。だけどそれは分からなかったな」

「私も、分かりませんでした」


こんなにも自分の感情を表す言葉が見つからないことは初めてだった。


「正直怒っていたよ。君は僕と結婚するというのにカイとばかり楽しそうに今後の話をして。僕には一言も相談せず出て行くことを決めて、挙句に僕にも一緒に行って欲しいと思っている。自分勝手でずるいなって思ったよ」


……返す言葉もない。言われてみるとその通りだ。ユリウス殿下は最初から私を望んでくれ、そして大切にしてくれている。その優しさに付け込んでいるようなものだ。


「申し訳」

「でも、君のたった一言で怒りは飛んでいった」


私の謝罪を遮ってユリウス殿下が言った。


「これが惚れた弱みっていうのかな?」


いつも思うけど、よく恥ずかし気もなく言えるなと思う。こっちの方が恥ずかしくなってくる。


「本当に、君はずるい」


その言葉は批判ではなかった。それよりもどちらかというと優しい響きだった。思わずドキッとしてしまった。それを隠すように俯く。


「すみません。だけど私だっていつもこうわがままなわけではないのです」


私を愛し、大切にしてくれるユリウス殿下。もらいっぱなしだと悪いと思っていた。だけど私の『好き』はよく分からない。だから思っていた。せめて気持ちは隠さずに伝えようと。

あの日、名前を読んでくれないと私が拗ねた時にユリウス殿下が嬉しそうに笑ったから。


「これは……ユリウス殿下にだけ」


そう言った私の心臓はとてもうるさかった。
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