池に落ちて乙女ゲームの世界に!?ヒロイン?悪役令嬢?いいえ、ただのモブでした。

紅蘭

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別れ

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できるだけ音を立てないようにこっそりとお城の廊下を歩く。クリスとの待ち合わせ場所はお城の裏だ。ユリウス殿下の異空間で移動することも考えたけど、あれは出る時に外に人がいるかいないかが分からないのでリスクが高いという話になったのだ。

クリスと合流して、クリスが隠してくれた荷物を回収したら、お城から離れるまで異空間へと入る予定。


「殿下、周りに人はいませんよね?」


風魔法で警戒しているけど不安。


「うん、いないよ」


こそこそドキドキしながら歩く私とは違い、堂々と音を立てずに歩くユリウス殿下。ヘンドリックお兄様やヨハンもそうだけど、少しはこのどっしりと構える姿勢を真似したいところだ。

音をたてないように扉を開けてまた静かに閉める。外に出るともったりとした空気が肌にまとわりついた。まだ夏は終わっていない。もう少し暑さが続くだろう。旅をするには最高とは言えないけど、天気や気温のことまで言っていたらきりがない。


「エレナ」

「クリス」


無事に待ち合わせ場所に着いてクリスと合流。ほっと息を吐く私と違い、クリスは「げっ」と声を上げた。


「エレナ、なんで殿下が一緒なの!」


あー、そういえばクリスは殿下のこと好きじゃなかったな。なんて今更ながら思い出した。まさか一緒に来て欲しいと頼んだなんて言えない。


「僕が一緒に来たかったんだよ。ダメかな?」


うっとクリスが怯んだ。嫌とは言えてもダメとは言えないのだろう。頬を膨らませたクリスが一人ボヤく。


「これならヘンドリック様の方がマシだよ……」


わあ、ヘンドリックお兄様以上に苦手なのか。それは悪いことをした。だけどもう慣れてもらうしかない。


「ユリウス殿下、クリスをいじめないでくださいね」

「分かっているよ」


三人で荷物を回収しに向かう。外に出たことで少し気が楽になった。さっきほどはドキドキしない。だけど周りへの警戒は怠らずに進む。

……誰かいる。

風が人をとらえた。ちょうどクリスが荷物を隠した辺り。もしかして見つかったのだろうか。私が足を止めるのと同時にユリウス殿下も止まる。クリスも私たちに気が付いて止まった。


「もしかして誰かいるの?」

「ええ、誰かいるわ」


問題は誰か、ということだ。魔法を消して身体強化をしてみる。遠くて暗い中に人影が見えた。あれは……。


「アリアだわ」


ばれていたのだ。もう仕方がない。てくてくと歩いて行くとアリアは顔を上げて私を見た。


「行ってしまわれるのですね」


あ、あれ? 止めないの? 怒らないの?

想像していた反応と違って少し戸惑う。てっきり連れ戻そうとされるかと思った。そんな私を見てアリアは笑う。


「エレナ様は止めても無駄ですから」

「さすが、よく分かっているわね」


絶対にばれないと思っていた。だってそんな素振り全く見せていない。本当は出る前に別れを告げたいと思っていたけど普通にお休みの挨拶しかしていない。それなのに。


「アリアには敵わないわ」

「それは私のセリフです」


可笑しそうに笑うアリアの表情は少し寂しそうに見えた。


「……いつかこういう日が来ると分かっておりました」


アリアが俯く。


「本物のエレナ様は私の顔をちゃんと見たことがありませんでした。名前も呼ばれたことはありません。だけどあの日、エレナ様になった時、私は嬉しかったのです。私の顔を見て、名前を呼んでくださったことが。色々なお話をしてくださることが」


アリアはあまり感情が顔に出ない。特に嬉しい時や幸せな時は。怒っている時はすごく分かるけど。だから私は知らなかった。


「学園の話を聞くたびにまるでエレナ様のご友人の一人になった気でいました」

「何言っているの。アリアはわたくしの優秀な使用人で、お姉さまで、友達よ。『なった気』だけではだめよ」


アリアは使用人。だけどただの使用人だと思ったことはない。だってアリアがいなかったら私はこの世界で生きていくことはできなかっただろう。こうして今ここにいるのはアリアのおかげだ。

アリアの目に涙が浮かぶ。


「私はエレナ様が大好きです。いつも一生懸命で、何かに向かわれているお姿が大好きです。ですから止めません。どうかお気を付けて」


私も寂しさが込み上げてきた。涙がじわっと出て、視界が歪む。


「ええ……ええ、絶対に帰って来るわ。だからアリア、留守は頼んだわよ」

「はい」


アリアが荷物を手渡してくれる。それを受け取って二人のところに戻ろうとすると、後ろから「いってらっしゃいませ」と聞こえた。また涙が溢れてくる。


「行ってきます。ヘンドリックお兄様のことお願いね」

「はい、承知いたしました」


振り返らずに聞こえた返事は少し揺れていた。今生の別れではない。数年だ。私は行かないといけない。そう自分に言い聞かせて、私は一歩を踏み出した。
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