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町中編1

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 少年と少女が町中を歩いていた。
 ジーンズとTシャツに厚手のジャケットを着た少年は伊庭一刀。
 ジーンズに白いブラウスと黄色いシャツを着た少女は天宮雅。

「行くわよ一刀!」

「一寸待てって」

 一刀の手を引いて先を行こうとする雅を一刀は抑えた。
 久方ぶりの町ではしゃいでいるのも分かるが、雅がこのように積極的なのは珍しかった。

「まあ、最近色々とあったからな」

 天宮神社の見習い神職と巫女である一刀と雅は、神社の裏のお役目妖魔討滅を果たしている。
 しかし、最近は妖魔が多い上に彼等自身も複雑な事情を抱えていた。

「ご、ごめん。はしゃいじゃって」

 自分がハイテンションなのを自覚した雅は、立ち止まって頭を下げた。

「折角県大会優勝のお祝いなのに」

「いいって」

 先日、一刀は高校剣道大会の県大会に出場した。
 二人の通う県立国邑高校の剣道部は一刀が飛び抜けた実力を持っている。そのため、一刀は周囲から<国邑高校の一本刀>と呼ばれている。
 そのため団体戦では一刀のみが勝利して他は全敗という事も多いため成績を残せない。
 しかし、個人戦では一刀の実力で決勝までいつも出ていた。しかし、これまで一刀が決勝戦で勝つことは無かった。

「お役目を休むことになるから気が引けたけど」

 県大会優勝者は全国大会へ出場しなければならないため、天宮を離れなくてはならない。
 全国大会は三日間にわたって行われる上に前日から会場入りする必要があり、四日ほど天宮を離れなくてはならない。
 それを避けるために一刀はいつも巧妙にワザと負けていた。
 しかし、今年はある人物と優勝する約束をしたため優勝することとなった。
 元々、お役目のために幼少から剣術を習っていることもあり剣道において一刀はかなりの腕前を誇る。しかも今回は足枷が無くなりただ勝利を目指して突き進み、全ての試合で一本勝ちとなった。
 その姿は猛烈で他の選手を圧し、その年の県大会関係者の記憶に残り、一刀は県大会の一本刀と呼ばれる事になった。

「そんな事無いよ。お父さんも喜んでいたよ」

 雅の実父であり、一刀の養父でもある天宮神社の宮司は妖魔討滅の責任者だ。
 全国大会に行くため天宮を離れる事を報告するとき、役目を疎かにするなと怒られることを一刀は覚悟していた。
 大会優勝の報告をすると、我が事のように喜んでくれていた。
 そのことは本当に嬉しかった。

「それに……」

「それに?」

「……私も嬉しいし」

 顔を俯けたまま頬をピンク色に染めて呟く雅の顔を見て一刀は優勝して良かったと心の底から思った。
 試合の最中は、自分の実力を全力で発揮出来て嬉しかったが、優勝して表彰台に立ったときも養父に怒られ迷惑を掛けるのではないかと不安混じりで作り笑顔を浮かべるしか無かった。
 だが養父に褒められ、こうして幼馴染みにして自分の許嫁に喜んで貰い、こんな可愛い顔まで見せて貰えた。
 一刀は県大会に優勝して本当に嬉しかった。

「な、なあ、このあと、どうする?」

 少しテンパりながら一刀が尋ねるが雅にその声は届かなかった。
 雅の視線が目の前のショーウィンドウに釘付けになっていたからだ。
 目の前の店は洋服店、オーダーメイドの店らしく、店の製品を展示している。中でも華やかなのが純白の派手なウェディングドレスだ。
 形はスラリとしているが、各所にレースが花びらのように飾られ華やかで、細かい刺繍が随所になされ、各所のビーズが光り輝いている。
 まるで清流に星々が融け込み輝いているようだ。

「雅?」

「ご、ゴメン。ついうっかりしちゃった。早くお祝いに行こう」

 雅は、自分の心を押し殺して一刀の腕を握って逃れるように駆けだした。
 さっきの純白のウェディングを着て一刀と結婚したい。
 そんな思いを抱いたが、無理だ。
 自分の家は神社。神式の結婚式になるだろう。白無垢を着て紋付き袴姿の一刀と神社の拝殿で祝詞を上げる。
 勿論それも憧れているが、思春期の少女である雅はやはり煌びやかなウェディングドレスに憧れる。
 一刀は許嫁であり間もなく結婚することに、恐らく大学を出てからか、早い場合高校を卒業して直ぐだろう。そのため今伝えておかないと着られないかもしれない。
 しかしウェディングドレスが良いと言い出せずにいる自分がいた。
 憧れと諦めの狭間で雅は苦しみ、やがて意識を失った。



「雅?」

 突然止まった雅に一刀は声を掛ける。
 返事は無かったが、雅の雰囲気が変わった。
 確かに雅の姿だが、お淑やかなだった物腰が高圧的になり、躍動感が溢れている。先ほどまでの子供のようなはしゃぎようとは別方向の大人の色香を漂わせた活発さだ。

「玉兎か」

「そうじゃ」

 一刀へ振り向いた顔は先ほどの垂れ目気味の雅ではなく、切れ長で険のある玉兎のものだ。
 玉兎は雅の中に封印された妖魔だ。討滅相手だったが、様々な理由で雅の中に封じ込んでいる。だが、時折雅と入れ替わるようになっている。

「どうして入れ替わっているんだよ」

 通常は雅の精気が弱くなり封印も弱くなった時に入れ替わっていた。
 しかし、最近はふとした拍子に変わることが多い。だが、今回の様に突然歩いている最中に入れ替わるのは初めてだ。

「妾もようわからん。しかし、初めてこの御代の町に出てきたのじゃ。少し探索いたそう」

「もう一度入れ替わるのも容易じゃないのか?」

 ある方法を使えば入れ替われるのだが、町中で行いたくないし穏便に入れ替われるのならその方がよい。

「嫌じゃ。折角入れ替わったのじゃ。楽しまねば。それにこの度の入れ替わり方もよう分からぬ。それに面白くないのじゃ」

 玉兎は更に目を細めて不敵に笑う。

「このまま神社に引き返すか」

「試してみるか?」

 右手に掲げ手にした檜扇を開いて玉兎は一刀に尋ねた。
 玉兎の檜扇は光弾を作り出して放つことが出来る。この場で、人通りの多い町中で放たれると多数の死傷者が出てしまう。

「少しは付き合ってやるよ」

 一刀は玉兎の要求に折れた。

「ほほほ、物わかりが良くて何よりじゃ。さて、何をしようかのう」 
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